見出し画像

星へ|#片想い文芸部

星に、手をのばした。
これがきっと、最後になるから。

【地球にて──彼女の手記】

空は、もう青くない。
汚れた靄が都市の上を這いずり、雲は信じられない速さでかき消えてゆく。
いつからか四季もなくなった。花も鳥も、名前だけが残った。
この星の終わりを、私は知っていた。

けれど、あなたには何も知らせたくなかった。
ただ、今もどこかで笑っていてほしかった。
宇宙ステーションから、見下ろす地球は、まだ美しいのでしょう?

私は、一般市民。選ばれた人間じゃない。
だから、この町に設けられた地下シェルターで、終末を待つ。
避難扉が閉じるまで、あと五日。
それをすぎれば、もう地上には戻れない。

端末に浮かぶ、あなたの名。
タイムラグを抱えて届いた、短いテキスト。
その中に、いつも「帰るよ」の文字があった。
──やめて。そんなふうに、優しくしないで。

あなたが戻るのは、三年後の予定。
その頃には私はもう、ここにはいない。

だから私は、三年分の通信をいま作っている。
短い便りを、ひと月に一度届くように設定して。

手紙のかわり。祈りのようなもの。
鵲が年に一度、天の川に橋をかけるように、
この文字たちが、あなたの空に届きますように。

あなたは、友人だった。
ずっと、ただの友達だった。
けれど、心はとうにそれを越えていた。
伝えたところで、何も変わらない。変えてもいけない。

だから私は、この星と一緒に静かに消えていく。
あなたのことが、なにより大切だから。

──さようなら。
私は、ここにいたということだけ、どうか忘れないで。

【宇宙にて──彼の記録】

操縦室だけが、ぼんやりと明るい。
外は漆黒、内も無音。
ここがいま、宇宙のどのあたりなのかさえ、誰も答えられない。

このステーションはもう長くない。
植物栽培機構は全滅。
水と酸素の再生装置だけが、奇跡のように稼働している。
だが、食糧はもう足りない。

三年後に地球に帰るはずだった。
だが燃料の試算を誤った。
なんとか帰還を試みたものの、ほんの少し、届かない。
地球は近い。だが、この“わずか”が決定的だった。

仲間たちの心が、少しずつ壊れていく。
空気があるのに、息が苦しい。
誰かのすすり泣きが、金属の壁に滲んで消える。

そんな夜、ふと端末に、彼女からのテキストが届いた。

「今、星がきれいです」
「あなたが無事でありますように」
「また会えると信じています」

まるで、星が降ってくるみたいだった。
淡々と、しかし優しく、故郷からの言葉が、僕を包んでいった。

帰ったら伝えよう、ずっとそう思っていた。
こんな無機質なテキストではなく、目を見て、声で言うつもりだった。

──君が、僕の帰る場所だと。

けれど、それも叶わない。
誰にも知らせず、僕は消える。宇宙の闇が隠してくれる。
それでいい。屈託のない笑顔こそ、彼女らしい。

だから僕は、返信を送り続ける。
三年分の、意味を持たない短文を。
ただ「今日の気温はマイナス2度」とか、「君に見せたい星があった」とか。
それでいい。彼女が、僕のことを悲しまないように。

もし、彼女が星になったなら──
僕も、その隣に落ちていけたら、それでいい。

君が、なにより大切だから。

【星の記憶】

シェルターの扉が閉じられ、地上に陽が射さなくなる。
ステーションの発電が尽き、最後の光が消える。

光のない空間で、ふたつの端末だけが、ぽつりと明滅する。
誰もいないのに、誰かに届けと、送り続ける。

そこには、短い文章だけが交差していた。

「おかえり」
「ただいま」

届かない、けれど、残りつづける。
ふたりの「星へ」。


#片想い文芸部 「星 or 月」のテーマによせて
本企画二度目の参加です。
思いを遂げない片思いが美しすぎて、なかなか両想いにさせてあげられないのが目下の懸念事項です。次は両想いエンドにするかなぁ。


いいなと思ったら応援しよう!

紺夜灯 楽しんでくださってありがとうございます。紺夜灯にこんぺいとうをひと粒あげてもいいよ、と思われましたら、こちらからよろしくお願いします。あなたの感想が、あなたのひと粒が、私の大きな糧になります。