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短編小説|猫は液体、僕は泣きたい

 海の猫に会いたい。そう思って僕はリュックを背負い、JR東海道本線の電車に乗り、藤沢駅で乗り換えた。六月半ばの日曜の斜陽が車窓から差し込み、目に沁みる。電車に揺られ、ノラを思い出す。ノラは僕のペットで、六月三日に蒸発した。
 猫は液体だ。小さな箱や器に入れば、水を注いだように隙間なく収まる。猫を飼うまで比喩だと思っていたけれど、じっさい猫は液体なのだ。ノラもお気に入りの調理用のボウルにぴったり収まっていた。そこで撫でられるのが好きだった。

 十七年、ノラと僕は一緒だった。僕が中学生のとき、大学生だった姉が飼ってきた青い目のラグドールだ。社会人になってからも、ノラと会うためによく実家へ帰っていた。歳をとるごとに、ノラは少しずつ乾燥して身体が小さくなっていった。
 猫の十七歳は、人の八十四歳に相当するらしい。立派なおじいちゃんだった。食べる量が減り、じっと動かない時間が増えていった。ボウルに収まったときの「水かさ」が減っていき、僕ら家族に見守られながら、最後には蒸発して消えた。

 小田急江ノ島線で、本鵠沼駅、鵠沼海岸駅を過ぎ、片瀬江ノ島駅に着いた。片瀬東浜海水浴場は茜色に染まっている。湿った潮の香りに包まれた。僕は砂浜に立ち尽くし、西日にきらめく海を眺めた。江の島の影が眠った猫のように見える。
 蒸発した猫は、空へ昇る。大気中の蒸気は冷やされ、雨粒となり、集まって雲となる。水の粒は大きくなり、やがて地上へ降り注ぐ。雨は川や地下を流れて、海に帰る。蒸発した猫は海であり、海は猫だ。僕は、海になったノラに会いに来た。

 ノラはボウルの中で撫でられていたかと思うと、ふいに僕の手に甘く噛みついて威嚇することがあった。機嫌が山の天気のように変わりやすく、あるいは寄せては返す波のようだった。僕は目を閉じて波の音を聴く。ノラの鳴き声を聴く。
 リュックからボウルを出した。海へ近づき、波を掬った。重みを感じる。水を頭から被った。海水も汗も止まらない鼻水も、波に洗われる。冷たさが心地いい。ボウルをリュックへしまい、僕は帰る。きっといつか海になる。僕の涙も乾いたら。







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小牧幸助|小説・エッセイ 牛乳を買って金曜よるに一杯やります。