きょんちゃん
弟の結婚式に参列した。
ユーモアがあり、絶え間なくみんなが笑っている、終始にぎやかな式だった。親族席からその様子をぼんやりと眺めていると、場の雰囲気がただただ微笑ましく感じられて口元が緩んだ。空が青く空気はポカポカとし、文字どおりの「ハレの日」だった。結婚式を挙げるという話を聞いたとき僕たち家族は日本に帰国ができるか分からない状況だったのだけれど、帰国を決断し式に参列できて本当によかったと、心からそう思った。


僕は三兄弟の長男で、今回結婚式を挙げたのは7つ歳の離れた次男だ。「きょんちゃん」と呼んでいるので、ここからはそう書こうと思う。
小さい頃から、僕はきょんちゃんのことを心配していた。
兄の目から見たきょんちゃんは「何だかあぶなっかしい弟」だった。具体的なエピソードはここには書かないが、彼のやることなすことには、子供ながらに「何でそんなことをしたの?」となるようなものが多かった。割と普通の子供をやってきた僕にとって、同じ子供であったはずのきょんちゃんは時々難しかった。
思春期の頃は特に難しかった。きょんちゃんは家族の誰ともほとんど会話をしなくなってしまった(いわゆる反抗期)ので、彼が何を考えているのか、何に不満を抱いているのか、もっと言えば毎日が楽しいのか人生がしあわせなのかみたいなことも、まったく分からなかった。
きょんちゃんは孤高の人間だった。いつも自分の意志や信念みたいなものを大切に抱えているように見えた。閉鎖的な(…と当時は思っていた)きょんちゃんに熱を込めて話をしたことも何度かあった。けれどいつも、伝わりきっていない感覚が残った。きょんちゃんにはきょんちゃんの、確固たる考えや選択の理由があったからだと思う。
ところで、僕はずっと「きょんちゃんの道標にならないと」と思っていた。何だかあぶなっかしい弟が悩んだり迷ったりしたときに、兄の僕の背中がわずかでも彼にとっての希望になればいいと思っていたのだ。
きょんちゃんのことを案じるときはいつも、彼に見せるための背中を自分で再確認し、ピンと伸ばしなおす。大げさではなく、ずっと、そういう意識を持ちながら生きてきた。きょんちゃんにとって、かっこよく頼れる兄でいたかったのかもしれない。
きょんちゃんは、あるときからよく笑うようになった。「あるときから」と書いたが、それがはっきりといつからだったのかは分からない。僕は大学進学を機に地元を離れ、日常的にきょんちゃんと関わることがなくなったからだ。でも、たまの帰省で家族と一緒に時間を過ごすときに、明るい表情を見せるようになっていたことに気がついた。
そんなきょんちゃんの姿を見たとき「変わったよなぁ」とたいそう驚いたものだ。同時に、暗い顔を見せていたあの頃のきょんちゃんの心を十分に開ききれなかった、自分の兄としての不甲斐なさのようなものを痛感したりもしたのだった。

何がきょんちゃんを変えたのだろうと、兄である僕はずっと不思議で仕方がなかった。けれど、きょんちゃんの結婚式に参加して、自分の中でいくつかの仮説が浮かび上がった。
一つは、きょんちゃんは別に変わったわけではなく、あの明るいきょんちゃんが本来のきょんちゃんなのかもしれないということ。そしてもうひとつは、きょんちゃんと仲良くしてくれているたくさんの人たち──参列いただいた友人のみなさま方がきっと、きょんちゃんが本来の自分でいられるような関わり方をしてくれているのだろうということだ。
たくさんの人が弟に向けた温かい眼差しを目の当たりにしたあの日、僕はようやく「自分が道標でなくてもいいのかもしれない」とそう思えたのだった。別に呪いなんかじゃなかったけれど、勝手に背負っていたその荷物を前向きな気持ちでおろすことができた。この人たちがいてくれれば、きょんちゃんはきっとずっと大丈夫だろう。彼らがきょんちゃんを導いてくれるだろう。そういったことを強く感じられた式だった。
兄34歳、弟27歳。大人も大人な年齢でこういうことを言うのも変だが「安心した」。重ねて、参列できて本当によかった。
きょんちゃん、結婚おめでとう。
君がどうかこれからも明るい表情でいられますように。
すこし遠くから、兄としていつも願っている。


最後に余談をひとつ。
席札の裏にきょんちゃんからのメッセージが書いてあった。そこには「こうめい兄ちゃんの背中を見て育ったよ!」という言葉がしたためられていた。兄としてかっこいい背中を見せられていないと思っていたので、ちょっと面食らった。
口八丁なところがあるので (((鵜呑みにするべからず…))) と最初は浮かれぬよう努めていたけれど、でもまぁこういうのは信じたもん勝ちだよな!と思い直し、今は「…これからもかっこいい背中見せてやんよ。」と、そういう気持ちでいる。
仕事のし過ぎとか、酒の飲み過ぎとか、飯を食わないときがあるとか、まだまだ「何だかあぶなっかしい弟」だ。今しがた下ろしたはずの荷物を自分がまた背負い直そうとしていることに気がつく。悩んだり迷ったり。そんな未来は、ないならないで別にいい。でもいつかきょんちゃんがそんな状況に身を置く日がきたならばそのときは、ほんのわずかかもしれないが、君の希望になることを約束しよう。
この気持ちが決して嘘にならないよう、兄は今日も背中をピンと伸ばし自分の生活を続けていく。
