タトゥー 6曲目 ラプンツェル
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【気がつくと僕の目には古い緑色の砂壁が視界に入った。かなり古い家だ。そこは今は少なくなった昭和に建てられた古家だった。
記憶を辿りようやく、ここが祖父母の家であることに気がつく。
窓の外を覗くとどうやら真っ暗で夜であることが分かる。
玄関先でチャイムがなった。
「こんばんは!」その一言で訪ねてきた客が誰だが分かると僕と姉は一直線に玄関まで走って行った。
「お父さん!!」僕たち姉弟の声がユニゾンする。隣には厳しい顔をした祖父がいる。
なにやら僕たちには意味がわからない話をしている。祖父が少し声を荒立てている。両肩で息をしている父。その時の父の顔がどうしても思い出せない。
何かを諦めるように父が玄関を後にしようとする。
「行かないで。」そう声にしようとするのだが、声にならない。
玄関の向こう側に父は消えて行き、しばらくすると車のエンジン音が鳴り、遠のいていった。】
いつも決まってここで僕は目を覚ます。時計を見ると午前3時を差していた。
またあの夢だ。父が母を迎えに行ったあの日の夢を僕はよく見る。
現実としては本当にうっすらとしか記憶がないのだが、夢になるとなぜか現実と区別口がつかなくなるくらいに鮮明に映った。
ふうっとため息をつく。本当に何度この夢を見たことだろうか。こんな時は決まって何も考えず、身体を動かした方がいい。
僕はいそいそと山登りの準備を始めた。黒いザックに小さくたためるタオル、虫除けスプレー、熊よけの鈴、レインウェア、下山後の着替え、お湯を入れた小さなタンブラー、インスタントコーヒーの粉、そして、父の一眼レフ。
このカメラはいささか複雑だ。カメラ本体はわりに新しい機種にも関わらずついているレンズはとても昔のレンズでロシア製のレンズだ。オートフォーカス機能というシャッターを半押しすると自動的に被写体にピントを合わる機能があるのだが、このレンズをつけるとオートフォーカス機能が使えずフォーカスリングで自分んでピント合わせを行う必要がある。つまり、マニュアルでピント合わせする必要があるのだ。
父のこだわりが見え隠れするような気がした。父の残した残り香のような。
会いに行こうかと何度か考えた。だけど、「拒絶」されたらと思うといまいち会いにいく足が重くなりついに今日まで会えずにいる。
準備が出来たところで、車に乗り込む。時計は5時を差しており、気温は17℃くらだろうか。幌を上げるのには十分な気温と天気だ。僕は愛車のマツダロードスターの幌を上げ、山へ向かった。
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「姉さん、これまた特殊な曲作りましたね!!」
ベースのイズミがデモ曲を聴き終え開口一番に言う。
イズミはヒカルの1つ下の歳に当たるから敬語だし、名前で呼んだりしない。
ヒカルはそれを嫌がっているが、イズミは一向に直す気がないらしい。
僕たちはヒカルの部屋でデモ曲の視聴会、通称バンドミーティングをしていた。
もちろん、マネージャー的な僕も参加させてもらっている。
今聞いた曲はラプンツェルという仮タイトルがついている曲でBmがキーの曲でかなり暗い曲だ。そして何より、I'LLで初めて、ギターソロがない曲だった。
その代わりに間奏で4分の3拍子になるワルツのようなパートがある。
ヒカル曰く、魔女の歌だそうだ。この曲にはまだメロディーがなかった。
ヒカルが作った「自信作」が出来てそれをライブで演奏するようになって以来、ライブを重ねるたび1人が2人、2人が4人と少しづつではあるが観客動員が増えていった。ライブ前のOPでは各メンバー黄色い声が飛ぶようにもなっていた。I'LLという舟はまさに沖へ出ようとしていた。
だけどなぜかそれを僕は素直に喜べなかった。寧ろ悔しとさえ思った。
何も表現できない自分とヒカルをどうしても比べてしまうのだ。
そう僕は「何者でもない」。それ以前に学生という身分で未だに社会という海にも出ていないのだ。僕は何になりたいのだろう。どう生きたいのだろう。
「ねえ、ユキオはどう思う?」ヒカルの呼びかけで我に帰る。
「よく分からんけど、いいと思うよ!なんか不思議な感じやね!」
というとヒカルはしてやったり、と言わんばかりの自慢げな顔になった。
音楽と無縁の人の声を大事にしたい。と言う理由から僕の感想をヒカルは大事にしようとしていた。僕は気の利いたことが言えないから面白みに欠けることしか言ってやれないのが悔しい。
曲のコードをイズミに教えているヒカルをそっと見る。こんなにも情熱を注げるものがあることが僕にとって一番の嫉妬の対象となった。素直にそう言えたらどんなにいいのか。つまらないプライドが邪魔をする。これが男のプライドというものなのだろうか?
ラプンツェルの4分の3拍子のパートが流れる。目を閉じると舞踏会の会場に僕とヒカルはいる。ヒカルは白いドレス。僕はスーツにネクタイ。靴はピカピカだ。
僕たちはうまくワルツを踊れるのだろうか。
