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創作大賞応募作【わさび家のラスボス💣】  一歳年上の義母事件簿

第一章  私の義母は一歳年上

 私には、一歳上の姑がいる。 しかも今も同居している。
仲が良いのか悪いのかと聞かれると、正直よくわからない。
でも、これだけは言える。
私の人生で、これほど不思議な関係は他にない。

彼女との出会いは、私がその家に嫁いで5年ほど経った頃だった。
夫の母が癌で亡くなった。
まだ若かった。
家族みんなが深い悲しみの中にいた。
そして、その半年後のこと、義父に連れられて、彼女が現れた。
今の義母である。
当時、義父は別の場所に住んでいた。
私たち夫婦は、すでに祖父母のいる夫の実家で暮らしていた。
その日、義父たちは家を建てる相談に来ていたのだ。
玄関のチャイムが鳴る。
「こんにちは。」 明るい声が聞こえた。
私は台所から顔を出し、 「はーい。」 と返事をした。
玄関先に立っていたのは、見知らぬ女性だった。
にこやかな笑顔。
どこか華やかな雰囲気。
そして、驚くほど若かった。
その時の私は、まだ知らなかった。
この人が、のちに私の姑になることを。
しかも
―― 私より、たった一歳年上の。
人生は時々、小説より奇なりだ。
その日を境に、義母はちょくちょく家に顔を出すようになった。
あの頃の私は、まさかこの人と二十年以上、一つ屋根の下で暮らすことになるなんて、夢にも思っていなかった。
そして、その日から我が家の"事件簿"が始まったのである。

第二章  義母の取扱説明書

義母と暮らし始めて、私はすぐに気づいた。この人には、普通の常識が通じない。
我が家の秩序は、ほぼ義母の機嫌によって決まる。
機嫌がいい日は平和。
しかし、不機嫌な日は、お風呂に入ることすら怒られる。
それに、機嫌がいい日と、悪い日は、足音すら違う。
廊下を歩く音だけで、「今日は危険だ」と分かる日もあった。
扉の開閉もそうだ。
機嫌がいい日は、音をたてないように静かに閉める。
だが、不機嫌だと、扉が外れるくらい、家が揺れるほどの力で閉めるのだ。
冗談ではない。
本当である。
だから私に課せられた最大の任務は、「今日の義母はご機嫌なのか。」
それを瞬時に見抜くことだった。
さらに難しいのは、その後だ。
話しかけられたら、義母にとっての正解を導き出しながら会話をしなければならない。
選択肢を間違えると、突然ゲームオーバーになる。
このゲーム、難易度は最高レベルである。
私にとっては長年の試練だった。
……と、過去形で書いてしまったが、もちろん現在進行形である。
そして、この頃の私は、まさかこの生活がいつか笑い話になるなんて思ってもいなかった。

第三章  料理をすると事件が起きる

焦げ鍋事件

私は鍋が大好き。 
大きい鍋。 
中くらいの鍋。 
底が浅い鍋。
土鍋。
用途に合わせて使い分けるのが好きなので、気づけば種類も増えていました。
そして何より、鍋はいつもピカピカ。
特に白い鍋は、おでんでもシチューでも、何を煮ても映えるんです。
ピカピカの鍋で料理をしていると、それだけで少し幸せな気分になります。 そんなある日。
珍しく義母が台所で料理をしていました。
「おっ!」 私は心の中で思いました。
「やっと料理に目覚めてくれたのかな。」 少し嬉しくなったんです。
義母が使い終わるのを待ち、私も夕飯の下ごしらえをしようと台所へ向かいました。
キャビネットを開けて、いつもの白い鍋を取り出そうとした、その瞬間。  ……私は固まりました。
頭の中が真っ白です。
そこにあったのは、 私の知っている白い鍋ではありませんでした。
見るも無残な、 真っ黒に焦げた鍋。
「えっ……。」 思わず声が漏れました。
どうしたら、ここまで焦げるのでしょう。
一生懸命考えました。
考えて。
考えて。
ない頭をフル回転させました。 
でも、答えは出ません。
というより、 ここまで焦がす方法のほうが難しい気がする。
それでも現実は残酷です。
私の目の前には、 見事なまでに真っ黒になった鍋が、静かにたたずんでいました。
……もちろん、この事件だけでは終わらない。
我が家の台所には、まだまだ伝説が残っている。

水浸しグリル事件

我が家の台所では、料理をするたびに何かが起こるのです。
中でも、私を何年も悩ませ続けたのが「魚焼きグリル事件」でした。
義母はお魚を焼いた後、グリルを洗わないんです。
焼き終わったグリルは、そのまま放置。
だから私が使う時は、まず義母が使った後のグリルを洗うところから始まります。
そして使い終わったら、私はちゃんと洗っておく。
つまり、 義母はいつも綺麗なグリルを使える。
私は毎回、義母の後始末から始まる。
なんだか納得がいかない。
そんなある日、義母は私にこう言いました。
「わさびちゃん、グリルなんて毎回洗わなくても大丈夫だよ〜。私は毎回洗わないよ〜」
そりゃそうだ。
あなたは洗ってない。
洗っているのは私だ。
もちろん、そんなことは言えない。
大人だから。
そんなある日。
私は100均で便利そうな物を見つけた。
グリルに敷く石のようなものだ。
これを使えば遠赤外線効果で魚が香ばしく焼ける。
しかも、水を入れなくていい。
つまり、 私が魚を焼いた後に洗えば済むので、使う前に義母の後始末をしなくてよくなる。  
私は早速グリルに石を敷き、義母に説明した。
「ママ、この石を敷いたから、もう水は入れなくていいよ」
そして念を押した。
「でも、水を入れると意味がなくなっちゃうから、絶対に入れないでね」
すると義母は珍しく素直だった。
「わかった〜。水入れなくていいんだ。楽でいいね〜」
そう言ってニコニコしていた。
私はその時、嬉しかった。
やっと分かってくれた。
これで平和になる。
そう信じていた。
数日後。
私は魚を焼こうとグリルを開けた。
そして固まった。
グリルの中が、 タプタプだった。
水浸し。
いや、水浸しどころではない。
普段入れる量より多いのではないかと思うほど、水がなみなみと入っていた。
その状態で魚を焼いたらしい。
石はギトギト。
完全に使い物にならなくなっていた。
やられた。
そういうことだったのか。
だからあんなに聞き分けが良かったのか。
だからあんなにニコニコしていたのか。
義母の中では最初から答えが決まっていたのだ。
「水を入れるな」という私の説明は、 義母の中で 「後でたくさん入れよう」 に変換されていたのである。
私は浅はかだった。
信じるんじゃなかった。
すると、その時だった。
特に用事もないはずの義母が、なぜか台所に現れた。
そして私の顔を見るなり言った。
「わさびちゃん、どうしたの〜?」 「なんか顔暗いけど? 大丈夫?w」
満面の笑みだった。
少なくとも、心配している人の顔ではなかった。  
あの満面の笑みを見た瞬間。
私には一瞬だけ、義母の頭に小さな角が生えているように見えた。 
……きっと気のせいです。 たぶん。
 

「揚げるだけ」事件

そんな義母ですが、不思議なことに「食べること」は誰よりも好き。
食べることだけには全力。
作ることに関しては、極度の面倒くさがり。
故に作らない。
義母には子どもがいるのだが、子育て中も料理はあまりせず、お惣菜が食卓に並ぶことが多かったらしい。
一方の私は、作るのも食べるのも大好き。
食べたいものがあると、 「買う」 より先に、 「作れるかな?」 を考えるタイプである。
そんな私だったので、昔、親戚が集まる時の食事担当は大体、私だった。
今から十年ほど前のお盆のこと。
親戚が集まり、家の中は大賑わいだった。
そんな中、一人の叔父さんが小ぶりな白身魚を持ってきてくれた。
「これ、お土産」 「ありがとうございます」
ありがたく受け取ったものの、私は少し困った。
人数に対して魚の数が少ない。
夕飯に出せば間違いなく取り合いになる。
私は義母に相談した。
「これ、夕飯に出すには少ないよね。どうする?」 すると義母は即答した。 「え?どうするって、わさびちゃんが考えなよ。私は知らないよ」 丸投げである。
見事なまでの丸投げである。
ここまで綺麗な丸投げは、むしろ芸術だった。
私は一人で考えた。
このまま置いておくのはもったいない。
せっかく新鮮な魚だ。
何かに加工した方がいい。
すると近くにいた子どもたちが寄ってきた。 「それ食べたい!」 「ねぇ、それで何か作って!」 叔父さんも、 「それがいいんじゃないか?」 と賛成してくれた。
そこで私は魚の唐揚げを作ることにした。
白身魚なら唐揚げにぴったりだ。
じっくり揚げれば骨まで食べられる。
子どもたちも喜ぶ。
完璧な作戦である。
そうして私は台所へ向かった。
鱗を取り。
内臓を出し。
魚を洗い。
下味をつけ。
子どもたちの質問に答え。
「これは何?」 「内臓だよ」 「うわー!」 などと盛り上がりながら作業を進める。
当然、時間はかかる。
そんな時だった。
義母が突然台所へやってきた。
「まだ出来ないの?」
「なんだってそんな時間かかってるの?」
いや。
かかる。
魚一匹一匹を処理しているのだから、かかる。
しかも私は子どもたち相手に食育までやっている。
その頃義母はというと、 親戚とおしゃべりを楽しんでいた。
それなのに急に進捗確認に来たのである。
私は大人なので、 「もう少しで出来るから」 と穏やかに答えた。
するとその時、 義母の子どもが言った。
「ママも今度作って!」 義母が固まった。
さらに追撃が入る。
「ママの唐揚げ食べたい!」 「ねぇ作って!」 「お願い!」 子どもたちの純粋な期待は、ときに凶器になる。
冒頭でも言ったが、義母は料理が得意ではない。 もちろん魚をさばくこともできない。
しかし、 子どもたちの前で、 「ママ作れない」 とは言えない。
追い詰められた義母は、なぜか私の方を向いた。
そして言った。
「そんなの簡単だよね!」 ん?
「揚げるだけだもんね!」 んん?
「誰だって出来るよね!」 おや?
そして最後に。
「ねっ!わさびちゃん!簡単でしょ!!」 なぜか私にキレ始めたのである。 いや。
さっきまで一時間近く魚と格闘していたのを見ていたよね?
鱗も取ったよね?
内臓も出したよね?
下味も付けたよね?
子どもたちと一緒に作っていたよね?
それを全部見た上で、 「揚げるだけ」 という結論に至ったらしい。
私は返事に困った。
簡単と言えば義母が作ることになる。
簡単じゃないと言えば義母の面子が潰れる。
人生には正解のない問題がある。
あの日の私は、それを魚の唐揚げから学んだのである。
 

第四章  義母は、私を研究している

当時の私は、自家菜園や田んぼの作業をしていた。
毎日外で働いていたので、日焼けして真っ黒。
そんな私を見て、義母はよく笑いながら言った。
「わさびちゃんって、肌の色黒いんだね〜。ふふふ。」
悪気があるのか、ないのか。
その頃の私には、まだわからなかった。
でも今思えば、あの頃からだった気がする。
義母が、私という人間を少しずつ研究し始めたのは。
例えば、私が紫色の服を着ていると、
「やだぁ、わさびちゃん。紫着る人はすけべなんだよ〜。ふふふ。」と言う。
またある日は、ダウンベストを着ている私を見て
「それ着る意味ある?」と笑う。
今なら、「寒いからです。」と即答できる。
でも当時の私は、とても素直だった。
「そっかぁ。」と、なぜか納得してしまっていたのである。
ところが、不思議なことが起きる。
私が紫色を着なくなると、今度は義母が紫色を着ている。
ダウンベストも同じだった。
私が着なくなると、義母が嬉しそうに着ている。
そのたびに、
「ん?」
「あれ?」という小さな疑問が頭の中に浮かぶ。
そんな「ん?」が積み重なっていた、ある日のことだった。
突然、義母が真剣な顔で聞いてきた。
「ねぇ、わさびちゃん。いつもいい香りがするけど、なんで?」
「え? そう? 自分じゃ全然わからないけど……。」
自分の匂いというのは、意外と気付かないものだ。
すると義母の捜査が始まった。
「シャンプー?」
「香水?」
「化粧品?」
まるで刑事の事情聴取である。
でも、私には心当たりがなかった。
今では柔軟剤で香りを楽しむのは当たり前だが、当時はまだ今ほど一般的ではない。
私は昔から香りが好きで、結婚前から自分の洗濯は自分でしていた。
柔軟剤も、香りで選ぶのが当たり前。
でも、それが日常になりすぎていて、自分ではまったく意識していなかったのだ。
数日後。
ついに義母は犯人を見つけた。
洗濯場で柔軟剤を発見すると、満面の笑みで駆け寄ってきた。
「見つけたよ! これだよね!」
その顔は、まるで難事件を解決した名探偵。
私は思わず笑ってしまった。
「だって、それしかないじゃん……。」
その時の義母の得意げな表情は、今でも忘れられない。
そして数日後――。
義母から、私とまったく同じ香りが漂ってきた。
……やっぱり研究されていたらしい。

第五章 それでも私は、この人を書き続ける。

先日、私の記事にこんなコメントをいただいた。
「まるでドラマを見ているようで、投稿が楽しみでしかたがありません。」その瞬間、私は思わずニヤニヤしてしまった。
「やった。」
心の中では、小さくガッツポーズ。
でも同時に、不思議な気持ちにもなった。
まさか自分の記事が、「ドラマみたい」と言われる日が来るなんて思ってもいなかったからだ。
私にとって、義母との毎日はドラマではなかった。
暴言を吐かれ。
怒鳴られ。
理不尽に責められ。
騙されたこともあった。
それが、私の日常だった。
たくさん泣いた。
「もう消えてしまいたい。」そう思った日もある。
人として扱われていないように感じる毎日は、本当に苦しかった。
あの頃の私は、まさかその出来事を笑いながら文章にできる日が来るなんて、想像もしていなかった。
でも今は違う。
noteという場所に出会い、たくさんの方が私の記事を読んでくださるようになった。
「わさびさんは、本当に心が広い人。そしてスルー力も高い。」
そんな言葉をいただいた。
「まるでドラマを見ているようで、次の投稿が楽しみです。」
そんな温かいコメントもいただいた。
一つひとつの「スキ」が、今の私を支えてくれている。
昔は涙しか出なかった出来事が、今では誰かを笑顔にしている。
そう思うと、とても不思議な気持ちになる。
だから私は、今なら心から言える。
あの頃流した涙は、無駄じゃなかった。
あの日々があったから、今こうして笑いながら書ける。
そして、その文章を読んで笑ってくださる人がいる。
それだけで、あの頃の私が少し報われた気がする。
義母との物語は、たぶんこれからも終わらない。
きっと明日も、何かしら事件は起きるだろう。
そのたびに私はため息をついて、時には笑って、
そしてまた、パソコンに向かう。
あの日は涙しか流せなかった出来事が、今では誰かの笑顔につながっている。

だから私は今日も書き続ける。
一歳年上の義母との、笑って泣ける毎日を。
きっと明日も、何かが起きる。


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わさびの縁側日記|子育て心理学・アドバイザー@心が軽くなる発信 読んでくださって、ありがとうございます😊 「また読みたい」と思っていただけたら、チップで応援してもらえるとうれしいです☕️ いただいた応援を励みに、これからも楽しく書いていきます!