どうにか進めろ

筆が進まない日がある。

いや、僕の場合、進まない日の方が圧倒的に多い。画面をただただ凝視しては、パチパチとキーボードを叩き、うーーーん…とdeleteする。進まない。書こうと試みているそのとき、僕はほとんどの時間において余白の多い画面をぼーっと眺めている。

noteでフォローしている方の中に毎日投稿をしている方がいる。この記事のこの部分を書いている現時点でその方の最新の記事を見てみると「2535日目」とあった。やばすぎる。本当に、まじで、心底、ものすごいと思う。

そしてこの数字を目の当たりにしたときに感じた凄みとは、「それだけ長い期間において継続した」ということもさることながら、「2535という数の記事を書き上げた」ということに帰結する。毎日一つの文章を書き上げるというのは、当たり前だが筆を「進ませ続け」なければ達成し得ない。自分が難儀していることだからこそ、そのとんでもない推進力のようなものに圧倒される。

今月も、例によって筆が進んでいない。

月末にかけてメンバーシップの記事を4本書き上げなければならない。それとは別に、7月8日が期限である「創作大賞2026」に応募するための記事もできるだけ書き上げたい。


職場に向かうバスは30分ほどの乗車時間がある。一人がけの椅子に座り、PCを開く。空白の目立つ下書きがたくさん溜まっていて、その中の一つを開き着手してみる。書き上げなければならない。だが書き上げるどころか「何か違う」とそれまでに書いていたものを消してしまいたい衝動に駆られたりする。

そういう状態が続いて、何日目になるだろう。
結局、進捗がほとんどないままバスを降りる。

インプットが足りないのかもしれない。

言葉が出てこないときは大体、身体の中から言葉がなくなってしまっている。と感じることが多い。今回もそうかもしれない。インプットできる何かを探す。イヤホンをつけてみる。

『奇奇怪怪』は今週お休みだった。残念。
音楽を聴くにも、何か気分じゃないな。
ジブリのオルゴール? いや、寝かしつけじゃないんだから。

結局イヤホンを装着し無音のまま、職場までの一本道を歩く。

ワールドカップ開催地の一つということもあり、バンクーバーの街は平日休日問わず賑わっている。人間がたくさん動いていて、声がたくさん聞こえてくる。イヤホンの設定を外音取り込みモードにすると、ギュウギュウに握って目一杯凝縮した音という音が合図と共に自分の方にだけ押し寄せてくる感覚に陥った。耐えられなくなって、またノイズキャンセリングモードに戻した。

Xを見る。お金持ちの人とお金持ちの人が喧嘩をしている。一方がもう一方のことを嘘つき呼ばわりする、というのをお互いにやっていた。どちらも本当に見えなくて笑ってしまう。Xはインプットじゃないなと思って閉じた。

前から歩きスマホをしている人がこちらに気づかずにズンズンと向かってくる。眼前にて「ワーッ!」と大声を出したくなる。ワーッ!のわずか手前ほどのタイミングで僕の存在に気づいたその男性は、多少の申し訳なさを貼り付けたような顔をして僕を避けた。当たってないけれど、ほんとやだなと思う。さっきまで歩きスマホでXを見ていた自分のことも反省した。
そうこうしているうちに職場の近くまできた。

歩いている間、まるで何もインプットができなかった。仕事開始まであと30分。今日も仕事前に投稿できないのか。すこし焦った気持ちになる。

いやせめてもう少し足掻いてみよう。すぐ近くのマックに入る。
$1のホットコーヒーだけを受け取り席に着く。テーブルが油まみれに見えて、PCを開くのを躊躇う。ハンバーガー店は作業には不向きである。僕は鞄の中から星野源の「いのちの車窓から 2」を取り出し開く。エッセイを二話読んだ。

あの星野源ですら、何者でもない自分に辛さや不安を感じた日があったという。有名になる以前の時間が誰にでもあるのだからもちろん不思議ではないのだが、ひとたび有名になってしまえば何者でもない星野源のことが想像できないというのもおもしろい。

その次のエッセイで、有名になりすぎてしまったが故に感じるようになった恐怖感や虚無感、悲しさのようなものについても綴られていた。それを読みながら「自分もいつか有名になり、そういった気持ちを感じる日が来るだろうか」と考えた。自分は有名になんてなれなさそうだという直感もあいまってか、これもまた想像がつかなくて笑った。

結局、コーヒーもたいして飲まず、仕事の時間がすぐそこまで近づいてしまった。本を閉じ、マックを後にする。仕事か。そんなことしてる場合じゃないのにな。そんなことしなきゃ生きていけない身分なのに横着なことを考える。

働いているときエッセイの案がいくつか浮かんだ。でも働いているうちに泡のように消えていった。メモは大事だな。労働時間である7.5時間も、一日の中から同じく消えていた。

帰りのバスに乗る。性懲りもなくXを開く。お金持ち達はまだ喧嘩を続けている。こういうのが嫌だったからSNSを一度辞めたはずだったのに、また始めたかと思えばまんまと飲み込まれかけている。閉じた。文章を書こう。

帰りのバスは、道が空いていることもあり、20分もかからずに着いてしまう。5分をXに使ってしまったから、残りは10分くらい。ああ、焦る。下書きを開く。いくつかの言葉を書き足し、減らす。
そうこうしてるうちに、最寄りのバス停に着いてしまう。

家までの道を歩きながら、最後に足掻く。徒歩5分、無情にも玄関の前にその身は到着した。下書きを閉じ、静かにドアの鍵を開けた。


6月28日、深夜未明。メンバーシップの記事を2本書くのにあと3日。創作大賞の応募締切まで時差を考えるとあと10日。時間がない。

筆よ、どうか進め。
いや、どうにか進めろ筆を。

今日こそはきっと塗りつぶしていく。
そんな決意をもとにもう一度、余白の多い画面を僕は開いた。

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