タトゥー 7曲目 FLYING FUTURE
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まだまだ暑さも残る9月のことだった。以前から就職が決まっていたユキオが車を買った。車はマツダロードスター、2シーターのオープンカーだ。
以前からバイト代をコツコツ貯めて中古の格安の車体を買ったそうだ。
何でわざわざ二人しか乗れない、乗り心地の悪い、屋根が開くと3拍子揃った不便な車を買ったのか私には全然理解ができなかった。
特にその低い車体は普段軽自動車を運転している私にとってはとても恐ろしく、全然スピードが出ていないにも関わらずとても速く感じるのだ。
2度ほど助手席に乗せてもらったが、私は恐怖のあまりユキオと喧嘩になるほどだった。
相変わらず月に1回のペースでライブを続けていた私たちは9月にはなんとメジャーデビューしたアーティストの前座をやらせてもらえることになった。
しかもその際の1曲が大阪のローカル番組で流されるのらしい。
私たちI'LLは自作CDを2枚作っていた。
そのうちの1枚目は
1.Better Dayz
2.DEEP LOVE
3.眠る前に・・・
と名刺代わりのような3曲を収めたCD。
2枚目は私の「自信作」を1曲のみ収めたいわゆるシングルCD。
FLYING FUTUREだ。
曲も歌詞もあの時に「降りてきた」ものが大半を占めていて仮のままの歌詞を8割ほど使っていた。
アップテンポの曲でそのタイトル通り「ユキオを連れて」未来へゆく想いを書き綴った。
「君を連れてあの空よりも高く羽ばたけたら
今よりも素敵な風景が見つかるよ
Fly in the sky」
これがあの日降りてきたものだ。すごくシンプルな歌詞でなんのひねりもテクニックもないけれど、メロディーに乗せて歌うと急に言葉に色が付いたように説得力が出るのだ。
「ありそうで、ない言葉」それをずっと探してきた。それは本を読む時もそうだったし、歌を聴く時もそうだ。そう、私はメロディーより歌詞を重視する人間だ。
FLYING FUTUREはサウンド面でも新しい試みをした。
キーボードの導入をしたのだ。キーボディストをメンバーに加えたのではなく、私がキーボードを弾いた。実は私の音楽歴はピアノから始まっている。それが災いしてか、「音を探す」という作業がわりに得意だったり、一定の楽器だけ音を聞き分けることが無意識で出来たのだ。これはギターを始めた時にすごく役に立った。
今までギターメインだった間奏がこの曲ではキーボードがメインの間奏になっている。我ながら美しいと思う。
それだけこの曲は完成されていた。
誰が聴いてもこの曲だけはいいと言ってくれる人が多かったのだ。
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10月に入ってからは本当に目に見える形でお客が増えた。
そう、例の大阪のローカルTVの力だった。ローカルTVにも関わらず、演奏したFLYING FUTUREに関して問い合わせが沢山あったそうだ。その甲斐あってか、今月もメジャーアーティストの前座をやらせてもらうこととなった。
観客動員数に比例して私のステージに上がる前の緊張もだんだん酷くなっていった。最悪な時には過呼吸にもなった。そしてなにより、客席でユキオを探すことがとても難しくなった。初めの頃はSEが流れてすぐに見つけられたのに今では1曲目の半ばでやっとなんとか探し出すことができるようになった。夢に近づくたび、ユキオが遠ざかるような気がして私は嬉し気持ちと同じくらいの不安に襲われた。
ライブの後もメンタル面でとても気性が激しくなった。時には死にそうなくらい沈みんだり、激しく怒りメンバーと喧嘩になることもあった。ユキオにも散々当たり散らした。けれどユキオはただ黙って私の支離滅裂なひどい言葉を全て受け止めてくれていた。
そして、決まって最後は必ず私は泣く。それをユキオが慰める。ライブ後の恒例行事になっていった。
忙しい物事というのは本当に重なるもので、仕事も入社した4月から顧客からの仕事依頼が増え、平日はもちろん土曜も出勤するほどになっていった。
あくまでも任意での残業だ。だけど、定時で帰る人は私くらいで無言の同調圧力がそこにはあった。本社勤務の同期はさらに激務だったらしく、残業代で車が1台買えたほどだと言っていた。
本社はプログラミング業務が主たる業務だった。同期の大卒のみんなはシステムエンジニアとして激務に追われており、その頃、1人、また1人と辞めていった。
私はと言えばだんだん観客が多くなるバンドのことにしか関心がなく、同期が辞めていっても全然気にならなかった。
そんな公私共に充実した日を送っていた時だった。
あるライブの日見慣れない男の子が最前列でヘッドバンキングをやっている。
私たちの曲でヘッドバンキングをやるような曲は1曲もない。だけど彼はどの曲でも何かを払拭するようにヘッドバンキングをしていた。長髪のゆるくパーマをかけたヘッドバンキングを夢中でする男の子。不思議と引き寄せられる何かがあった。
それがショウだった。
