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タトゥー 8曲目 ジャックザリッパー

 気がつけば暑さの残る9月が過ぎ、幌を上げるには丁度いい季節がやってきた。
僕の買ったマツダロードスターはなかなかにガタがきていたが、昔の車ということで自分で直せる箇所も多く、部品を取り寄せては大学が休みの日にコツコツと修理をしていた。
 ヒカルのほうはあっという間にバンドの動員が増え、最早デートする機会も時間もめっきり減ってしまっていた。僕はと言えば、来年4月から大手保険会社への就職が決まっていたし、あとは大学に通い卒業するのみとなっていた。
 この手持ち無沙汰を解消するにはマツダロードスターはもってこいの代物だった。多少の故障は自分で部品を取り寄せ修理できるほど構造が単純だった。まるで小さい頃に大好きで作っていた、プラモデルの等身大を組み立てているような錯覚さえあった。自分で修理をして、走らせる。それだけでも気分が違うのだが、この車は素直に「直ったこと」が分かるフィーリングを持っていた。
 ヒカルには散々言われて不評だったが、僕はとっても気に入っていた。むしろこの車以外乗りたい車がないとさえ思っている。まさに「愛車」だ。
 好きな車で山に行き、自然と対話しながら登山してまた愛車で帰宅する。
本当に贅沢な話だと思う。だけど、僕の中で何かが満たされない。
本当の幸せは持っているものなどで決まらないことを身を持って知らされていたのだ。
 ヒカルには言えないが、彼女にとても会いたかった。どうしてもそれが口に出せずにいた。断られるのが怖かった。傷つくことにとても敏感なのだ。山に登りどこかしらに傷を負ってもなんとも思わないのだが、心だけは別だ。
 「大切な人」がいなくなる経験だけは生憎、人より身を持って知っている。
だからなるべく大学でも高校でも特に仲の良い友人を積極的に作ろうとしなかった。裏切られるのが怖かったから。恋人もそうだ。
 特に男女の関係というのは同姓と違って脆く、壊れやすいものだ。なにより喧嘩しても「ごめんなさい。」だけで終われない。むしろ致命的な傷となりそれはやがて別れへのヒビへと繋がってしまう。
 ヒカルとの付き合いに関しては、どうしても自分とヒカルとを比較してしまっていた。僕には何も表現するものや表現したい何かもなく、ただただ平凡な男だ。
だが、ヒカルは違う。服一つ、髪をかき上げる動作一つとっても必ず意味と個性を持たせるのだ。まさに名前の通り光っている。僕はどう接していいのだろうかいつも迷ってしまうのだ。

 光あるところに影があるように僕もヒカルがより輝くようにそっと彼女の背中を護ってやれる男になりたい。
 今は遠くから見守ることで精一杯だ。

 山はもう一桁の気温になっていたが、地上は11月にしてはまだまだ長袖一枚で過ごしやすい日が続いていた。だが石川県独特の雨の多さが僕を憂鬱にさせる。
そんな日が続く中、相変わらずヒカルは曲を作り続けていた。

ジャックザリッパー

このタイトルを聞いた時は耳を疑った。そう、悪名高きイギリスの殺人犯、切り裂きジャックの通称だ。
歌詞もかなり過激だった。特にサビの歌詞がこれまでのヒカルの中の攻撃性を形にしたような詩だった。

Kill you good bye my Mother
Kill you good bye my Mother

 ヒカルは言いづらいことを決まって英語にする。これは本当にヒカル自身が思っていることなのだろうか。それともそういう「モチーフ」なのだろうか?
この過激な歌詞と対照的なのが曲調だ。
メジャーコードを使った明るい曲調で歌詞の過激さと裏腹にメロディーがキャッチーでロックというよりポップスなのだ。
 今までは曲の中に何か感じ取れるものがあったのだけれど、この曲からはヒカルの気持ちや意図をイマイチ捕まえられることが出来なくなっていた。僕が変わってしまったのだろうか?それともヒカルが変わってしまったのだろうか?
メールを打とうとするが、何をどう聞いていいのか分からない。僕とヒカルは一体なんなのだろう?
 ふとレポートを書いている手が止まる。気がつくと僕は浜辺にいる。不安という波が、大きな波が目の前に立ちふさがる。
逃げようにも身体が動かない。ただただその波に飲み込まれるしかない。瞳を閉じて、ぐっと歯を食いしばる。

心が、胸が、痛い。

僕は痛みを通り過ぎるのをただ待っている。それ以外に身を守る術を僕は知らない。波に飲まれた僕は頭の先からつま先までずぶ濡れだ。

 はっと我に帰る。時計を見ると5分と経っていなかった。そうなのだ。待つということはとても時間の流れを長く、長くさせてしまうのだ。けれど、僕は何を待っているんだろう?思えば僕はいつも待ってばかりだ。
 ヒカルに無性に会いたくなる。どうやって誘おうか?何を口実に?どういう風に?メールで?電話で?
もし返事がなかったら?電話に出なかったら?断られたら?僕はどういう顔をすればいいのだろう。素直に残念だと伝えればいいのだろうか?それとも平静を装えばいいのだろうか?

そんな思いとは裏腹にジャックザリッパーの美しいシンセサイザーのイントロが流れていた。


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