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落とし物|#片想い文芸部

「落とし物ですよ」

唐突に声をかけられて、私ははっとした。
振り向くと、背の低い老年のご婦人が、白いレースのハンカチを持って佇んでいた。
年のころは80を過ぎたくらいだろうか。美しい白髪をふんわりとまとめた、柔和な印象ながらもしゃんとした人だった。

「ああ、ありがとうございます」

私はハンカチを受け取ると、ズボンのポケットにそれをおさめた。
ご婦人は私がこれを落としたところを見たのだろうか。
見るからに女もののこのハンカチをよく私のものだとわかったな、と些か訝しげな眼をしてしまっていたかもしれない。ご婦人はそんな私ににっこりとしながら続けた。

「どなたか、大切な方のものなんですの?」

「ええ、私の思い人のものでして。その方からの借りものなんです」

「まあ、恋してらっしゃいますのね」

上品にころころと笑うご婦人の雰囲気につられて、つい話を続けてしまう。

「えっちゃんは、私の幼馴染で、今日東京の学校からこちらに戻ってくるんです。ようやっと、会えるんです」

私は再びポケットからハンカチを取り出す。
何度表面をなぞったか知れない。繊細なレースのひとつひとつを指先が覚えるほどに、恋焦がれてやまないのだ。

「このハンカチを返して、思いを伝えるつもりでいます」

「お相手の方はお幸せね」

ご婦人は目を細め、自分のことのように感じ入っているように見えた。
チャーミングな方だ。

「それでは、私は駅に急ぎますので、これで」

あら、と高い声を上げると、ご婦人は私の隣に立ち私を見上げた。

「私も駅までまいりますの。駅へはこの道がよろしいでしょう」

なんと。とんだ連れ合いができてしまった。
一刻も早く駅まで走って、えっちゃんに会いたいのに。
でもまあ、息を切らしてぜえぜえいうよりましというものだろう。

えっちゃんは変わってしまっただろうか。
便りは何度も交わしたけれど、東京にいい男はたくさんいたことだろう。
艶やかな黒髪のままだろうか。それとも都会に染まってしまったろうか。
どんな姿であろうとも、彼女は彼女のままだろう。
昔から、今も変わらずずっと、えっちゃんだけが私の太陽だった。

遠くから呼びかける声がする。

「山田さーん!おかえりなさーい!」

水色のエプロンを付けた女性が駆け寄ってくる。
山田とはご婦人のことだろうか。

「ご婦人のお知り合いですか、それでは、私はこれで」

「いえいえ、あなたもこちらですのよ」

ご婦人が私の腕をそっと取る。
エプロンの女性もなぜか横で私を支えている。

「江津子さん、いつもお迎えありがとうございます。山田さん、いつもの、駅ですよね。駅はこっちですよ」

ああ。そうですか。
私は女性とご婦人に促されるまま、目の前の建物へと入っていった。

「あなたは私のことを落としてしまったけれど、大切なものはちゃんと持ってくれていますのよね」

江津子は彼の小さな背中に手をあてた。
ずっと私に片思いしてきたあなただもの。今度は、私が片思いする番ね。


#片想い文芸部 初めての参加です。
片思いをテーマにしての創作。とても面白い企画ですね。
空気感が伝わる文章を書いていきたいものです。

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