非言語コミュニケーションにものすごく頭を使っているのではないか?と考える@六本木アートナイト
六本木アートナイトにて、ジャグリングと音楽のパフォーマンス集団“ながめくらしつ”のパフォーマンスを観た。

こんなかんじで集団ジャグリングをする。写真はひとりのシーンだけど、徐々に3人でものすごい数の玉をやりとりする。
すごいなーと思いつつ、このパフォーマンスではたまたま玉が見えているだけで普段の自分たちはこの程度に複雑な非言語コミュニケーションをしているのでは?しかも無意識に、と感じた。
上の文章でも、「感じた」と書くか「思った」と書くか。あるいは「おもった」にするか。
誰かからメッセージが来たときどのくらいの時間をあけて返事するか。
絵文字やスタンプで済ませるのか。
エレベーターを降りるとき先に譲るのか、じゃまにならないようにサッと出るべきなのか。
一緒に歩く人がふいに道を間違えたとき、とっさに腕を掴むのか袖を掴むのか。
別れがたいのに笑顔でまたねを言わなきゃいけないとき、まゆ毛にどの程度力を込めるのか。
意識していないけどけっこう高度なことしてないか?
そんな無意識の内心が可視化されたように感じた。
