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春、あざとく、恋になる|#片想い文芸部

卒業式の終わった教室は、名残惜しさと春の匂いで満ちていた。
黒板には「ありがとう」のチョーク文字と、誰かが描いたにこちゃんマーク。ひときわ濃くなった西日の中で、埃がきらきらと舞っている。

下駄箱の前で、彼女は震える手に小さな紙袋を握っていた。
何度も持ち帰ろうとしたそれは、どこまでも不恰好で、どこまでも彼女らしい。

「……先輩」

呼びかける声は、小さく、小さく。風にさらわれそうだった。
けれど、その声に、彼はちゃんと気づいた。

教室の前で同級生たちと肩を組んで写真を撮っていたその人は、ふっと目を細めた。
その笑い方だけで、呼吸が詰まる。
誰にでも優しいくせに、どうしてその笑顔だけ、私に向けられるとこんなに苦しくなるんだろう。

「……どうした?」

肩を組んでいた友達に軽く何か言い、彼はあっさりと輪から抜けて歩いてきた。
まるで、最初からこっちに来るつもりだったみたいに、迷いもなく。

「その、あの……えっと」

言葉が、出てこない。
本当は、もっとちゃんとした言い方を考えていたはずなのに。何度も練習したのに。

「……これ」

おずおずと差し出す。紙袋のリボンは少し傾いていて、包みの角もぴしっとは決まっていない。
でも、中身のチョコレートは、彼のことを考えながら、時間をかけて作った。
誰から見ても明らか。遅れすぎたバレンタイン。

「まだ、二月ってことにして……受け取ってくださいっ!」

先輩は、すぐにクスっと笑った。
それはどこか、嬉しそうで、意地悪で、少し困ったようで。

「……半月押してるねぇ」

そう言いながら、紙袋を受け取り、その場で包みを開けた。
中から出てきたのは、少し大きめのハート型チョコ。上にはピンク色の小さなハートのトッピング。
ラッピングも飾りも、不器用だけど、一生懸命だった跡がまるわかりで。

「甘いの、苦手だったりしたら……無理しなくてもいいですから……」

今更になって怖くなってきて、彼女は下を向いた。
作ったことも、渡したことも、笑われたらどうしようって、そんなことばかりがぐるぐるする。

そのとき、ふわりと温かい感触が、彼女の手のひらを包んだ。

「そんな可愛いこと言われたら、応えないわけいかないでしょ?」

目を見上げると、すぐそこに彼の顔。
それも、ちょっとだけ悪い顔で笑っている。あの、人をドキドキさせるときの表情。

「はい、こっち向いてー」

ぽん、とスマホを構える音。ツーショットの自撮り。
シャッターの音が、春風に吸い込まれていった。

「……え、えっ……えぇ……?!」

パニック。思考停止。顔が真っ赤になる。
どうして?なんで今?って言いたいのに、何も言葉が出てこない。

「ホワイトデーのお返しは、これからってことで、いい?」

不敵な笑みはそのままに、彼は彼女の手を握ったまま離さなかった。

ああ、もう。ほんとに。
どうしてこの人は、こういう時だけ、こんなにもずるくて、甘いんだろう。

彼の手のぬくもりと、チョコレートの香り。
春の光が揺れる中、二人はそっと、心の中で呟いた。

――ほんとうに、あざとい。


#片想い文芸部 「あざとい」に寄せて。
梅雨はどこかへ行ってしまったようだし、喜ばしいことに天変地異も起こらずにすんだようだし、すっかり夏の空。
だというのに、溶けそうな話を書いてしまいました…
季節外れなバレンタインを思いついて、きっかけがほしくて卒業を絡めたらこんな形になりました。
バレンタイン、私もたくさん作ったっけな…部活の先輩後輩に配るように…甘酸っぱくもないバレンタインの思い出…笑

あざとさは、どちらか一方が持ってるものでも十分破壊力がありますが、恋する二人には、お互いがお互いにあざとい存在に見えることでしょうね。
彼女も彼も、同じくらいあざとい。そんな風景を描きたかったです。


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