子どもが欲しいかわからない。だけど不妊治療をする。
生理が来た。
実は、ここ1年ほど不妊治療をしている。
本来なら落ち込むべきなのだろう。でも、すごくほっとしてしまう自分がいる。
妊娠していたら嬉しい。でも、妊娠することが怖い。
子どもが欲しいのか、自分でもまだよくわからない。
この記事は、持病の都合で子どもが欲しいかわからないまま不妊治療をしている私の大体1年間の記録です。
ちなみに、2026年6月現在、全く妊娠する気配はない。
2025年4月 結婚して2年、そろそろ子どもがいるのも悪くないかもしれない
夫は穏やかで優しく、一緒に過ごしていて心地がいい。
旅行やイベントはもちろん、2人で過ごす日常生活も楽しい。
たまにケンカはするものの、ちゃんと話し合って乗り越えていける信頼感もある。
お互いの家族とも、そこまで頻繁に会うわけではないけれど、良い距離感で付き合えていると思う。
共働きで余裕もあるし、仕事も充実していて楽しい。
結婚から2年ほど経った2025年の4月頃、「子どもをどうするか」という話を切り出した。
こんな幸せな日々に子どもが加わるのも楽しいかもしれないと思ったからだ。
そろそろ32歳になる頃で、周りに子供が産まれた話もかなり多く、ちょっとした焦りもあったかもしれない。
幸い、夫もその考えに同意してくれて、子どもを考え始めるようになった。
婦人科系の持病
私には婦人科系の持病「多嚢胞性卵巣症候群(以下、PCOS)」があり、その病気がわかった10年ほど前に「今確認した卵巣の状態と生理が自然に来たことがほとんどないという話からして、自然に妊娠するのはかなり難しい。もし子どもが欲しくなったら、不妊治療が必要だろう。」と、医師から伝えられた。
そして、当時は結婚もしていなかったので、妊娠希望ではなく、持病の治療にはピルを使うことになった。
ピルを使って身体が良くなっているかはよくわからなかったが、中学生の頃からずっとあった顔中のニキビが消え去り、ホルモンバランスが整ったのだろう。というのはよくわかった。
元々生理はほとんど来なかったけれど、ピルがあると予定の調整もしやすく、10年間すごく快適に過ごしていた。
子どもが欲しいかわからない。だけど、不妊治療をしないと可能性は0
今の2人きりの生活がずっと続いていくのも悪くない。というか、このままが続くなら、かなり良い。幸せだと思う。
でも、子どもがいるもの楽しいかもね。というのが、私たち夫婦の考えだ。
積極的に子どものために妊活をしよう!というよりは、生活の中で避妊しないで性交渉をして、たまたま子どもを授かれたらいいかもね?くらいの感覚だ。
しかし、私の持病のせいで、たまたま子どもを授かりました!ということは起こり得ない。
まず、避妊効果があるピルを飲むのをやめなくてはいけない。
それだけではなく、PCOSのせいで自然に排卵がほとんど起きない。
どうにかして排卵を起こさないといけない。
つまり、不妊治療をしなくてはいけない。
いたら楽しいかもしれないけれど、子どもが欲しいかわからない。
だけど、不妊治療をしないと可能性は0だ。
自分たちのモチベーションよりもかなり積極的に活動をしなくてはいけない。
2025年5月 とりあえず病院を探す。
とりあえず、改めて自分たちの体の状態を知るために検査だけしてみようということになった。
まずは病院を探すために、家の最寄りや通勤の沿線、先人の情報を頼りにクリニックを検索する。
不妊治療のクリニックのホームページは、「何割が妊娠」「体外受精成功率が高い」等の文言が並ぶ。
多くの場合は、子どもが欲しいけれどできなかった人が、子どもが絶対に欲しいと頼る場所なのだから、当たり前だ。
でも、私達は子どもが欲しいかわからない。可能性を0にしたくないだけだ。
こんな気持ちなのに、不妊治療クリニックに行ってもいいのだろうか。
まずは検査を受けるだけだし、別に悪いことはしていないはずなのに、なんとなく後ろめたい。
通いやすそうな場所で、一番ホームページの表現がマイルドな病院に予約を入れた。検査の日程は7月の頭だ。
2025年6月 少しでも安心したくて、親と話す
検査を受けるのを決めてから、あらためて夫婦では子どもについて話し合った。
「子どもはすごく好き。」
「できたらすごく嬉しいとは思う。」
「でも、今のままでも幸せ。」
「妊娠と出産をするとしたら、体の変化やキャリアが不安」
「そもそも本当に生まれてきたとしてその子を幸せにできるのか不安。」
etc.
何を話しても、お互い「まあ、そうだよね〜」という感じだ。
少しでも不安を減らすために親にも相談することにした。
子どもを考えていて、とりあえず検査を受けることになった話と、もしも子どもができたら親を頼ることもあるかもしれないという話をした。
両親は、数年後定年退職したら、移住をしてもいいかもと話していたこともあり、自分達の子育てに巻き込むのは、親の自由を奪ってしまうのではないかと不安だった。
結果的に両親は、もしも私達に子どもができれば嬉しいし、困った時はもちろん手助けする。
もちろん、子どもができないとしてもそういう人生も楽しいと思う。と言ってくれた。
少し安心すると同時に、自分が親になったとして、そんな風に寛容な返答をできるのだろうか。と、別の不安も頭に浮かんだ。キリがない。
2025年7月 欲しいかわからないのに、本当にいきなり不妊治療するの?
検査の結果は予想通り、PCOSは治っておらず、子どもが欲しいなら治療を受けることをすすめられた。
どうしよう。
こうなることはわかっていたのに、いざとなると悩む。
しかし、悩んでいるうちに時間は過ぎていく。
私は3年後には35歳、高齢出産になる。また、夫は自分より歳が上で、すでに40代だ。
不妊治療をしたって、子どもができるのかわからないのだから、とりあえず1年。期限を決めてやってみて、妊娠しなかったらふたりで生きていこう。ということにした。
2025年8月 治療はスムーズに始まるわけではない。
検査をする中で、風疹麻疹の抗体が低いことがわかった。
もし妊娠して風疹麻疹になったら胎児への影響があるとのことで、ワクチンを打ってから1ヶ月経過しないと治療をスタートできないとのことだった。
通院を始めたらすぐに妊活という風になるんだと思っていた。思ったように進むわけではないんだ。もう少し調べておけばよかったと、少しがっかりする。
2025年9月 甲状腺の病院へ/本格的に治療が始まる
甲状腺の値が不妊治療をする上ではあまり適切ではないことがわかったので、甲状腺のクリニックに通うことになった。
たまたま自宅近くに専門医があって助かった。妊活にも地の利があるのかもしれない。
しかし、甲状腺の値は妊娠を希望していなければ特に問題ない数値だ。
健康なつもりなのに、通う病院が増えて憂鬱。
ワクチン接種から1ヶ月あけたので、本格的に不妊治療が始まった。
まずは薬を飲みながらタイミング法で治療を進めていくことになった。
始まってわかったのだけど、不妊治療ってすごく通院が不規則だ。
歯医者だったり、他の病院だったら「じゃあ次は1ヶ月後に」と、ある程度先の予定が決まったり、定期的に予定を入れられる。
比べて、不妊治療では「次の来院は生理が始まった5日後に」「卵胞が育ってそうなこの日に」「見てみたけど思ったほど育ってないから数日後にまた来て」という風に、不規則に予定が入っていく。
特に楽しくない予定が不規則にどんどん詰め込まれていくと、疲弊していく。
2025年10月 痛い検査、たくさんのニキビ、不妊治療はつらい。
卵管造影検査をした。
私の場合は耐えられないほどの痛みではないけれど、痛かった。
ひどくお腹を下して、冷や汗が出る時くらいには痛かった。
ピルを辞めた影響で、ニキビが復活した。顔中ニキビだらけで、触れるだけで痛い。
痛い思いをすると、子どもをすっぱり諦められればこんなことをしなくて済むのにと悲しくなる。
2025年11月 初めてのタイミング法
通院を始めて5ヶ月、さまざまな検査を経て、ついにタイミング法を始めることになった。
数々の検査、ワクチン、通院をクリアした微妙な達成感によって、かなり前向きな気持ち。
ただ、1人で通院したタイミングで今週期タイミング法をするか聞かれ
「えー、これ1人で決める感じ?!」とダメージを受ける。
最終的に私の体に負担がかかることなので、私が決定するべきなのはわかるが、夫にも当事者として関わってほしい。
上記の話と、通院の負担が女である私にばかりよっていて、どうしても羨ましいと思ってしまう。とか、今は共働きで完全折半でやっているけど、子どもができたらどうするつもりかなど、いろいろと話が膨らみ、最終的には喧嘩のようになった。
幸せだから子どもを持ちたいと思っていたのに、子どもを作るために喧嘩していて、何のためにこんなことをしているんだろう。
2025年12月 やっぱり、妊娠したくないかも
タイミングをとって性交渉をした。
その後、生理が来るまでは超絶不安定になった。
もしできていたら嬉しいという気持ちと、どうしよう怖いという気持ちが一緒にあって訳がわからない。
結局、生理がきた。
妊娠していなかった。ここまで色々やってきたので残念な気持ちと、それと同じくらいの、身軽な私が延命したことへの安堵感があった。
私は結局どうしたいんだろう。
妊娠出産がなければもっと子供が欲しいと思えるのに。男に生まれたかった。
男に生まれていたのなら、身体も変わらないし、出産なんて怖いことをしなくてもいいし、キャリアも中断しないのに。
そういう話を夫にこぼすと、夫は悲しそうな顔をする。夫は悪くないのに。
夫が悲しそうにしていると悲しい。
2026年1月 人工授精する?しない?
人工授精というと大掛かりな不妊治療のイメージが浮かぶが、実際はタイミングに合わせて普通に性交渉をするか、タイミングに合わせて、採取した精子を細いチューブで直接子宮内に注入するかの違いで、受精後の成長過程は変わらず、妊娠率も若干人工授精のほうがいいものの、そこまで変わらないらしい。
病状が改善していないし、早めに人工授精に切り替えてもいいと思う。と薦められた。
夫と相談して、私自身子どもができたらやっぱり嬉しいし、絶対妊娠するわけでもないし、期限を決めているからその間は全力で取り組んでもいいのでは。という結論になり、とりあえずやってみようということになった。
2026年2月 思ったようには進まない
いざ人工授精するぞ!となった当日、夫の準備まで終わった状態で事前のエコー検査を受けると、そこそこ大きく育っていた卵胞がなくなっていた。
その日の人工授精は中止になった。
もしかしたら今回で妊娠するかもしれない!と構えていたので、拍子抜けだ。
自分の身体なのに、全然思ったように進まない。
こうなると、子どもができないことに対して悔しさや焦りみたいなものを感じる。
いざできているかも。となったらものすごく不安になるくせに。
自分でも自分のことがよくわからない。
2026年3月 また卵胞が育たない
今回の周期も卵胞は育たず。
子どもがいなくてもいい人生だと思っているのに、それなりに時間をかけて取り組んでいるので、またダメだった。というがっかり感はしっかりとある。
病院で卵胞が育っていないのを確認して、がっかりして夫に「ごめんね」と伝えると、謝ることじゃないし、悪くないよと言ってくれる。
理屈ではわかっているが、自分がこんな体質じゃなかったら、自分たちの希望には不釣り合いなほど労力のかかる不妊治療なんてせずに、自然に任せてどうなるかを試せるのに……とやはり後ろめたい気持ちにはなる。
次回は、いつもと違う薬を試すことになった。効くといいが。
2026年4月 手術してまで欲しいのか?
卵胞はまた育たず、卵巣多孔術という手術を強めに薦められた。
理屈はわからないが、卵巣に穴を開けるといいらしい。手術自体は大掛かりなものではなく、一泊とかで終わると言われた。
手術をしてまで欲しいのか?と言われると、ややNOかもしれない。
自宅に着き、夫に手術をすすめられたことを話すと、「やってみるのもいいかもね」と言われた。
悪気がないのは十分にわかっているけれど、本人にしかこの恐ろしさはわからないよな……と、傷つく。
今回は喧嘩やヒステリックにならず割と冷静に、嫌だったこと、自分の考え、とはいえ本人じゃないのだから、全てを理解して、かけて欲しい言葉を100%当てるのは難しいこともわかっているということを伝えられた。自分の成長を感じた。でも辛いものは辛い。
手術までするなら、子どもは諦めてもいいのかも。
子どもがいなかったらどんなことをしようかな……と想像したりした。
それも全然悪くない。でも、今はっきり決めるには、子どもがいる生活も魅力的すぎる。
2026年5月 まだまだ欲しいかわからない。だけど不妊治療をつづける。
手術以外に、投薬でもう一つ試す価値のある方法がある。と提案を受けた。
投薬であればすでにやっているのもあり、心理的ハードルはかなり低い。
とりあえず、それから試してみることになった。
1年間のこと
あっという間に1年間やってみようと言っていた期限に近づいている。
この1年間、子どもは欲しいのか欲しくないのか、できたとして幸せにしてやれるのか、妊娠出産に対する恐れ……
何よりも、この先の見通しが立たないことへの不安を抱えて過ごした。
今では少し気持ちを楽にして臨機応変にやっていけるようになったが、するかもわからない妊娠を考慮して、旅行や遊びの予定を立てられないのはなかなかしんどい。
この記事を公開したら元も子もないのだけど、周りに相談しづらいのも辛かった。
子どもに関する考えや事情は人それぞれだから話しづらいし、職場で話したら仕事を長期休む可能性がある人だと思われて不利に働くのではという不安もある。(幸い、今いる職場はいいところなので、そんなことはないのだけど)
それから、どうしても男女で負担が違う話なので、夫とぶつかる頻度は上がった。
これに関しては、今まで面倒で避けていた話もきちんとできるようになったので、一概に悪いわけではなかった。家族としての練度が上がったと思う。
正直まだ本当に子どもが欲しいかはわからない。いてもいなくても幸せだ。
でも、子どもができたらきっと嬉しい。
だから、とりあえず年内は不妊治療をつづけることにした。
きっと続けているうちはずっと悩み続けると思う。
またその時のことも書こうと思う。
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