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『 HOLE 』 5

NA「親友、冴島邦夫が大峰峠で遭難し、大規模な捜索が行われたが、本人はおろか痕跡一つ発見されなかった。やがて捜索は打ち切られ、松田のストレスはピークに達していた。そんな時、データ解析員の佐伯和弥と出会い、邦夫との通話録音内に不可思議なノイズを発見、解析を試みると、謎の文字列が浮かび上がった。
N35°3‥E1‥‥“205‥/11/‥‥

◉ 豪雪の大峰峠
   吹雪の中、雪洞を作れそうな場所を
   探す邦夫。視界は悪く、雪に足を
   取られながらも、ようやく横穴を
   掘り始める。

◉ 吹雪の谷底
   冬山らしからぬ軽装備の男が、
   幅広ゴーグルをかぶり、
   吹雪の中を直進している。

◉ 邦夫の雪洞
   雪洞の中でテントを体に巻き付け
   寒さを堪える邦夫。
   黒く大きな物体が近づいてくる。
   風音の中、気配を感じた邦夫は
   狭い穴の中で身構える。
   と、入り口の隙間から
   強い光が差し込み視界を奪う。

邦夫「うっ!」

救助隊「済まない!目をやっちまったか?」

邦夫「あぁっ!大丈夫。すぐに‥‥治ります。えっ?あぁ夢か‥‥」

救助隊「いや、現実だ。助かったんだよ。」

邦夫「あぁ‥‥(笑顔がこわばる。)」

救助隊「ダウンの上からコレを羽織るといい。(薄手のポンチョ風コートを羽織らせ、襟元のボタンをタップする。)すぐに暖まる。さあ、かえろう!

   時間経過。吹雪の音とクロスして
   暖炉の薪が燃える音。

◉ リビング
   暖炉の炎が揺れている。

◉ バスルーム。
   目を閉じ湯船につかる邦夫。

邦夫「(心の声)ここはどこだろう‥‥まだ雪洞の中か?‥‥頭が追いつかない。」

女性の声「着替えを用意しました。使ってくださいね。」

邦夫「ありがとうございます。‥‥何が起こってるんだ?」

◉ リビング
   ヘンデル『水上の音楽』
   暖炉の前でビールを飲んでいる救助隊。
   ジャージ姿の邦夫が現れる。

救助隊「お、暖まったか?」

邦夫「はい、生き返りました。ありがとうございます。」

救助隊「そいつは良かった。風呂上がりにビールはどうだ。生き返えったら、次は楽しまないとな。ほら(グラスを渡しビールを注ぐ)」

邦夫「あ、はっ、はい。」

   邦夫はビールを注ぐ男の横顔を凝視。

邦夫「あの、もしかして‥‥松田くんのお父さんではありませんか? 聡くんの友人の冴島です。高校時代から何度もお宅に伺ったことのある冴島邦夫です。」

救助隊「まあ、まずは乾杯だ。冴島くんの無事を祝って、乾杯!(一気飲み)今夜のビールは最高だ!(酒の肴を運んでくる女性)お前も飲め。」

舞香「私は‥‥‥はい。」

救助隊「こいつは俺の自慢の娘、舞香だ。」

舞香「父は酒癖が悪いから気を付けてね。」

救助隊「大学を飛び級して首席で卒業だ。おまけに美人!才色兼備ってやつだな。21歳、独身、彼氏募集中。ハハハ。」

舞香「余計なこと言わないで。」

救助隊「では話を戻すが、友人の松田聡くんに妹さんはいたかね?」

邦夫「いいえ、一人っ子でした。」

救助隊「それなら私は聡くんのお父さんではないな。(楽しそうに)舞香も一人っ子だ。(舞香へ)なあ。」

舞香「(ため息)」

邦夫「失礼しました。頭が混乱してまして。」

救助隊「君は滅多にない体験をしたばかりだ。混乱するのは当然だよ。まあ、そんな事より、ほら食え、舞香の餃子は絶品だぞ。」

舞香「大袈裟ね。どうぞ召し上がって。」

邦夫「いただきます。‥‥美味い!」

舞香「父から一番の好物だと聞いていたので。」

邦夫「はい。‥‥え?」

舞香「餃子、お好きなんでしょう、沢山ありますから、どんどん食べてくださいね。」

救助隊「コラ舞香、何気にヒントを出すなよ。」

舞香「父さんたら悪趣味ね。もう酔ったの?」

救助隊「長い間、この時を待ったんだ。少し位は楽しんでもバチは当たらんだろ。」

舞香「そんなだから、友達が少ないのよ。」

救助隊「(笑)だから大切な友達を必死に探したのさ。」

舞香「(笑顔)なんだかズルい逃げ方。(邦夫へ)ねぇ。」

邦夫「あの‥‥何の話ですか。」

舞香「父さん。(ちゃんと説明してあげて)」

救助隊「ふむ、君は‥‥崖から落ちた時、崖下までに何秒くらいかかった?」

邦夫「‥‥多分 5、6秒かと。」

救助隊「俺はあの崖下へ辿り着くまでに、31年かかった。」

邦夫「すみません。話が全く見えてなくて。」

救助隊「君は、私の31年をたった6秒で飛び越えたんだ。そして君にとっては、つい先程の話だが、君は31年前の私の携帯へ『助けてくれ』と叫んだ。」

邦夫「(動揺が顔に出る)」

救助隊「だから私がその声を聞いたのは、今から31年も昔の話だ。‥‥邦夫、久しぶりだな。」

邦夫「え?‥‥聡? いや、そんなはずない!」

   救助隊改め松田聡(52才)。

松田「そんなはずのない事が起きてしまうのが、人生ってもんだ。この31年で学んだよ。」

邦夫「そんな馬鹿げたこと、SF映画じゃあるまいし。」

松田「でも現実だ。邦夫、お前は31年前の世界からいきなり現代に現れた‥‥その‥なんだ、映画風にいえばタイムトラベラーってヤツだな。」

邦夫「からかわないでください。」

松田「真面目な話だ。」

邦夫「言葉では何とでも言えます。けど納得するには‥‥説得力にかける。」

   松田は窓の前で手招きする。

松田「ほら窓の下、一階の玄関前に何が見える?」

邦夫「助けてもらった時のスノーモービル。」

松田「あれに乗ってて気づかなかったか?」

邦夫「気が動転してたから。何のことですか?」

   松田が腕時計に触れると、
   無人のスノーモービルは垂直上昇し、
   窓ガラスの向こうで空中停止。
   ホバリングしている。

邦夫(呆気にとられる。)

松田「31年前にもホバーバイクの試作機はあったが、実用レベルには程遠かっただろ。
(腕時計を操作すると、機体はバルコニーに着地する。)今はここまで進化したんだ。
それと、お前がさっき羽織ったコートも薄っペラだったが、寒さを寄せつけなかったろう。あれは冷却発電素子と98%の遮熱繊維の賜物だ。まだまだあるぞ」

邦夫「‥‥」

松田「当時は裸眼で視野角フリーの3D映像はなかったろ。見てろ(暖炉に身体ごと飛び込むが、何も起こらない)ほらな。映画風に言えばホログラムってヤツだ。こんなことも出来るぞ。暖炉から、だるまストーブへ!(暖炉がストーブに変化)好みの暖房器具を楽しめる。そこにある熱帯魚の水槽もそうだ。魚から鳥、九官鳥へ。(入れ替わる)魔法みたいだろ。ちなみにこの娘もね。舞香からプードル。」

邦夫「えっ!」

舞香「父さん!!(邦夫へ)生身の人間です!」

松田「冗談です。(笑い)」

邦夫(不安な視線を松田に向ける。)

松田「不安そうな目をするな。まずは笑え。作り笑いでも、笑っていれば気持ちは晴れる。‥‥てなこと言われても難しいわな。お前にとっての俺『松田聡』は21歳の若者だった。それが、ホログラムばりの速さで52のおっさんに変わったんだ。すぐに受け入れられないのは理解できる。」

邦夫「‥‥」

松田「幸いお前はまだ若い。時間はたっぷりあるんだ。ゆっくり馴染んで行けばいい。」

邦夫「‥‥」

   時間経過
   三人の引きの映像から
   暖炉の炎へオーバーラップ。
   再び引き映像に戻るとリビングは
   ライブ会場と化している。
   大勢の観客の前で松田は
   当時のカラオケを熱唱しているが
   途中息切れしマイクを邦夫へ渡す。
   邦夫は戸惑いながらも歌い切る。
   松田&舞香の拍手と共に
   ホログラム観客たちの歓声があがる。

松田「さてと、さすがに今日は疲れた。続きは明日にして‥悪いが先に休ませてもらう。」

邦夫「はい。今日はありがとうございました。」

松田「あぁ、そうだ。会社のプライベートフォルダーに、お前が行方不明になった時のニュース映像やら、その後の資料がまとめてある。それと、この31年の社会情勢もダイジェストにしてまとめておいた。詳細を知りたければ、娘に操作方法を聞いてくれ。舞香、頼んだぞ。」

舞香「はい。」

松田「(舞香へ)ちなみに‥‥お前は、邦夫のドストライクだ。」

邦夫「まっ、松田さん!なにを──」

舞香「父さん!」

松田「お父さんは、昔から恋愛には寛容な方でな、二人とも、お父様への気遣いは無用だ。(笑)それと邦夫。俺はサ・ト・シだ。『松田さん』は勘弁してくれ。じゃ、おやすみ~。」

邦夫「お、おやすみなさい。」

舞香「おやすみ。ちゃんとパジャマに着替えてから寝るのよ。」

松田「おう。」

◉ 松田の部屋

   自室に戻ると先程までの笑顔が
   切ない表情に変わる。

◉ リビング
   松田を見送った二人に
   気まずい空気が流れる。

舞香「父さんたら、よほど嬉しかったのね。すっかりキャラ変してる。普段は寡黙なオジサンなの。」

邦夫「そうなんですか? でも、僕の知ってる松田さん、いや聡‥さんそのままです。見た目はすっかり変わってお腹も出てるけど、空気を読まないマイペースな展開や、周囲の声は気にせず独立独歩な思考法は、今も健在なんですね。超が付く変わり者と呼ばれてました。(笑顔)昔のままです。」

舞香「へえー、若い頃の父さん、あんな感じだったんだ。って、今の発言、何気にディスってる?」

邦夫「そ、そんなつもりは──」

舞香「いいの、いいの。お腹の出っ張りは事実だし、今も超変わり者って言われてるから。(笑顔)」

邦夫「多分、オレを気遣って当時のキャラを頑張ってくれたんです。昔から超優しいヤツだったから。」

舞香「そうなんだ。そっちにも超が付くんだ。(嬉しそうに微笑む)」

邦夫「はい。あの‥‥いくつか質問しても良いですか?」

舞香「勿論。」

邦夫「このジャージは‥‥」

舞香「えっソコ?(笑)それは、あなたを探す時、警察犬に匂いを嗅がせた、当時のあなたの部屋着。だそうです。」

邦夫「あっ、なるほど見覚えがあるはずだ。」 

舞香「ちゃんと洗濯して大切に保管してありました。」

邦夫「ありがとうございます。あの、ここは、あなた方のお住まいなんですか?遭難場所から近いと感じたのですが。」

舞香「ここは、私たちの別荘なの。昔、大峰キャンプ場があった場所。父が数年前に、この周辺を買上げて建てたんです。」

邦夫「買上げって‥‥そんな事。」

舞香「父は投資家なの。世間ではちょっと名の知れた。」

邦夫「聡が名の知れた投資家?!」

舞香「(笑顔)そう。」

邦夫「今日は思い掛けないことが多すぎる。」

舞香「父さんが言ってたわ。貴方からの電話が自分の人生を変える分岐点だったって。」

邦夫「人生を変える‥‥どういうこと?」

舞香「それは‥‥親友のサトシくんに聞いてね。で、他に質問は?」

邦夫「僕が住んでいたアパートの部屋や実家。両親、妹、友人たち、会社は今、どうなっているんでしょうか?」

舞香「アパートは、貴方が行方不明になった後も、ご両親が家賃を払い続けていたそうです。そして5年がたった頃、区画整理で取り壊されることになり、家財道具をご実家に運んだと聞いています。ご実家は6年‥‥あ、7年か、7年前に二世帯住宅に建て替えて、妹さんご家族とご両親が暮らしています。ただ、去年からお父様の体調がすぐれず、入退院を‥‥。」

邦夫「病気?何の?」

舞香「それは他人の私には何とも‥‥」

邦夫「ですね。」

舞香「ただ、命に関わるものではないそうです。」

邦夫「そうですか‥‥よかった。」

舞香「(時計を確認)この時間なら、まだ大丈夫でしょう。ご家族に連絡してみましょうか?ホログラムで会話ができますよ。」

邦夫「ありがとう。でも家族に会うのは、もう少し気持ちの整理をつけてから‥‥。」

舞香「そうですよね、一度に受け入れられる状況ではないですものね。」

邦夫「すみません。」 

舞香「いいえ。」

◉ 松田の部屋。
   ベッドに寝転ぶ聡。
   後頭部を両手のひらに乗せ、
   ぼんやりと天井を眺めている。

回想  

◉ 松田のPCルーム
   31年前、謎の音声から
   FAX画像を発見したその日。

佐伯「N35°3‥E1‥‥“205‥/11/‥‥:‥‥   06684099 ‥‥。座標と日付かな?」

             6へ続く

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