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一番人気の男がくれたのは、査定額0円のダイヤだった

※この作品は実体験をもとに、人物・設定・出来事を一部再構成しています。

数年前、私は婚活パーティーの一番人気マジックにかかり、チェーン居酒屋の代金6,000円と引き換えに、交際期間一泊未満の彼女になったことがある。

その時、私は誓ったはずだった。

出会ってすぐに付き合ってはいけない。

一番人気に浮かれている時の自分を信用してはいけない。

なのに数年後、私はまた婚活パーティーの一番人気マジックに、さらに盛大にかかってしまった。

しかも今度の男は、松の天丼までも高速回収するやばい男だった。

その日の婚活パーティーで、彼は目立っていた。

爽やかな見た目と清潔感のある服装。

中高年男性にありがちな疲れた感じもなく、年齢のわりに若々しい。

プロフィールカードには、華やかな肩書きと高収入が書かれていた。

今思えば、彼が一番見事に作り込んでいたのは、仕事の実績でも生活でもなく、婚活市場における自分の設定だった。

彼が私の前の席に座った時だった。

私の顔を見るなり、少し大げさなくらい目を見開いて言った。

「わ! 瞳がキラキラしてますね! 僕、あなたの番号書きます」

私は、グッときた。

正確に言うと、キラキラしていたのは私の瞳ではない。

目の周りに塗ったラメである。

でも、そういう小さなところに気づいてくれるのって、嬉しいではないか。

四十代の婚活において、今日のために少し頑張った自分を見つけてもらえる破壊力は大きい。

ラメを塗った甲斐があった。

この人、ちゃんと見てくれている。

そんなふうに思った。

今なら分かる。

グッ! 素敵!

じゃない。

ハッ! 危ない!

だ。

限られた数分で、女性が嬉しくなる言葉を迷いなく差し込んでくる男である。

しかも見た目は爽やか。

職業と年収も華やか。

警戒装置は、最初から私のラメ以上にキラキラ光って鳴り響いていた。

そのパーティーでは、途中で自分の人気順位が分かる仕組みになっていた。

中間発表で渡されたカードを見た私は、心の中で叫んだ。

一番人気だ!!

私が、女性側の一番人気だった。

そして彼も、男性側の一番人気だった。

私は即座にカードの写真を撮り、友達に送った。

「見て! 私、一番人気!」

実に浮かれている。

四十代の女が、婚活パーティーの人気順位表を撮影し、友達に速報を送っている。

我ながら、見事な浮かれっぷりである。

それでも、一番人気は一番人気なのだ。

申し分ない見た目と肩書き。

さらに会場内人気ナンバーワン。

私はもはや、一人の男性を見ていたのではなかった。

会場全体から、

「こちら、当たり商品です」

という金色のシールを貼られた何かを見ていた。

最後のフリータイム、私は別の男性と話していた。

彼もまた、別の女性と話していた。

それでも、ふっと気になって、彼のほうを見た。

すると、彼も私を見ていた。

目が合った。

彼は、ニコッと微笑んだ。

はい、ノックアウト。

あれは反則である。

一番人気の男と一番人気の女が、それぞれ別の相手と話している最中に、ふと目が合って、微笑み合う。

少女漫画なら、背景に花が飛ぶ場面だ。

現実の私は、その約1か月半後、質屋で温かいお茶をもらうことになるのだが、この時点ではそんな未来は1ミリも見えていなかった。

パーティーが終わったその日、彼から交際を申し込まれた。

私は、即日で付き合った。

婚活で出会った一番人気同士。

これはもう、良いご縁なのではないか。

頭の隅っこになんとなくいつかの似たようなシーンが再生されかけたが、打ち消してしまった。

最初の違和感は、2回目のデートだった。

2人でお茶をして、会計の時、私は500円ほどを出した。

試したわけではない。

軽い気遣いのつもりだった。

すると彼は、

「あー、うん。ありがと」

と言って、普通に受け取った。

あ、受け取るんだ。

別に、500円が惜しいわけではない。

ただ、彼には1秒の迷いもなかった。

「あ、いいよいいよ」と財布を出す仕草もない。

「じゃあ次は僕が出すね」もない。

私は少し引いた。

でも、出したのは私だし。

男女平等だし。

お茶代くらいで男を判断するなんて、細かい女みたいだし。

私は、自分の中に生まれた違和感を、自分で丸めて飲み込んだ。

結果的に、あの500円はとても優秀な予告編だった。

本編は、もっと金額の桁が違った。

付き合い始めてすぐ、彼の誕生日が近いと分かった。

誕生日当日は仕事の都合で会えないと言われたが、その少し前に、誕生日のお祝いを兼ねてランチとプレゼントを選びに行くことになった。

ランチは私がご馳走するつもりだった。

誕生日なのだから、少しくらい良いものを食べてもらおう。

そのくらいの気持ちはあった。

事前に色々リサーチして入ったのは、天ぷら屋だった。

私は、3,000円の《梅》の天丼を頼んだ。

普段より少し贅沢だけれど、せっかくのお祝いだし、ゆっくり味わって食べようと思った。

彼はメニューを開くと、料理の内容をじっくり見るでもなく、ほとんど迷わず言った。

「松の天丼で」

7,000円する、一番高い天丼だった。

ちなみに、《竹》は5,000円だった。

ちゃんと中間地点は用意されていた。

それでも彼は、まっすぐ迷いなく山頂へ向かった。

早い。

私に番号を書くと言った時と同じくらい、決断が早い。

しかしそこは、誕生日祝いである。

良いものを食べるなとは言わない。

ただ、付き合って間もない女に奢られるランチで、内容もほぼ見ずに最高額の《松》を即決するあの迷いのなさ。

そこに、後のすべてが詰まっていた気がする。

やがて天丼が運ばれてきた。

私は梅の天丼を、せっかくだからゆっくり味わって食べた。

一方、彼は松の天丼を、すごい勢いで口に詰め込み始めた。

天ぷら。

ご飯。

天ぷら。

ご飯。

頬がハムスターのようにパンパンになっているのに、止まらない。

7,000円の松が、秒で消えた。

私は自分の梅を噛みしめながら思った。

この人、味わってない。回収してる。

奢りで手に入れた最高額商品を、誰にも取り返されないうちに体内へ送り込んでいる。

誕生日ランチというより、天丼の高速回収だった。

そして食後、彼はまだ口をモグモグさせながら

「ごちそうさま!じゃあ行こうか。エレベーターのところにいるね!」

と言い店外に出て、エレベーターホールに早足で向かった。

私が会計を済ませ天ぷら屋から出ると、ちょうどよくエレベーターが到着して、乗り込む彼の姿があった。

「早く早く!」

せわしなく手招きされて、私もなんとなく急いでエレベーター内に合流してしまった。

今思えば、あの動きはデートではなく導線だった。

松の天丼を回収したあと、次の回収地点へ私を運ぶための、無駄のない動線。

やがてエレベーターは、あらゆるショップが入っている階に着いた。
そして開きかける扉をこじ開けるようにして出た彼は、高級店を次々と回り始めた。

財布。

バッグ。

電子機器。

どれも10万円を軽く超えるようなものばかりだった。

店員さんに商品を出させては眺め、私の顔をチラッと見てまた別の店へ移動する。

締め切りが迫ったスタンプラリー企画でもやってるのか、というテンポだった。

プレゼントを選んでいるというより、私の支払限度額を探っているようだった。

私は、その時点で気づくべきだった。

ランチで松を即決する男が、プレゼントで梅を選ぶわけがない。

その日、最終的に彼が欲しがったのは、高価な最新タブレットだった。

「そんなに出せないよ」

私が言うと、彼はまるで物分かりのいい恋人のような顔で言った。

「全部じゃなくていいよ。残りは俺が出すから、出せるだけ出してくれたらいいよ」

出せるだけ出してくれたらいいよ。

一瞬、安心しそうになった。

全部ではないんだ。

彼も出すんだ。それなら……

いや、待って?

なぜ、高収入を名乗る男の誕生日プレゼントを、付き合いたての私が共同出資で買うことになっているのか。

しかも、出せるだけ出せと言われているのは私である。

なに、そのシステム。

クラウドファンディングかなにか?

しかも支援先は、災害復興でも困っている子どもでもなく、高収入設定の爽やかなおじさんの最新タブレットである。

それなのに私は、ATMへ行った。

そして、数万円を下ろして彼に渡した。

彼は、ごく自然に受け取った。

その場で商品を買うのだと思ったが、なぜか買わなかった。

後日、彼からビデオ通話がかかってきた。

買ったというタブレットを、開封して見せてくれるらしい。

通話に出ると、画面の向こうにいた彼は、なぜか夜道に立っていた。

そして、テンション高めに言った。

「ヤッホー♡夜のターくんだよー♡」

私は、だいぶ引いた。

昼のターくんの正体すらまだよく分かっていないのに、急に夜のターくんを出してくるな。

しかしその時の私は、妙なサービス精神を持っていた。

相手が楽しそうにしているのに、真顔になってはいけない。

恋人なのだから、ノリを合わせたほうがいい。

そんな、今となっては1円の価値もない気遣いを発揮してしまった。

「わーい、夜のターくんカッコイイ!!」

言ってしまった。

彼は夜道で、箱を持っていた。

そして、画面越しにその箱を開け始めた。

「ほら、これ。いいでしょ」

「ずっと欲しかったんだよね」

「見て見て」

そんな感じで、楽しそうに中身を見せてきた。

か、開封動画のつもりなのか……?

たしかに、新品っぽい箱だった。

でも、本当に私が一緒に見た店の商品だったのか。

本当にその金額だったのか。

夜道の画面越しでは、私には分からなかった。

ただ、その時の私はそこまで考えなかった。

彼が買ったと言っている。

箱を開けて見せている。

なら、買ったのだろう。

そう思おうとした。

夜道で高価なタブレットの箱を持ちながら、自分を「夜のターくん」と呼ぶ50歳前後の男。

それを画面越しに持ち上げる四十代の私。

中高年のおじさんおばさんが、何をやっているのか。

向こうは完全に、夜道の不審者である。

私も、あの通話の音声だけ切り抜かれたら、事情聴取が必要な人である。

その頃には、違和感は山ほどあった。

なぜ、私からお金を受け取った店で買わなかったのか。

なぜ、誕生日当日に会えなかったのか。

なぜ、会う時間はいつも短いのか。

なぜ、二人きりで過ごす場所は、街でいちばん時代に取り残されたような安いホテルばかりなのか。

そして、なぜ、その料金まで割り勘なのか。

違和感しかない。

なのに私は、まだ彼を切らなかった。

本気で彼に夢中だったというより、私は、自分が引いたと思った当たりくじを、ハズレだったと認めたくなかったのだと思う。

私が守りたかったのは、彼への気持ちというより、一番人気を引き当てたはずの自分の選択だったのかもしれない。

さらに、違和感は別の日にもあった。

動物園に行った時のことだ。

フードコートで食事をしていた。

もちろん、そこも安定の割り勘。

その時、彼が今日撮った動物の写真を見せてきた。

可愛かったねーなんてひと通り見て、彼が画面をしまう一瞬、私は見てしまった。

出会い系サイト用。

そんな感じの名前のフォルダが見えた。

一瞬だった。

でも、見えた。

私は、あれ? と思った。

彼も、私の目線に気づいたようだった。

すると彼は、スマホをさっとしまい、急に別の話を始めた。

「俺の知り合いでさ、60近い男の人がいるんだけど」

突然である。

その人が昔パリピだったとか、25歳未満の子と結婚したいと言っているとか、そんな話をベラベラし始めた。

そして最後に、

「ラメ子、どう思う?無理があるよね?笑」

とかなんとか聞いてきた。

どう思うも何も。

私は今、あなたのスマホにあった「出会い系サイト用」らしきフォルダのことを考えている。

そして、少し息を吸ってから言った。

「ちょっと気になるんだけど、さっき出会い系サイト用みたいなフォルダが見えた気がして」

すると彼は、急に怒り出した。

「は? 何?」

「そう思ったなら、その場で言えばいいじゃん」

「なんで今になって言うの?」

今になって、と言われても、ほんの数分前のことである。

しかも、あなたがその直後から、こちらが入る隙がないほどの速度で知らんおじさんの話を始めたのである。

でもその時の私は、なぜか謝ってしまった。

「そうだよね。その場で言えなくてごめんね」

何を謝っているのか。

今振り返れば謝るところではないことは分かる。

でも、その頃の私はもう、彼の機嫌を損ねないことを優先し始めていた。

彼はさらに言った。

「出会い系サイトなんて言葉、昔の話じゃん」

「俺だって50なんだから、昔そういうのを使ったことくらいあるよ」

「まだ消してなかっただけだよ」

「そんなに疑われるなら、フォルダの名前変えるわ」

逆ギレである。

そして論点もおかしい。

昔使っていたフォルダが、なぜ最新のスマホに引き継がれているのか。

なぜ、消すではなく、名前を変えるなのか。

そこを突っ込むべきだった。

でも、私は黙った。

帰り道、彼は言った。

「この話はもう終わりね」

終わりね。

勝手に閉店された。

出会い系サイト用フォルダ疑惑、逆ギレ、私の謝罪、彼による一方的な閉店。

一連の流れが、あまりにも鮮やかだった。

恋人同士の会話というより、都合の悪い問い合わせを誤魔化して処理するカスタマーセンターである。

しかも謝ったのは問い合わせた私。

このあたりで、かなりおかしいと思った。

思っていたのに、まだ別れなかった。

一番人気マジックは、思ったよりしつこい。

そして話はクリスマスデート当日の昼間へ。

彼は私を、高級ジュエリーショップへ連れて行った。

ハートのダイヤ。

馬蹄(ばてい)のダイヤ。

丸い一粒ダイヤ。

なぜか、その3種類のデザインばかりを何度も試着させられた。

「どれが好き?」

そう聞かれれば、期待する。

クリスマスだし。

恋人だし。

もしかして、私のために選んでくれているのかな、と。

私は、丸い一粒ダイヤのデザインがいいと思った。

そうして何店舗もまわったけれど、彼はどの店でも何も買わなかった。

しばらくして、駅ビルの通路で彼は言った。

「ちょっと待ってて」

私はそこで待った。

戻ってきた彼の手には、先ほどまでいた高級ジュエリーショップのものとは到底思えない紙袋があった。

袋の時点で、もうかなり苦しい。

彼は、手品師のような仕草でケースを取り出した。

中には、丸い一粒ダイヤ風のネックレスが入っていた。

さっきまで高級ジュエリーショップで見ていたものと、形は似ていた。

形は。

彼は、私の首にそのネックレスをつけてくれた。

恋人から、クリスマスにプレゼントをもらったのだ。

嬉しくなかったわけではない。

私は、一応、喜んだ。

「嬉しい! ありがとう!」

ただ顔は、相当ひきつっていたと思う。

すると彼は、甘い声で言った。

「これ、俺と会うときだけつけてきてほしいな」

え……?

なぜ限定?

大切なプレゼントだから?

二人だけの特別なものだから?

それとも、友達に見せられたり、昼間の光の下で観察されたりすると、何か困る事情でもあるから?

私の中の警報装置が、ようやく本気で鳴り始めた。

ウーウーではない。

もう、火災報知器と防犯ブザーと避難アナウンスが同時に鳴っているレベルだった。

ところが、話はここで終わらない。

私にダイヤ風ネックレスを首からぶら下げた直後、彼は自分へのクリスマスプレゼントを見に行きたがった。

そして彼が欲しがったのは、10万円を大きく超える高価なスマートウォッチだった。

私の首元は、ダイヤ風。

彼の手首は、10万円超え希望。

共通しているのは《首》だけ。

価格差がすごい。

むしろ、価格差しかない。

「そんなの無理だよ」

私が言うと、彼の雰囲気が変わった。

「じゃあ、いくらなら出せる?」

鬼気迫る勢いだった。

怖い。

それは、恋人がプレゼントを遠慮がちに相談する顔ではなかった。

支払い能力を確認する人の顔だった。

知らんがな。

なぜ私は、高収入設定の男の腕時計購入について、クリスマスの街中で資金繰り相談を受けているのか。

しかし私は怖さに押され、その場で数万円を手渡した。

そして、クリスマスだというのに、なぜか夕方には解散になった。

恋人とのクリスマスである。

普通なら、夜まで一緒に過ごすとか、食事をするとか、イルミネーションを見るとか、多少なりともロマンチックな展開がありそうなものである。

私のクリスマスは、夕方終了。

首にはダイヤ風。

財布からは数万円が消えている。

しかも私は、帰り道でさらに追加で数万円の電子送金までしてしまった。

怖かった。

彼の機嫌を損ねるのが怖かった。

そして、認めたくなかった。

婚活パーティーで一番人気で、顔が好みで、高収入設定で、私に微笑みかけてくれた彼が、ここまでおかしい男だったなんて。

送金を受け取った彼は、また言った。

「残りは俺が出すよ」

出た。

恋人共同出資システム、2回目の導入である。

私は彼女だったのか。

彼の欲しい商品の頭金担当だったのか。

それとも、彼専用の無料ショップだったのか。

自宅に戻った私は、彼からもらったネックレスを机の上に置いた。

紙袋を見た。

ケースを見た。

ネックレスを見た。

見るほどに怪しい。

でも、まだ完全には認めたくなかった。

私はネックレスを首につけてみた。

そして、スマホで写真を撮った。

しかも、少しでも高く見えるように撮ろうとした。

照明を変え、角度を変え、背景も少し工夫した。

もしかしたら、紙袋が安っぽいだけで、中身はきちんとしたものかもしれない。

写真に撮ったら、それなりに高級感が出るかもしれない。

必死である。

今思えば、きれいに撮ろうとしていたのは、ネックレスではなかった。

一番人気の彼を選び、違和感を何度も飲み込み、クリスマスにまでお金を渡してしまった、自分の現実だった。

でも、どの角度から撮っても、私の胸の中の違和感だけは消えなかった。

私はその日の夜、紙袋とケースとネックレスを持って、近くの質屋へ行った。

質屋のご主人は、ネックレスを受け取り、少しの間、黙って見ていた。

そして、少し気の毒そうな顔をして言った。

「これは、一円にもならないですね」

「メッキですらないです」

「アクセサリーというより、おもちゃですね」

でも、笑わなかった。

馬鹿にするような言い方もしなかった。

むしろ、こちらがこれ以上傷つかないように、言葉を選んでくれているのが分かった。

買取不可。

査定額は0円。

高収入設定のターくんが、クリスマスに私へくれたダイヤ風ネックレスは、質屋では値段がつかないどころか、引き取りすらしてもらえないものだった。

ああ。

写真の撮り方の問題ではなかった。

どんなに明るいところで撮っても、どんなに上手に角度をつけても、本物ではないものは本物にはならない。

ネックレスも、1か月半の恋も。

怒りと情けなさが、一気に押し寄せた。

また?

私、これまでだって散々、癖のある男に出会ってきたはずなのに。

また、こんなことになっているの?

事情を聞いた質屋のご主人は、少し考えて言った。

「もしかすると、3種類とも最初から用意して、どこかに置いていたのかもしれませんね。お客さんが選んだ形のものを、あとから持ってきたのかも」

私は固まった。

ハートを選んでも。

馬蹄を選んでも。

丸い一粒を選んでも。

私がどれを選んでも、彼の予算は同じだった可能性がある。

私へのプレゼント選びではなかった。

在庫処分だった。

なに、そのシステム。

しかも、私に在庫を選ばせた直後、彼は自分の高価な時計代を私から回収しようとしていたのである。

恋人というより、私は彼の仕入れと設備投資を支えるスポンサーだったのか。

呆然としている私に、質屋のご主人は、温かいペットボトルのお茶を一本くれた。

お茶の温かさを手に感じた瞬間、私は気づいた。

この1か月半で、もらったものの中で、金銭的にも人間的にも一番価値があったのは、質屋のご主人がくれた温かいお茶だった。

クリスマスに恋人からもらったものは、買取不可の査定額0円だった。

でも、初めて行った質屋のご主人がくれたお茶には、ちゃんと温度があった。

帰宅してから、私はターくんにメッセージを送った。

これまで私が渡したお金を返してください。

既読はついたが返事は来なかった。

代わりに、ブロックされた。

私は、婚活パーティーの中間発表で一番人気になったカードの写真を送った友達に、すべてを話した。

あの日、

「見て! 私、一番人気!」

と送った友達に、

「ごめん。その一番人気、査定額0円のネックレスをくれて、私のお金で高価な時計を買おうとして、返金を求めたら消えました」

と報告することになった。

友達は、笑わなかった。

まず、ターくんにぶち切れた。

「何そいつ。ふざけんなよ」

私が渡したお金の話。

誕生日の話。

クリスマスの話。

ネックレスの査定額が0円だった話。

ひとつ話すごとに、友達の怒りは積み上がっていった。

そして次に、私の身を心配した。

「でも、そいつ、ラメ子の家を知ってるんでしょ? 大丈夫? 来たりしない? 本当に気をつけて」

その言葉が、心に沁みた。

怒ってくれて嬉しい。

心配してくれてありがたい。

でも同時に、情けなさで胸の中がぐちゃぐちゃになった。

私の安全を本気で心配してくれる友達がいる。

なのに私は、自分からターくんにお金を渡し、おもちゃみたいなネックレスを首につけ、写真では高く見えるように必死に工夫までしていた。

恥ずかしかった。

でも、友達が私の代わりに怒ってくれたことで、ようやく私は、自分まで自分を責め続けなくていいのかもしれないと思えた。

悪いのは、私のラメではない。

もちろん、一番人気に浮かれて即日で付き合った判断は、今後の参考資料として厳重保管すべきである。

というか、数年前に学んだはずだったのに……。

けれど、人が信じようとする気持ちにつけ込んで、お金を出させた側の卑しさまで、私が背負う必要はない。

結局、お金は1円も戻ってこなかった。

それから1か月ほど経ったある日。

私は、あの婚活パーティーが行われた駅に用事があって出かけた。

用事を済ませ、帰りの電車に乗ろうとしていた、その時だった。

開いた電車のドアから、見覚えのある男が降りてきた。

ターくんだった。

いや、もうターくんではない。

ターおじさんだった。

私は固まった。

向こうは私に気づいていない。

ターおじさんは、誕生日プレゼントの日に高級店を次々と回っていた時と同じように、すばしっこく人混みの中へ消えていった。

そして、彼が向かっていったのは。

あの婚活パーティーの会場がある方向の出口だった。

……また?

私は、電車の前で立ち尽くした。

もちろん、彼が本当に婚活パーティーへ向かっていたのかは分からない。

たまたま、その出口に用事があっただけかもしれない。

彼が本当に独身だったのかどうかも、私は知らない。

だから、断定はできない。

でも、もし。

もし、あの出口の先で、また誰かの前に座り、

「わ! 瞳がキラキラしてますね! 僕、あなたの番号書きます」

なんて言っていたのだとしたら。

もし、中間発表で一番人気になり、別の席から誰かにニコッと微笑みかけていたのだとしたら。

もし、その女性が、

「見て! 私、一番人気!」

と友達にカードの写真を送っていたのだとしたら。

私は、心の底から叫びたい。

逃・げ・てー!!

その男が見ているキラキラは、あなたの瞳だけではないかもしれない。

あなたの財布の反射まで、まぶしく見えている可能性がある。

婚活中の皆さん。

プロフィールカードは、保証書ではありません。

一番人気同士でも。

目が合って微笑まれても。

ラメを褒められても。

即日で付き合う前に、一度だけ落ち着いてほしい。

そして、小さな違和感を甘く見ないでほしい。

私の中の警報装置は、最初からずっと正常に鳴っていた。

500円。

松の天丼の高速回収。

夜のターくん。

出会い系サイト用フォルダ。

逆ギレ。

ダイヤ風ネックレス。

クリスマスの送金。

警報は、全部鳴っていた。

壊れていたのは警報装置ではない。

一番人気というラメで、その警報音までキラキラに加工して、自分で聞こえなくしていた私のほうだった。

失ったお金は痛い。

あのお金があったら、友達と美味しいものを食べられた。

自分で本物のアクセサリーを選べた。

松の天丼だって、私がゆっくり味わって食べられた。

今でも思い出すと、腹が立つ。

でも、私はターおじさんと結婚せずに済んだ。

人生の残りを、夜道で自分を「夜のターくん」と名乗る男と過ごさずに済んだ。

都合が悪くなると逆ギレして、話を勝手に閉店する男と、家族にならずに済んだ。

そう思えば、あれは授業料だったのかもしれない。

だいぶ高額な授業料だったけれど。

そして教材は、査定額0円のダイヤだったけれど。


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