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タトゥー 13曲目 天使と・・・

 世間で言うゴールデンウィークが明け、5月に入った。
今年はいつになく、暑い。夏が早めにやってきそうだ。
それが保険会社の研修を終え、小松空港に降り立った時の僕の第一印象だった。
 空港にはヒカルが迎えに来ていた。
「おかえり。」以前より力をなくしたような笑顔でヒカルがそう言う。
「ただいま。仕事どうや?」僕がそれとなく聞いてみる。
「んー、こないだコンサート会場の撤去の仕事したよ。」
「そうなん?大変そうやなぁ。」
「いや?人数多いからサボれるんやって。」
 派遣会社に登録したヒカルは日々様々な仕事をしているようだった。
なんとなく、ヒカルらしいなと思った。
こうやって以前のように会えるようになって、正直ホッとしている。
でも、やはり何かが違う。ヒカルの何かが。
以前から少し儚げな雰囲気があったけれど、それが一層増した気がする。
 それと同時に肝心な「何かが」欠けている気がする。きっとヒカル自身もそう考えているのは分かる。
 僕は当たり障りのないことしか言えなくなっていた。
沈黙が流れる車内。先に言葉を発したのはヒカルからだった。
 「新しい曲出来てんよ!聴く?」
ヒカルはまたバンドをする気でいるんだろうか?正直、僕はバンドをして欲しくなかった。
何と言うか、ヒカルがバンドをすること、曲を作ること、その行為が命を削っているように見えたからだ。
間がないように「聴く!」と言ったつもりだったが、バレてないだろうか。

 例の白いディスクにマジックで書かれていたタイトルは「天使と・・・」とあった。口を開けたカーステのデッキに食べさせるようにヒカルはディスクを入れた。
明るい曲調だが、どこか切ない。割合で言うと4:6ほどで以前より切なさが増した曲調になっている。
DEMO曲なので、ヒカルの歌声が車内に流れる。

戻らない道の途中で君を傷つけ傷ついても
時間だけが過ぎてゆくよ 流されてしまう

 今までにないくらい少し歌詞が抽象的だ。
別れの歌のような。再起するような歌にも聞こえる。
 この曲に関してヒカルはいつものように「どう?」とは聞かなかった。
僕の方も何も言わなかった。ただただ黙って聴いていた。
ワゴンRのロードノイズとヒカルの歌声だけが家まで続いていた。

 久しぶりの休日だ。そう研修中は週末は外出の許可は出たものの自然に触れる機会がなく僕は少しストレスを感じていた。
残念なことにヒカルは仕事でデートもできそうにない。これ見よがしに山に登ることにした。
 天気も申し分のない晴れた日だった。気温も暑すぎず、寒すぎないいい日和で久しぶりにロードスターの幌を下ろし山に向かった。
 今日は写真を撮りながらゆっくりと自然を味わうように山に登ろうと決めていた。
朝露なのか、昨晩雨が降ったのかは分からないが、地面の泥濘が少し気になったが、それにも勝る好天だったのですぐに忘れてしまっていた。
 最近の携帯は電波状況が良くなり、大抵の山では携帯の電波は届くようになっていた。
難なく、登り続ける僕。しかし、脇を見下ろすと崖だ。足を滑らせれば、言うまでもない。
 ふうっと一息ついた時だった。ぬかるんだ足が滑り、あっという間に崖に体が傾いた。
掴まるものがなく、そのまま滑落した。その途中で何か強いものに頭をぶつけ僕の意識はなくなった。
意識が戻った時は身体中あちこちに痛みが走り、僅かに動かすことすらできなかった。
うっすらとした視界と遠くで携帯の着信音が聞こえる。
あぁ、これはヒカルの着信音だ。
電話に出なくちゃ。

 ユキオの49日が終わるまで私は一才家から出なかった。
出れなかったのではなく、出なかった。
ユキオが発見されたのは、彼が山に入ってから1週間ほどだった。暑いのが災いし死体の腐敗が早く進んでいた。
幸いだったのは登山届を出していたことと滑落が多い場所だったから発見が早かったそうだ。
あちこちにリュックの中身が飛び散っていたらしいが、腐敗の進んだ彼が抱き締めていたものは彼の父の残した一眼レフだった。
 ユキオの死が信じられなかった。見かねた、彼の母が形見分けと言って持ってきたその傷だらけの一眼レフを持ってきた時、私は初めて泣いた。
 どうして、ユキオにもっと好きと言わなかったのだろう。どうしてユキオに甘えっぱなしだったのだろう。
沢山のどうしてが頭を満たす。
たら、ればいくつもの後悔。途切れた想い。どこへ持っていけばいいのだろう。
 また、部屋から出るのをやめた。
もう立ち上がることさえできないと思った。
 失ってからでは遅いのだ。なぜ今あることに幸せを感じられなかったのだろう。
そう言った何もかもを部屋中に満たし私は失意のどん底にいた。
何日も何日も。
気がつけば梅雨は終わり、夏が迫っていた。

「このままじゃいけない。」
私はふと、そう思った。何かを変える必要がある。
それは果たして何なのか?ずっと自問自答するのにまた数日かかった。
パソコンのインターネットでタトゥースタジオが県内にいくつかあることを知る。
その一つに電話を入れ、なんの迷いもなく部屋のドアを開けた。
ドアの向こうで待っていたのは真夏の陽炎だった。

ユキオが陽炎の向こうに見えるような気がして一歩踏み出した。

タトゥー完

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