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タトゥー 12曲目 灰と化す。

 あれだけ卒業したいと強く願った3月は蓋を開ければあっという間に訪れた。
ヒカルの逃亡に始まり、I'LLの解散まで僕は何の手も出せず、口も出せなかった。
2月からヒカルと連絡がずっと取れなかったのだ。もちろん、僕から電話やメールはしていた。
 だが、ヒカルの方から折り返しの連絡が一切なかったのだ。もちろん、気が気ではなく心配だった。
だけど、僕はあまりにも無力でただただ、時間をやり過ごすことしかできなかった。
 本当に辛い時、1日が、1時間が、それこそ1分が長くなる。僕はこんなに時間が遅くなることを経験したことがなく、戸惑った。それと同時に少し懐かしい気もしていた。
 それは父がいなくなった小さい時、こんな風に時間が遅く流れていたことがあった気がする。父はどんな気持ちだったのだろうか。
僕は、僕たちは捨てられたのだろうか。残された僕たちはどういう風に毎日を生きていけばいいんだろうか。
 ずっと自問自答してきた。自分自身を敵として、勝とうと足掻くように。
決して勝てるはずのない相手に何度も何度も戦うような気持ちで生きてきた。
 僕はヒカルにも捨てられたんだろうか。
入社までの期間、僕はそればかり考えてしまってろくに職場のことや準備が手に付かなかった。
 僕の入社する保険会社は当然、大企業だ。入社すれば東京へ行き1ヶ月ほど合宿のような研修期間が待っている。
正直恋愛だとか、落ち込んでいる暇などないはずなのだ。
こんな時は気持ちのリセットが必要だ。そうだ、山に登ろう。どうせ入社したらしばらく山登りなんて行く時間などないのだ。
今のうちに登っておこう。そうすれば幾らか気も紛れるはずだ。
 そう決めたら、早速パソコンを立ち上げ、登りたい山を探す。幸いにも今年は積雪量が少ないらしく、低山ならアイゼンやピッケルなど必要なさそうだ。
 続いて天気予報を見る。晴れか曇りの日を探す。曇りだとまだ気温は1桁の日がある。気温に合わせウェアも見直す必要がある。
夏場と違い水分量は少なくすむがウェアが増えるため重量が増えるのだ。
そして動いて汗をかくことも想定しなくてはいけない。体を冷やすことなく、汗をかかないように登ることが大事だ。
僕は、ジッパー付きの薄手のジャケットとレインウェア上下をザックに詰め込む。
水は2Lでいいだろう。山頂は寒いからタンブラーにお湯を入れカップヌードルを持っていくことにする。山頂で食べるカップヌードルはどんな手の込んだ料理より美味い。
 さて、必要なものは詰め込んだ。ロードスターの助手席にザック、トランクには下山後の着替えを詰め僕は山へと向かった。
今日の車内の音楽はロードスターのエキゾーストがソロを奏でる。
ヒカルに会いたい気持ちをぐっと押し殺して。

 私が部屋を出なくなってからもう1ヶ月が経っていた。
気がつけば桜などというものは今年はお目にかかれなかった。何をするにしても気力が湧かなかった。
 ユキオに連絡を取ることさえ辛く感じた。父と母は私が部屋から出なくなっても何も言わなかったし、無理に何かを変えようとはしなかった。
むしろ、見守っているようだった。
 1日が長く感じた。やりたいことが、爆弾で一気に吹き飛ばされ平地になったようになくなった。
誰かと会うのが嫌になった。1人でいたかった。ショウとはとっくに連絡が途絶えていた。
 気がつけば寝れなくなり、夜通しゲームをし、夜明けと共に眠りにつく。そういう昼夜逆転の生活に変わっていった。
繰り返し繰り返し、毎日毎日同じゲームをして朝日と共に眠る。ただそれだけの日々だ。
「あんた、このままやと携帯止まるよ。」母にそう言われた時さすがに、「このままではいけない」と思った。
 これは働かなくてはと思い、急いで求人票を眺めるが、何も興味が湧かない。
しかし、携帯料金というものは刻一刻と訪れるもので待ってはくれない。
私が、私を辞めたくても世の中の時間という時間は待ってはくれないのだ。
 大阪に逃げ出した時、何度もホームに飛び込もうとした。だけど、痛い思いをするのが怖くてどうにも実行できなかった。
むしろ帰ってきたことで死に場所を失った気さえした。
 それにも関わらず、たかだか携帯料金が止まると言われただけで働く気が少し沸いたのには我ながら驚いた。
部屋で死んでいた私は一気に息を吹き返したのだ。だが、何を、どこから、始めればいいのか今ひとつ分からずにいた。
 何か1つ欠けている、失っている気がした。
それが何なのかはこの部屋から出て確かめる以外、方法はないような気がした。
ユキオはとっくに東京にある保険会社の研修所で缶詰状態で研修を受けていた。
無性にユキオに会いたくなった。
 でも今の私には会う資格はない。ユキオと会うためにはとにかく普通にならなくてはいけない。
私は求人雑誌を食い入るように眺め最後の方に載っている派遣会社を数社かピックアップし派遣登録するために部屋のドアを開けた。
あんなに恐れていたドアの向こう側は、以前と何も変わらない景色で待っていた。


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