『チンギス紀』への騎馬旅──モンゴルの風を感じながら読む北方謙三作品 ③
『チンギス紀』は、後にモンゴル族を統一して、チンギス・ハーン(大皇帝)となったテムジンが物語の幹となっている。
さて物語は、テムジンがモンゴル族の一部族キャト氏の地から逃げてきているシーンから始まる。
以下、ネタバレあり注意⚠️
物語の始まり
『チンギス紀①火眼〈かがん〉』の冒頭を引用する
大地が揺れていた。
丘も草も、木立や岩も、陽炎の中にあった。
目をこらすと、丘を越えてくる人影が、小さく見えた。人の姿も、揺れていた。
馬には乗っていない。岩陰にいるテムジンと馬が見えているのか、こちらへむかってきているようだ。
「気を抜くなサルヒ」
呟くようにテムジンは言った。馬の名は風〈サルヒ〉という。風のように速い。タイチウト氏の男たちに追われたが、逃げ切れたのはサルヒが速かったからだ。
「チンギス紀」ではテムジンは父イェスゲイの側室が産んだ義弟を殺害した嫌疑で、同じモンゴル族のタイチウト氏から追われ、逃亡している場面から始まる。
『チンギス紀』もまた、テムジンを“弟殺しの逃亡者”として描く。
だが、その罪名の奥には、もっと深く、もっと荒々しい草原の部族間の諍いの事情が潜んでいた。
年上の"義弟"
テムジンはキャト氏の長であるイェスゲイと正室ホエルンとの間に生まれた長男だった。
しかし、史実によれば、父には側室との間に生まれた男子ベクテルがいた。
ベクテルは、年齢はテムジンより上――正室の子であるテムジンにとって、その存在は微妙な影を落としていた。
小説と史実の「弟殺し」
物語「チンギス紀」の中では、ベクテルはテムジンより年下の異母弟とされ、漁での獲物をめぐる口論から、テムジンが弓で射殺した設定になっている。
だが、史実のほうでは、若干異なる。
史実に見る背景
父イェスゲイが毒殺され、残された一家は羊を飼う安定した生活から流浪の狩猟生活へと追い込まれた。
飢えは、血の絆すら断ち切ることになる。
食糧の独占
狩りで得た獲物を、ベクテルは自分の家族だけで食べてしまった。
飢えるテムジンと母ホエルンには、耐えがたい裏切りだった。家長の座をめぐる慣習
遊牧民社会では、父亡き後の家長は異母兄弟の年長者が継ぐのが常。
年長のベクテルが家長となれば、家族内のテムジンと母の地位は失われる。草原の掟
食糧や資源の分配は、生死を分ける重大事。掟を破れば血縁も守りにはならない。
(以上、AIがまとめた資料より)
血の矢
こうして、テムジンは年長の異母兄弟ベクテルを射殺することを計画し、漁での獲物の分配が原因の諍いに"見せかけて" 実行した。
現代の目には非情に映るだろう。
しかし、日本でも江戸時代に入るまでは、家督を巡る争いや暗殺は珍しいことではなかった。
父を失い、飢えに迫られ、母の未来を奪おうとする相手を前に、テムジンが選べる道はひとつしかなかった。
テムジンは、身内である兄弟を殺害した嫌疑をかけられ、モンゴル族のタイチウト氏の長から追手(実質的には暗殺者)をかけられ逃亡の身となったのだ。

タイチウト氏は、イェスゲイの死を機にキャト氏の勢力が失われたので、モンゴル族の中心になることを意図して、テムジンをも葬ろうと追手を送り出していた。
物語ではテムジンは、金国の大同府を目指すことになる。
つづく
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