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不登校児だった私。

昔から友達を作るのが苦手だった私。

今でも思い出すのは、保育園時代
「お友達とメッセージカードを送りあいましょう!」
と先生に言われて、
メッセージを送りたい友達も、
私にメッセージを送ってくれる友達もいなかったこと。

とりあえず、名前が似ている子にありきたりなメッセージを書いて
その場を逃れました。
あれは苦い思い出です。

でも意外と孤独ではありませんでした。
「私は私。人は人。」という親の教育があったからか、自分が他人になじめないことになんの不安感も感じていませんでした。
なんだかんだ言って、一人遊びは得意でしたし、それなりに遊んでくれる友達はいましたし先生もケアしてくれていましたしね。

ちなみに、お母さんごっこをするときの私のポジションは、「犬のポチ」でした。みんながお母さんごっこしているのを「何が面白いんだろう」と眺める役ですw
もちろん自らかって出てポチになっておりましたw

ちょっと変わった子供だったのかなと思います。
親も育てるの大変だったことでしょう。


そんな保育園時代を経て、小学校に入学!
そして約半年で不登校になりました。

幼稚園時代に読み書きがある程度できていたので、学校の授業が面白くないのです。そして、一番大きかったのは人間関係でした。

女の子同士の「一緒に〇〇やろうよ~」についていけませんでした。
その日その日で自由気ままに、男の子と遊んだり、特別支援学級に遊びに行ったりしていました。

ある日のこと。
いつも遊んでいる友達以外の子と遊んでみたいと思い、あまり関わりのなかった女の子達と一緒に鬼ごっこをしていました。
すると、比較的頻繁に遊んでいるグループのリーダー格の子に言われました。

「なんでその子と一緒にあそんでるの?いつきちゃんはうちのグループなんだからほかの子と遊んじゃだめなんだよ!」

いつき「??????WHY????????」

なんであっちのグループの子と遊んじゃいけないの?
私はあなたのグループに入った覚えはございません。
そもそもグループってなんだ?
そんなもんいつの間にできたんだ?
それが率直な気持ちでした。

それをその子たちに伝えると、
「じゃあもう仲間に入れてあげない!みんなでいつきちゃんを無視しよう!」
そう言われ、私の中で何かが弾け、私は学校を飛び出し、家に帰りました。

追いかけてきた先生を巻くために、学校のフェンスをよじ登って先生を困らせたときは、「やーいやーい!」と思っていました。


そして、それから私は、不登校になりました。

授業がつまらない。
遊ぶ子もいない。
学校なんて行ってもしょうがない。
学校って行く意味ある??
ないよねー。

それが私の結論でした。

外から見たらいじめに見えるのかもしれませんが。
少なくとも私個人はそうは思ってませんでした。
めんどくさいところに行かなくてラッキーくらいの気持ちでした。
学校に行く意味も分からないし、また嫌なこと言われたらいやだし。
私は私らしくいたいから学校なんていきたくない。

単純に私は社会性のない子供だったのだと思います。

しかし、親や教師は私を学校に行かせようと一生懸命でした。
ある時から、母と一緒に学校に行くようになりました。

私は母の服の裾をつかみながら授業を受けていました。

母のいる場所が、隣の席から、教室の後ろになり、隣の空き教室になり、そしてある日私は「義務教育だから行かなければいけない」と言って一人で学校に行くようになったそうです(母談)。


社会性というものはすぐに身につくものではありません。

なんとなく人と一緒にいるのが嫌だとか、今はそれをやりたくないとか、そういう欲求は子供であればあるほど、抑えられないのだと思いますし、「学校」という閉鎖された、ある一定のルールを守らなければいけない環境はそういう欲求が強い子供にとって苦痛です。


この一連の経験から私は
「どんな人とでもとりあえずなんとなく仲良くする」
という社会性を身に着けることができました。

これはひとえに、母と当時の学校関係者のおかげだと思います。
(校長室で水鉄砲で遊んでくれた校長先生ありがとう。)

「リンダリンダ」等で有名な伝説のロックバンド、ブルーハーツの甲本さんが、学校に居場所がない子供たちに対してこんな言葉を残しています。

「居場所あるよ。席あるじゃん。そこに黙って座ってりゃいいんだよ。友達なんていなくて当たり前なんだから。友達じゃねぇよ、クラスメイトなんて。たまたま同じ年に生まれた近所の奴が同じ部屋に集められただけじゃん。」

「趣味も違うのに友達になれるわけないじゃん。山手線に乗ってて、『はい、この車両全員仲よく友達ね』って言われても、『いや、偶然今一緒に乗ってるだけなんですけど』って。友達じゃねぇよ。」

「ただ、友達じゃないけどさ、喧嘩せず自分が降りる駅まで平和に乗ってられなきゃダメじゃない?その訓練じゃないか、学校は。友達でもない仲よしでもない好きでもない連中と喧嘩しないで平穏に暮らす練習をするのが学校じゃないか。だからいいよ、友達なんかいなくても。」

甲本ヒロト

大人になってからこの言葉を知って、
「そうなんだよな。まさにそうなんだよ。」
と思いました。

結局、小学校で一生の友達はできなかったけど、なんとなくその場でのらりくらり対応して友達みたいに接する生きる術みたいなものは身についたと思います。


学校にけるようになった後、母は私にたくさんの習い事をさせてくれました。そう。「学校」以外の世界をたくさん教えてくれました。

習い事を通して大人子供関係なくいろいろな人と関わることで、仲の良い子もできましたし、ちゃんと友達も作れるようになりました。
これらのの経験のおかげで、「私はどんな友達が欲しいのか、どんな人と一緒にいると居心地がよいのか」が明確になったような気もします。


不登校の理由は人それぞれです。
もちろんいじめが原因の人もいるかと思いますが、
いじめが原因で不登校になるのは、実は全体の10%ほどです。

一方で私のように、無気力や不安で学校に行けなくなる生徒は50%に達します。

文部科学省:令和4年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果について

とある記事を書いているときにこの資料をみつけて、
私のような子供が意外と多くいるということを知り、驚きました。

「学校」という場所は、人によっては監獄と一緒です。
毎日同じ人と会い、同じことをして、同じように頑張ることを強制されます。

そのことに苦痛を感じる子供はきっと多いと思います。
そんな子供たちには、違う世界を見せてあげてください。
習い事でもいいですし、地域のコミュニティーセンター(あるのかな?)でもいいですし、いまはオンラインゲームという手段もあります。

違う世界を見せてあげることで、子供は「学校」というある種の監獄とは違う世界がある事、そしてそこで生きるためのコミュニケーション力を勝手に学んでいく力を持っています。

今もし不登校で悩んでいるお子さんを持つ親御さんや、不登校で悩んでいる子がいたら、この私の体験談が少しでお役に立てば幸いです。


#創作大賞2024

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