短編小説|電柱に花が咲いた #わたしと東京
花びらを手のひらにのせて、僕は満開の電柱を見上げる。
電柱に咲く花は桜に似ているけれど、夜に光る。たぶん、電気が流れているからだ。僕は夜桜より夜電柱が好きだ。
東京側の多摩川沿いにある神社へ上る石段の半ばに、こぢんまりとした展望広場がある。欄干に肘をつき、兄が好きだった珈琲を飲む。
街に灯る電柱の花を眺める。世界で最も電柱が多い都市は東京らしい。風が強いから、今年は早く散るだろう。
僕が小学六年生だった年は、三月二十五日に電柱が満開だった。今年は早い。僕が行けなかった卒業式の日のことだから、よく覚えている。
「もうすぐ卒業なんだから行きゃいいのに」と兄に言われた。
「もうすぐ卒業だから行かない」と僕は言い返した。
小学六年生の十月から僕は学校へ行かなくなった。急に誰も口をきいてくれなくなったからだ。
「卒業式、どうするわけ」と兄は言った。
「行きたいけど」と僕は言った。
行かない、と伝えなかった僕の頭に、兄は分厚い手を置いた。
卒業式の日、僕は家の押し入れの中で膝を抱えていた。
どうにか今日をやり過ごそうとしていた。
襖が開く。
「あら、すてきなお宅。おじゃまします」と兄が入ってきた。
よそ行きの母の口調を真似ている。
「ほんとに、おじゃま」と僕は言った。
なぜか兄は僕のランドセルを抱えている。
「こちら、つまらないものですが」
兄はランドセルを開ける。
押し入れの中が明るくなった。
「外で集めてきましたの」と兄はランドセルに手を入れた。
そのまま電柱の花びらを撒いた。
光る花吹雪が舞う。
あのとき、兄は僕になんと言っただろう?
兄は大学の卒業旅行の途中、バイクで事故に遭った。
翌年から、僕はここで花見をするようになった。
八年経つ。
春の強い風が吹いた。
東京の街には星をまぶしたように、百万本以上ある電柱の花が散っては瞬く。
珈琲の苦さに顔をしかめる僕を笑った兄を思い出す。押し入れに舞う花びらが鼻の穴に入った僕を笑った兄を思い出す。
電柱と電柱が電線で結ばれているように、過去といまが繋がる。
頭上の電柱から数えきれない花びらが散り、一枚が珈琲に浮かぶ。
ほのかに光る珈琲を飲み、あのときの兄の言葉を思い出す。
よそ行きの母の口調を真似て、僕も言った。
「ご卒業、おめでとうございます」
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