短編小説|時が経つのが早すぎる人たち
三月になり、もう今年も二か月経ったのかと、年々早くなっていく時の流れに驚かされます。春めいてきた日の昼下がり、私は近所のカフェで、ちょっとした作業をしていました。後ろの席にいた三人の老婦人たちの声が漏れ聞こえてきます。
「いつのまにか三月だなんて、早いものよね」
「ついこのあいだ年が明けたと思ってたのに」
「この年になると時が経つのはあっというま」
私でさえそう感じるのですから、彼女たちの時の流れは、さぞ早いのでしょう。
「首相が変わったのも今年のことみたいだわ」
「コロナが五類になったのが一昨年なんてね」
「令和になったのも、もう七年も前のことよ」
気持ちは分かります。作業をしながら耳を傾け、人知れず私は頷いていました。
「2000年問題にしても先週のことのようよ」
「バブルが崩壊したのも、最近に思えるわね」
「ビートルズが来日した日も記憶に新しいわ」
半世紀以上も前の話になってくると、さすがに言い過ぎている気がしてきます。
「玉音放送も昨日拝聴したように思えてくる」
「米騒動が大正のことだなんて信じられない」
「そんなこと言ったら明治維新だって、ねえ」
え、明治? この人たち何歳なんだろう? 作業の手が止まってしまいました。
「参勤交代のとき……」
「関ヶ原の戦いで……」
「鉄砲が伝来して……」
いよいよ時が経つのは早いという次元ではない話で彼女たちは盛り上がります。
ややあって「あら、もうこんな時間? そろそろ私はお暇するわね」とひとりが立ち上がると、三人とも席を立ち、ぞろぞろとレジのほうへと去っていきました。「あら、ここ富本銭使えないの? 和同開珎も?」という声が聞こえた気がして、私は彼女たちの年齢について考えることをやめました。
いいなと思ったら応援しよう!
牛乳を買って金曜よるに一杯やります。