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タトゥー 11曲目 皐月風

 雪がなくなった、2月の中旬だったと思う。私は気がつけば大阪への高速バスに乗っていた。それもショウと一緒に。
 バンドは無事にデビューした。本当に信じられないくらいあっけなく。チャートもトップ10位内にランクインしあとはデビューライブのスケジュールが決まるのを待つだけだった。
 そして居心地の悪くなった会社を辞めようとしていた時だった。
「やめます。」その一言がどうしても言えなかった。何かとんでもなく悪いことをしているような気がして言えなかった。
 過呼吸は毎日、酷くなっていった。
「このままじゃ、ライブは無理ね」マネージャーにそう言われた。この一言にも相当堪えたうえ、心療内科で処方されていた薬のせいなのか、この頃の記憶があまり、ない。
 ここではないどこかに行きたかった。誰も私のことを知らない土地へ行きたかった。でも一人で行く勇気がなかった。
もちろん、そんなことユキオに言えるはずもなく、私はショウを頼った。
 「逃げたい時は逃げればいい。」彼のその一言が、私の人生の中で初めて聞くセリフだった。
 昔から何事も逃げずに続けてきた。どんな結果でも、実力が足らなくても最後までやることが長女として求められてきた気がしたからだ。
 いつの間にか、あんなに大好きだったギターが急に大嫌いになった。
あんなにプロになりたかったのに、いざプロになったら大切な何かを失ってしまった気がしてもう以前のような音が出せない気がした。
 唯一持ってきた荷物と言えるものはCDプレイヤーくらいだった。私たちのI'LLのデビューアルバムを聴きながらバスに揺られている。
この時、記憶に残っている曲は皐月風。マネージャーに言われて必要になった2曲のうちの1曲だ。2月に聴くには全然季節感がない。

皐月風に吹かれて、あなたは消えて
最後に告げた言葉でさえもう、風に消えて

 これではまるで別れの歌だ。ぼんやりと思った。
そういえば、ユキオと最後に会ったのはいつだっただろう。
最後に言われた言葉は何だっただろう?
 私は他の誰でもなく、ユキオに認められたかった。
「すごいね」とか「かっこいいね」とか、そんなありきたりなセリフに辟易していた。ただただ、単純に「この曲が好き」と言ってもらいたかった。それが誰でもない、ユキオに対して求めたことだった。
 今はどこを走っているのか分からない。もう何時間かバスに揺られて大阪駅に着いたのは朝7時を回っていた。
金沢と違い都会的な人の多さにまず私は過呼吸を起こした。
慌ててポリ袋を持ってくるショウが霞んで見えた。

 高槻市までようやく着いた時にはもう昼過ぎだった。
私とショウが訪ねたのは私の中学校時代の友人のヒロコだった。彼女の実家はピアノ教室をしていて私がギターをヒロコがキーボードでいつか一緒にバンドをやろうと約束した仲だった。
 そんな彼女は、私なんかと比べ、頭も良く勉強もできたので金沢では5本指に入る高校を卒業し大阪の大学に通っていた。
中学以来の連絡にも関わらず、それも今から行っていいか?しばらく滞在してもいいか?と無茶苦茶な話に快く二つ返事で了承してくれたのだ。
私がショウを連れてきたことにはさすがにびっくりしていたけれど。
 大阪市とは違い、高槻市は心を休めるにはちょうどいい街だった。どことなく金沢市の隣の市に似ており不安よりも安心の方が大きかった。
結局、1週間ほど滞在したのだが、この間の記憶もほとんどなく、スーパーに買い物に行って自炊したりぼーっと1日過ごしたりしていた気がする。
 「ヒロコ、またね。」とお決まりの文句を言い二人でバスに乗り込んだ。

 帰宅後、真っ先に両親に謝ったのは言うまでもないけど、次の日私は会社に行き「今日で辞めます。」その一言を告げオフィスにあった私物を持って帰宅した。
我ながらあっけない辞め方と非常識なやつだと重々承知の上だったが、こういうやり方しか私にはできなかった。

肝心のI'LLは、私のバンドは、解散という形になった。

 私自身もバンドを続けていく自信がこの時なくなっていたし、バンドに向かうモチベーションも皆無だった。
残ったのはアルバム1枚だけ。作詞作曲の版権は複雑に絡み合い私の元にない状態だった。そんなことはあの時の私に考える余裕もなくただただ、疲弊していた。

心が風邪を引いてしまったのだ。何かと気遣ってくれるショウが頼りだった。
彼がいなかったら自ら死を選んでいたかもしれない。
 あんなに頼りだったバンドメンバーも解散となると呆気なく散り散りになった。
これには私もさすがにショックだった。みんなずっと一緒にやっていけると信じて疑わなかったからだ。例えバンドの名前が変わっても、メンバーだけは変わらないと思っていた。
 それなのに、I'LLじゃなくなるとみんな蜜を吸い尽くしたミツバチのように他の花へ飛び去るように次々に別のバンドへ所属していった。それを見て私はすごく、すごく裏切られた気になった。

それから私は部屋から出られなくなった。


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