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短編小説|眠れないなら夜の街を泳いでみる

 眠れないとき、僕はパジャマのまま夜の街へ泳ぎだす。
「スイミングである。睡眠だけに」
 死んだじいちゃんは、そんなことを言っていた。
 四月も終わりの風が吹く、マンションの八階のベランダの欄干を越え、僕は中空にたゆたう手漕ぎボートへ乗り込む。
 オールを漕ぐと、空中に生まれた気泡が、街明かりに底からきらめく。
「睡魔が来ないなら、スイマーになればいいじゃない」
 死んだばあちゃんは、そんなことを言っていた。
 十分ほど漕いだあと、僕はボートから飛び込み、夜の街へ深く潜る。

 アオウミガメが車両用信号機の上で休んでいたから、僕は泳いでそばに行き、隣りへ座る。
 いつも思うが、ふだん見上げている信号機は、座ってみるとかなり大きい。庇の部分にサンゴが群生している。
 見上げると月が遥か彼方の水面で揺らめいている。陰になったと思ったら、上空を二匹のジンベエザメが泳いでいた。
 じいちゃんとばあちゃんは、僕とは違ってアクティブで、七十歳を超えてから八丈島でダイビングのライセンスを取得していた。

 子どもの頃、目が覚めてトイレに行って自室へ戻るとき、寝室にいたはずの祖父母がいないことがよくあった。
 昔から、ふたりで夜を泳いでいた。だから、ライセンスをとるのは簡単だったと言っていた。
 そういうとき、僕は嬉しかった。「仲良いな」と思うと、お腹のあたりが温かくなった。僕の元を去った両親が、そうではなかったからだろう。
 朝、杏ジャムをつけたトーストを食べながら、じいちゃんとばあちゃんが泳いだ夜の街の話を聞くのが好きだった。

 ようやく僕が夜を泳げるようになったのは、先にじいちゃんが死に、二年後にばあちゃんが死んだあとだった。
 眠れない夜がつづき、深夜三時にリビングの広いテーブルで、ひとりトーストに杏ジャムを塗って食べていたとき、「おや、なんか泳げそうだぞ」と気づいたのである。
 二匹のジンベエザメを見送り、僕は平泳ぎで遥か上空の水面へ上る。
 残していた手漕ぎボートに、なんとかよじ登る。
 パジャマは濡れていないが、夜風が涼しい。
 僕はボートで家を目指す。
 全身に、泳いだあとのほどよい疲労感がある。
 僕はこっくり、こっくり、船を漕いだ。



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小牧幸助|小説・エッセイ 牛乳を買って金曜よるに一杯やります。