生き生きと生きる
「こうめいさん、走って!走って!!」
三塁ベースを回ったところ、コーチャーをやっていた後輩の怒号にも似た野次が飛んできた。ホームに向かって必死に駆ける。駆けている。はずなのだが、一向にその距離は近づいてくれない。足がもつれそうになる。その刹那、相手チームのキャッチャーが外野からの返球に備えて腰を落とした。やば、もう来んの?! 加速を試み、加速できないまま前のめりに進んでいると、ようやくホームベースが見えてきた。キャッチャーがミットを構える。返球がそこまで来てるサインだ。あーもう知らん!僕は五角形をめがけ思い切りスライディングをした。
タイミングはアウトだった。が、幸運にもボールはキャッチャーの隣でこぼれていた。
「セーフ!」
審判が声を上げる。
「あっっっぶねーーー!!!」
僕は胸を撫で下ろした。
膝についた砂をパタパタと叩きながらベンチに戻る。後輩が「ちょ、こうめいさん、ギリギリじゃないすか!!!」と遠くで爆笑している。返す言葉もない。事実ギリギリだったからというのもあるが、単純に息が上がっていた。
自陣の攻撃が終了し、三塁コーチャーズボックスから後輩が戻ってくる。「ほんと、あれが限界。」と息を整えながら言葉を絞り出す。ご勘弁と上げた僕の手に、後輩はハイタッチをしてくれた。
「野球はよかぞ。おいちゃんになってもできるけんな。」
その昔、父のチームメイトだったとあるおじちゃんが僕に言った。なんで? と聞いたら、おじちゃんは「考えてん。サッカーはずっと走っとかんばいかんろ。ばってん野球はさ、自分が打席に立っとらんかったらベンチでボケーーーっとしとったらよかし、守りよるときだっちゃボケーーーっと立っとけばよかっちゃっけん。疲れんけん、何歳になったっちゃできる。」と続けた。
「でも打ったら走らんとやん。疲れるやろ。」
そう言った僕に対し、おじちゃんはニカっと笑ってこう言った。「そやん疲れるごて早うは走れんばい!」
おじちゃんはその日の自身の打席でどデカい打球を打ったかと思えば、ゆたゆたと走り、ギリギリ間に合うくらいのタイミングで二塁ベースに到達した。そして「疲れるごて早うは走れん」と言っていたくせに、めちゃくちゃ疲れてた。
攻撃が終わりおじちゃんがベンチに戻ってきたときに「疲れとるやん」と笑うと、「大きかとば打ってしもうたけん走らんばいかんごてなったさ」と手を膝につき下を向いたまま僕に言った。おじちゃんは近くにいた自分よりも歳の若い選手に「ちょ、こっかい守って!」と守備へ行くことを促す。任された彼は「おっさーん!引っ込むとん早うなかー?!」と野次を飛ばしながら外野の方に颯爽と走っていく。おじちゃんはその姿には目もくれず、でも何だか嬉しそうに裏の喫煙所にタバコを吸いに行ったのだった。
おいちゃんになってもできる、とか言って全然やってないじゃん!心の中でツッコむ。
でも、息を切らしながらも生き生きとしている。
おじちゃんのその姿は、僕にはそう映っていた。
かつての記憶を引っ張り出しながら、ベンチにいた僕より若いチームメイトに「守備やんない?」と聞いてみると、「こうめい、君はまだできるよ。はい、いってらっしゃい!」と諭すように言われた。はい、いってきます。記憶の中にいたおじちゃんは当時50歳くらいだったように思う。34歳くらいじゃ、まだまだ楽はさせてもらえない。
いい歳のとり方について最近よく考える。いくつかの要素があるとは思うが、記憶の中のおじちゃんのような「生き生きとしている」というのは結構いいのかもしれない。なぜなら、生き生きとしている人は見ていて気持ちがいいからだ。
いま周りにいる人たちの目に、自分はどう見えているだろうか。しんどそう、楽しくなさそう、不満そう。そういうふうに映っていないだろうか。振り返る。疲れを口にしてしまう日もあるなぁと思う。ちょっと反省してみる。
生き生きと生きる。
そんな自分をまずはイメージしていこう。そう静かに決意する。
ところで、「生き生きと生きる」ためにはどうすればいいのか。実はこれについてはもう、一つの正解が分かっている。とてもシンプルで、それは「好きなことを思う存分やる」というものだ。好きなことに傾倒しているとき、人はその生気を輝かしいほどにほとばしらせる。
筋肉痛になった全身を引きずりながら生活をする。もう次の試合は行けんぞこりゃ、と放り出してしまいたくもなる。
でも、好きだからもう少し続けよう。動かせるうちに、動かせるだけ。まだまだ、そしてこれから、生き生きと生きるのだ。
