疲れる前提で生きてませんか
それは、名古屋へ向かう電車の中での、夫の一言がきっかけだった。
「3日間イベント続きだから、疲れているだろうし土曜日はお休みの日にするんだ」
「ふーん」と聞いていた夫は何気ない様子でつぶやいた。
「土曜日、疲れる前提なんだね」
え?
顔の筋肉が一瞬止まる。夫の顔をじっと見上げた。
「疲れるかどうかって、その時にならないと分からなくない?」
夫はあっけらかんとした表情で続ける。当たり前のことを言うように。
でもわたしにとって、それは全く当たり前ではなかった。いままで考えたこともない発想だった。忙しい日が続けば、疲れるのは当然。だから事前に休息日を設ける。それがわたしのなかでは当たり前のことだったのに。いや、でも、うん。
「確かに、そうかも...」
ふと思い出したことがある。
数年前、わたしは会社に行けなくなった。
朝起きて、いつものように支度をして、駅に向かう。だけど、ホームで足が動かず、どうしても電車に乗ることができなかった。毎朝乗っている電車のドアが閉まるのを目の前で見送り、ベンチに座る。何本も何本も電車を見送る。
「具合が悪いので病院に行ってから向かいます」
そう会社に連絡して、初めて心療内科を受診した。診断は自律神経失調症と不安障害だった。普段から「~したらどうしよう」と考えすぎてしまい、予期不安が強く出ていたのだ。
具合が悪くなったらどうしよう。ここで倒れてしまったらどうしよう。みんなに迷惑をかけてしまったらどうしよう。
まだ起こっていないことに対して、過度に心配してしまう心理状態。それがわたしの日常だった。結局その時は休職し、そのまま退職することになった。
気持ちが沈み「何もやる気が出ない」「何もできない」とメソメソしていた時、妹が「何もしたくない時は、何もしない、を選択するんだよ」と声をかけてくれた。この言葉を思い出すたび、「〜しなくちゃ」の呪縛から解放されるような気がする。
夫も、妹と似ている。
わたしが「こんな日に限って体調が悪くなったらどうしよう」「会社には保健室がないから、具合が悪くなっても休む場所がない」と不安になってしまうのに対して、夫は「そのとき考えればいいよ」「いま考えても仕方がないよ」と言う。
最初はあまり理解することができなかった。でも一緒にいるうちに、わたし自身も少しずつ変わっていったのだ。ひとりでいる時よりも夫といる時の方が自由になれる。「こうしなくちゃ」「やらなくちゃ」の呪縛から少しずつ解き放ってくれる。
そして今回も、夫の何気ない一言が同じような気づきをくれた。
思い返してみると、子どもの頃からよく言われていた言葉がある。
「そんなにたくさん予定を入れたら疲れちゃうよ」
「~~したんだから疲れるに決まっているよ」
「ちゃんと休まないとダメだよ、体調崩すよ」
優しさから出た言葉だったのだろう。でも、その言葉に、知らず知らずのうちに縛られていたのかもしれない。
いつの間にか、はじめから疲れることを想定してスケジュールを組むようになっていた。そして「今日はもう疲れている日」だと、勝手に思い込んでいたのだ。
でも夫は違う。今回も、わたしが当たり前だと思っていた「疲れる前提」を、さらりと疑問に思ってくれた。
夫の言葉を聞き、わたしは自分の行動パターンを振り返ってみた。すると驚くほど多くの場面で、同じことをしていることに気がついた。
「今日は人と会うから、帰ったら疲れているはず」
「新しい場所に行くのは緊張するし、次の日は何も予定を入れない方がいい」
全て、実際に疲れる前から決めつけていたのだ。
それだけではない。「いつかやってみたいこと」も、疲れることを理由に先延ばしにしていた。海外に行ってみたいと思いながらも、
「乗り物酔いしたらどうしよう」
「体力が無くて迷惑をかけたらどうしよう」
「時差ボケがひどくて旅行どころじゃなかったらどうしよう」
と考えて、結局「またいつか」と先送りしてしまう。
失敗を恐れるあまり、疲れる前提で物事を考えることで、自分を守ろうとしていたのかもしれない。
これはプラシーボ効果の逆パターンだ。
プラシーボ効果は「効果があると信じることで実際に効果が現れる現象」だが、その逆で「疲れるはず」と思い込むことで、実際に疲れやすくなっている可能性がある。
わたしはこれを「思い込み疲れ」と呼ぶことにした。
もちろん、自分の体力を過信したくはない。無理に予定を詰め込みすぎず、体調管理をしっかりしたいという気持ちにも変わりはない。でも、思い込みで自分を疲れやすくすることからは卒業できそうだ。
それからというもの、わたしは意識的に「疲れる前提」を手放すようにしている。忙しい日でも「まあ、やってみよう」と思うようにする。そして不思議なことに、実際にそれほど疲れを感じない日が増えてきた。
何気ない夫の一言が、わたしの長年の思考パターンを気づかせてくれた。
まだ起こっていないことを先回りして心配したり、「きっと疲れるはず」と決めつけたりすること。失敗を恐れるあまり、疲れる前提で自分にブレーキをかけてしまうこと。
それって、実は自分で自分の可能性を狭めているのかもしれない。
もちろん、体調管理は大切。でも思い込みで自分を制限することからは、きっと自由になれるはずだ。
「その時考えればいい」という選択肢があることを、わたしは夫に教えてもらった。
「自分も「思い込み疲れ」をしているかもしれない」
もしそう感じた方がいたのなら、わたしと一緒に少しずつ思い込みを手放すことから始めよう。
疲れる前提で生きるのをやめてみたら。
以前より行動の幅が広がり、意外と元気な自分に出会えるはずだ。
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