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「はい」と言えた日|自閉症の子どもに起きていること

4月2日は、自閉症啓発デーです。

自閉症という言葉は、多くの方が知っている言葉になりました。
けれど、自閉症の子どもたちが、学校や生活の中で実際にどんなことで困っているのかは、まだあまり知られていないように感じます。

今日は、以前書いた「「はい」と言えた日に。」というエッセイのエピソードをもとに、自閉症の子どもに起きていることについて書きたいと思います。


エッセイの中に、「あいっ!」という言葉が出てきます。
本当は「はい」と言わせたい。
でも、初めて自分の声を出しただけで十分だった、という場面です。

多くの人にとって、「返事をする」というのは、とても当たり前のことです。
名前を呼ばれたら、「はい」と言う。
学校では、朝の会で毎日のように行われていることです。

でも、この「はい」という一言は、実はとてもたくさんのことを同時に行って出てくる言葉です。

名前を呼ばれたことに気づくこと。
呼ばれているのが自分だと分かること。
今、返事をする場面だと判断すること。
声を出すタイミングを合わせること。
「はい」と声に出すこと。

ほんの数秒の間に、これだけのことをしています。

自閉症は、知的障害を伴う場合もあれば、伴わない場合もあります。
そして、どちらの場合でも、学校生活の中で「できない」ように見える場面が起こることがあります。

知的障害を伴う場合には、言葉の理解そのものに時間がかかったり、指示の意味を整理することが難しかったり、一度に処理できる量に限りがあったりします。
そのため、「何を求められているのか」を理解し、行動につなげるまでに、より丁寧で具体的な支援が必要になることがあります。

一方で、知的障害を伴わない場合でも、困難がなくなるわけではありません。
言葉の意味は分かっていても、周りの流れに合わせることが難しいことがあります。
返事をするタイミングがつかみにくいこともあります。
聞きながら動く、周囲の様子を見ながら反応する、暗黙のルールを理解する、といったことに負荷がかかる子もいます。

つまり、知的障害があるかどうかにかかわらず、
「分かっていないからできない」とは限らず、
「分かっていても、その場でうまく動けない」ことがあるのです。

ここは、周囲から誤解されやすいところでもあります。

話せるから大丈夫。
勉強ができるから困っていない。
言葉を理解しているなら、やればできるはず。

そう思われやすいのですが、実際にはそう単純ではありません。

自閉症のある子どもたちの中には、
理解はしていても、行動に移すまでに時間がかかる子がいます。
何をすればよいかは分かっていても、その場の情報が多すぎて反応しきれない子がいます。
できる時とできない時の差が大きく、周囲からは「できるのにやらない」と見えてしまう子もいます。

だからこそ、子どもの行動だけを見て判断するのではなく、
その子にとって、その場で何が難しかったのかを見ることが大切です。

返事をしなかった子ではなく、
返事をするまでに、いくつものハードルがあった子なのかもしれません。

エッセイの中に、こんな言葉があります。

「この子はできない子じゃない。
 させてもらえていない子だと思った。」

支援をしていると、同じように感じる場面が何度もあります。

できないのではなく、やり方が合っていない。
分からないのではなく、伝え方が合っていない。
やらないのではなく、できる形になっていない。

子どもが困っているとき、
子どもに原因があると考えるのか、
環境や関わり方に理由があると考えるのかで、
支援の方向は大きく変わります。


卒業式の日、名前を呼ばれた彼は、はっきりと「はい」と言いました。

その「はい」は、突然できるようになったわけではありません。
毎日の小さな積み重ねの先にあった「はい」だったのだと思います。

子どもの成長は、毎日見ていると分かりにくいことがあります。
でも、振り返ったときに、確かに育っていたことに気づくことがあります。


4月2日は、自閉症啓発デー。

自閉症を「知る」ことで、見え方が少し変わるかもしれません。
見え方が変わると、関わり方が変わるかもしれません。
関わり方が変わると、子どもが過ごしやすくなることがあります。

困らせている子に見える子の中に、困っている子がいます。
できない子に見える子の中に、やり方が合っていないだけの子がいます。

もし身近に「できない」と言われている子がいたら、
「どうしてできないんだろう」ではなく、
「何が難しいんだろう」と考えてもらえたらと思います。

そこから、支援は始まります。

子どもを見るのではなく、子どもと環境の間で何が起きているのかを見ること。
それが、支援の出発点だと私は思っています。


「はいと言えた日に」のエッセイ全文は、なつき希のnoteに掲載しています。
この記事は、そのエッセイのエピソードをもとに、自閉症の子どもに起きていることと、支援の視点について書いたものです。
エッセイ全文を読みたい方は、こちらからお読みいただけます。


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