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3. Yurika|読む人の運命を加速させる恋愛小説

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「あの人なら大丈夫そう」

私が淹れたブラックコーヒーを啜りながら沙織は淀みなく言う。
足を組む沙織。いつもの沙織。
私と沙織はこの前の飲み会について話していた。直樹さんと出会ったあの飲み会。
「確かに優しそうだし、大人の余裕を感じたかも・・・」
私は直樹さんのことを思い出しながらそう答えた。
少しばかり恥ずかしそうに話す直樹さん。優しい雰囲気。人を傷つけるような悪い人には見えなかった。
まだよくわからないけど・・・
「でも・・・」私は続ける。
「でも?」沙織がこちらを向いて聞く。
「松上蒼介には敵わないかなぁ」
「松上蒼介と比べるな!」と沙織は間髪入れずに突っ込む。好きな俳優と直樹さんを比べようとする私に呆れながら。
私は少しクスッとしながら、沙織はいつも沙織だなぁと感心してしまう。

私たちは同じ年に、同じ東北という場所から同じここ東京にやってきて、同じ看護師一年目という立場で、出会った。配属も同じ小児科病棟だった。
沙織とはなぜか自然と仲良くなった。
どちらかから積極的に話しかけたわけでもない。私も沙織も友達を無理に作ろうとするタイプじゃない。もちろん話しかけられたら拒まないし、同期や先輩たちとうまくコミュニケーションもとれる。でも私は、集団の中にいる沙織の様子を見て、なんとなく気が合いそうだなと思った。
沙織はどこにいても、だれといても、沙織だ。そんな沙織に興味を持った。そして沙織も私に対して、同じような感覚を持っているのがわかった。なんとなく、わかった。
研修やランチ、同期の皆で開く飲み会。そういった時、私と沙織はどこか同じリズムで過ごしていた。そして度々目が合った。笑うタイミングも同じだった。
そして気づいたら、仲良くなっていた。
沙織は飾らない。沙織はいつも沙織で、それは私に対しても、沙織が「好き」と嬉しそうに語る彼氏に対しても、同じ。プライベートでも職場でも、沙織は沙織。そんな裏表のない沙織が私は好きだ。

「あの人なら友利花を幸せにしてくれるね」
沙織はそう言った。私ではなくどこか遠くを見ながら。言葉に淀みも迷いもなく、まるで熟年の占い師のよう。
「そうかな?確かに浮気はしなそう・・・」
「友利花を見る目が優しかったんだよ」
沙織は私を真っ直ぐ見て言った。私の瞳の奥にある未来を見つめるようにして。
「そんなところまで見てたの?私より直樹さんのこと見てるじゃん」
私は少し笑ってしまった。そして同時に嬉しかった。沙織はそこまで見てくれていたのか。
「そりゃ見るでしょ。友利花には幸せになってほしいから」

———友利花には幸せになってほしいから。

沙織の声が、私の記憶を叩く。
私はどうして、幸せになれなかったのだろう・・・
何がいけなかった?私がいけなかった?
浮気したのは彼。
「友利花が仕事ばっかりで相手してくれないしLINEもどんどん減っていって寂しかったんだ」
あの時の彼の言葉が、今も耳元で聞こえてくる。
私がいけなかったの?じゃあどうすればよかったの?無理に会えばよかったの?あんなに自分も部屋も、ボロボロだったのに?あの時少しでも無理して会っていたら、浮気なんてされなかったの?
いつから、浮気してたの?
いつから?疲れていたにも関わらず無理して彼を家に泊めた時は?一緒に温泉に行った時は?あの時すでに、あの女と・・・?あの、クリスマスの時は・・・?いつから?

———やめよう。

私は沙織の言葉で開きかけた記憶を力強く閉める。
わざと、音がするように。
もう二度と開きたくない。
これはもう終わったことなんだ。もう、終わったんだから。

沙織に彼の浮気について話した日は、空が分厚い灰色に覆われた曇り空だった(だった気がする。もうあまり、覚えていない)。
「あり得ない!!ホントあり得ない!!あの人なら友利花を幸せにしてくれると思ったのに!!!」
私の部屋で沙織はそう叫び泣いた。私の代わりに。
沙織の涙を見たら、不思議と私の涙は顔を出さなかった。場を弁えるように瞳の裏側でそっと息を潜めていた。
私は妙に冷静だった。浮気された女とそれを聞いて憤る友人。私はそんな2人をどこか上の方から冷静に見つめていた。まるでドラマか何かを観ているかのようだった。
私の心は、あの時本当に死んだのかもしれない。浮気されて涙すら出なかったのだから。

私以上に私のことを真剣に考えてくれる大切な友達です———

私は沙織を、直樹さんにそう紹介した。
私以上に怒り、私の代わりに涙を流し、私以上に私の幸せを願ってくれる。
そんな友達は沙織が初めてだった。

私はこの前の飲み会に沙織を誘った。沙織にも会ってもらえば安心だと思ったから。
正直今の私は、男性のことが信じられない。
どうせまた浮気される・・・。男はみんな浮気する・・・。
そんな風に思いたくなんてないのに、どうしても、そう思ってしまう。
だから沙織を頼った。沙織がどう思うのか、知りたかった。私以上に私のことを真剣に考えてくれる沙織が、直樹さんのことをどう思うのか。

「友利花はどう思ったの?」沙織が真っ直ぐ聞いてくる。
「うーん、確かに優しそうだけど、まだわかんないかなぁ」私は嘘なく答えた。
「そっか。LINEは交換したんでしょ?」
「うん、した」
「連絡は来た?」
「うん、来たよ」そう言って沙織が机に置かれた私のスマホに視線を移す。
私はなんとなく沙織がそう尋ねた気がして「ちゃんと返してるよ」と伝えた。
沙織は何も言わず、目の前のマグカップに手を伸ばした。

———ちゃんと返してるよ。

私は、自分の内側で反響するこの言葉の意味を考える。
ちゃんと。
沙織は「ちゃんと」できる。どれだけ仕事が大変でも、どれだけ職場のお局が理不尽でムカついても、仕事の昼休み、沙織は彼氏とLINEをしている。すごく楽しそうに。いつもの沙織のままで。
沙織はちゃんとできる。仕事も彼氏も、ちゃんとできる。沙織だけじゃない。みんなできてる。みんな、仕事も、プライベートも。
でも私は・・・

直樹さんとLINEを交換した時、私は予防線を張った。それは期待させすぎないための予防線。
私のことを好きにならないで、とかそういうことじゃない。ただ、私と頻繁にLINEができるとは思ってほしくなかった。すぐに返信しなくちゃと思うと、また苦しくなってしまう。また彼と同じようになってしまう。そう思ったから。
直樹さんは「返せる時に返してくれたらいいから」と優しく言ってくれた。やっぱり年上男性は落ち着きがあって安心できる。
この人とだったら無理のないペースでLINEができる。そう思った。
私はもう、同じ失敗はしたくない。私は、幸せになりたい。
そのためにもちゃんと・・・

「まあ焦ることもないよ。とりあえず連絡取り合って、たまに会ってみたらいいじゃん」
胸中に静かに込み上げてきていた私の重さを感じ取ったのか、沙織はカラッとした軽さでそう言った。
「そうだね。ありがとう」

いつもありがとう———。

そう言おうとして、やめた。
まだ、今じゃない。
もし直樹さんと付き合うことになって、直樹さんとの関係が深まって、この前の恋愛で負った心の傷を、必死に閉じ込めた記憶を、もうすっかりと消化することができたなら、私は沙織に「いつもありがとう」と言える。心から。

大丈夫。どんな傷も、時間が解決してくれる。
過去よりも未来が、恐怖よりも期待が、私の中でほんの少しだけ大きくなりつつあった。

>>次回話


【あらすじと初回話】


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