独身男性の生きる意味は何?(知恵袋)
今回は知恵袋から独身男性の悩みに解答していきます。私がそうなのですが、心身が疲れたり忙しすぎると「何のために生きているのだろう?」と定期的に発作がおこるんですよね・・・・(既婚者だろうが陽キャ若者だろうが孤独を抱えているのは存じ上げております)
Q結婚していない、子どももいない一人暮らしの独身男性の生きる意味はあるとすれば何がありますか?
A※ベストアンサー50後半女性
せっかく生まれた命です。死ぬときの自分の満足度が高いのが「いい生」だと思います。自分のしたいこと、趣味などに打ち込むのがいいと思います。
「生きててよかった」と思う体験をしたらいいと思います。
私は50代後半女性で、バツ1子なし。無職で鬱病のひとり暮らし。障害年金と預貯金の取り崩しで生活しています。
私は、「死ぬときによかったと思うことを増やすように生きています。」したいことをできるように、ちょっとずつ練習しています。少しずつできることが増えたり、年を重ねたので逆にできないことが増えたりしています。「今日一日を生きる」これを繰り返すだけです。
以上です。
私より達観されている人がいましたね。他、十数件の回答がありましたが、一昔前なら人格否定してこき下ろすような返答が多かったのに、
・人それぞれでしょ?
・いずれ独身は多数派になる
・自分を生きたらそれでいい
・納税と◯俗
など、フラットな回答が多かったです。時代ですか。
私の考え
回答者様はまだ猶予がある方なのでしょうか?何故なら、前回40代独身女性の記事の時に申し上げましたが、45歳から先は様々な可能性がほぼ断ち切られる環境に突入します。
正社員となる可能性。結婚する可能性。そういったものに「区切り」がついて、生きる意味より回答者様のように、「残りの人生で何をしたいのか?」「死ぬ時どう在りたいか?」という方に意識が向くからです。いや、最近の世相を見る限り、そう考えられる方はかなりちゃんとした人です。
天理教的独身者の生きる意味
天理教的には、人間が創造されたのは、人々がお互いに立てあって助け合う。陽気暮らしをするため。創造した神もその様子を見て共に楽しむ。神人和楽という教えですが、その陽気暮らしの最小単位が「夫婦」と言われています。
しかしこの夫婦というのは例えであって限定されていないようです。よくわかんないので割愛しますが、独身でも助け合って共に生きる。回答者様のように「死ぬときによかったと思うことを増やすように生きる」のであれば、自分のためだけに取り組むよりも、ついでに誰かが喜んでくれた方が何倍も充実すると思います。なんだかんだで、たすけあいの人生の方が心を豊かにします。
そう考えると、天理教的独身者の生きる意味は、「たすけあいの中で自分なりの生きる意味に気づく」でしょうか。
おまけ・・・・
ただ現状で天理教の組織内は、中年独身者の居場所は少ないと感じています。災害救助隊・ひのきしんスクール・会活動など、「たすけあいの中」に私も散々参加してきましたが、その中でも中年独身者の肩身の狭さは実感しております。(悪意ではないのはわかります。でも・・)
当事者達が声をあげることもないですね。家庭ありきの教内の活動にはまず出てこないし、そもそも皆で集まることを求めていない。仮に声上げればどんな反応が返ってくるかは、世間でも教内でも体験済ですから。
しかし独身者が増え続ければ、すべての活動に影響を与えるので、今まで通りの家庭円満の図を提唱するわけにもいかず、今後は大きなテーマになるでしょう。
ということで私は後の変化のために、情報発信者として色々な角度で広めておこうと思っています。独身ネタだけでなく、「自分なりの生き方」を発信していって、読んだ人それぞれが、自身の生き方を考える一助になれたらいいなと思います。と妄想するのが私の生きがいです。
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