タトゥー 4曲目 WEB
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「どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだろう。」とか
「どうしてこんなへんぴなところまで来て辛いことをしてるんだ、僕は。」
と山の登り始めは必ず後悔する。
それが不思議なことに2時間ほど過ぎると汗をかきなんとも爽快な気分になる。
自然にいる解放感と人が自然に還る感覚を感じられるからだ。この感覚が好きで多分山に登っているんだと思う。
今日の山は1,000m超えの山だ。そして何故か風邪を引いているのに山に登っている。
僕は単純に「汗をたくさんかけば、風邪が治る」と思い今回山に来たのだ。
そしてなにより自然の音に耳を澄ませると色んなことを深く考えることが出来た。そういう時間は僕にとってはとても貴重な時間だ。
山に登っているときにヒカルを想う。
「今、何をしているか。」と言った日常的なことや「僕はヒカルにとってふさわしいのかどうか」と言った深いことも考えたりする。
思えば僕とヒカルは正反対な点が多い。
例えば音楽なんかは、ヒカルはディストーションの効いたギターのバンドサウンドが大好きだ。それに対して僕は、洋楽のPOPSやクラシックなんかを好んだ。いや、考えてみれば僕たち二人は何もかもが正反対だ。
攻撃的と言うほど、ヒカルはめちゃくちゃ喋るし、僕が話す隙を与えてくれないのに対して僕はと言えば、高校の教室の隅っこにいるような物静かな人間だ。
恋愛経験にしたってそうだ。僕は片手で数えるほどしか女子と付き合ったことがない。だけどヒカルはなんと言うか、経験値は僕より数段上だ。
そして、社交的でわりに男女構わず、すぐに誰とでも仲良くなってしまう。
僕なんかは知り合いや友達も少ないし、初めて出会う人などほとんどいない。ましてや自分から話しかけたりしない。
「人間はないものねだりだから、互いに違う部分に惹かれ合う」とか誰かが言っていた気がする。全くその通りだ。
そう思うと同時に僕はとても不安になる。「僕はヒカルと釣り合いが取れているんだろうか」と。華やかなヒカルにとって僕は全然相応しくないのではないかと考えたりする。
標準の合わない暴発する可能性があるピストルの引き金を引くような、細い細いロープの上をぎりぎり渡っているような不安感に襲われる。
それを切り裂くかのように、風が吹いた。
そうだ。しっかりしろ。
僕は強くなるために山登りを始めたんだ。
静かな山のように大きく、どこにでも飛び出していくヒカルを包み込めるほど、強くなるために。
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下山後、近くの道の駅で軽い昼食を取る。下山後はとにかく炭水化物がめちゃくちゃ食べたくなるのだ。いつもなら食べない、ちょっと小洒落たパスタを注文した。なんでも地元の味噌を使ったパスタらしい。
パスタが来る間に今日撮った写真をチェックする。僕は山に登るときに必ず一眼レフを持っていく。この一眼レフは失踪した父が置いていったものの一つだ。
父もこの一眼レフで僕と姉をよく写していたのをうっすらとだけれど覚えている。
この他にもう1つ父が置いて行ったものがある。
それは古いアコースティックギターでヒカルと付き合い始めた頃、「このギターめっちゃいいやつやよ!!弾かんのなら売ってでもいいから欲しい!!!」とせがまれあげた。なんでも作曲用に使っているとか言っていた。
一眼レフとアコースティックギター。これだけ残して父は消えてしまった。
母にも理由を何度か聞こうかと思ったが、怖くて聞けなかった。
僕たちは捨てられたと言われるのが怖かった。
よほど許せなかったらしいのか分からないが小さい頃の写真も母が全部捨ててしまった。だから僕の写真は歯抜けだ。
それを補うかのように高校生の頃から写真を撮るようになった。毎回ファインダーを覗くと「父はどんな気持ちで僕たちを撮っていたのだろう。」と思う。
そこにあるものが、当たり前が当たり前じゃなくなる。このことを身を持って知っているから色々なものが失われるのが怖い。
ピコンとメール音が鳴った。この音はヒカルからだ。
「山登りどう?大丈夫だった?」
僕は「無事に降りたけど、風邪は治らなかった」と返信する。
またピコンと鳴る。
「山頂の絶景が見たいなぁ」と軽いノリのヒカルからのメール。
やれやれ、こっちが不安な気でいるのも知らないで。
「次会った時に見せるよ。」と返信しようとするとパスタが運ばれてきた。
美味い!!まぁ下山後は何を食べても美味いのだが。ヒカルのように表現が上手ならこういう気持ちを歌にしたりするんだろうなぁと思う。
ピコンとまたヒカルからのメール音
「あのギターでめっちゃいい曲出来た!!これは自信作!!!」文面で分かる興奮加減だ。
それとは対照的な冷静さでいられるのは、山を登った後の疲れのせいだろう。
上手く自分の気持ちを音楽という形として表現できるヒカルが羨ましくもあり、悔しくもある。
僕には表現する手段がないのだ。正確にいうと「何を」媒体として「どう」表現していいか分からない。
その悔しさを席に残し、僕は車に乗り込んだ。
