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クンダリニーの生物学的根拠は?――「分かりません」 

“進化心理学者にとって、いつの時代のどこの宗教儀礼においてもしばしば投入される過剰なコストは、宗教が適応的なものであるということを、きっとマンドリルのお尻のように鮮やかに示すものなのだろう。” 
  マレク・コーン(Marek Kohn 、サイエンスジャーナリスト)

マンドリル

今回は思索のための備忘録です。結論はありません。

「生命エネルギーの進化生物学的根拠はあるのか?」というものです。

関連note


瞑想やヨガ、気功などの界隈ではクンダリニーなど生命エネルギーの体験がしばしばあるとされます。
では、クンダリニーの進化生物学的な根拠はなんなのでしょうか?


霊的起源説

精神世界の人なら「物質を超越した霊的なものに起源がある」と主張するでしょう。
霊的起源説です。

つまり、、、、

 人間というのは、本来は魂など霊的な存在であって、物質的な肉体ではない。
クンダリーニの起源は、その霊的なものにある。
また、人体には物質的な肉体を超越するクンダリーニが存在するということ自体が、人間とは本来は霊的な存在であることを示している

 、、、、ということです。


しかし、このような主張はやはり信仰を前提としたものです。
「物質を超越した霊的な存在」というのは客観的に証明しようがありません。

進化生物学的な根拠があるハズ

霊的起源説には、ほとんど意味がないと思われます。
ただ信仰を説いているだけに思われます。


 たとえ「人間が本来的に物質を超越した霊的存在であり、クンダリーニは霊的なものに起源がある」とした場合でも、この物理的な人体において生命エネルギーの体験がある以上は、それには神経生理・生物学的な根拠があるはずです。

もしクンダリーニといった霊的なパワーがあろうとも、この物理的な人体の神経生理の側に対応する活動がなければ、クンダリーニなんて存在しないのと変わらないからです。

そして神経生理・生物学的な根拠があるのなら、やはり進化生物学的な根拠があるハズです。

そういった生物学的な根拠はいったい何なのか?ということです。


 もちろんこの期に及んで進化を否定する人もいます。
現代の文明諸国で最低限の教育を受けていても、なお、進化を完全否定してしまうような人は、産まれる時に母親の胎内に頭のネジか頭蓋骨の中身自体を忘れてきたに違いありません。

ひょっとするとそういった人たちの数世代前の祖先は、まだ尻尾が生えていたり皮膚が厚くて毛深かったり、「ウホウホ」とノドを鳴らしてコミュニケーションをとっていたのかもしれません。

そもそも淘汰圧なんてあったのか?

 人体にクンダリーニのメカニズムが、進化を経て、備わるようになったというのもなかなか不思議なことです。

そもそも淘汰圧なんてあったのでしょうか?、、、、

 瞑想やヨガ、呼吸法他によって、クンダリーニ体験するような変異が生じた。
 クンダリーニの体験をした個体が環境への適応、生存・生殖に有利で、それ以外は淘汰されてきた。
 その長い進化の過程で、クンダリーニ体験に適した形質が人類において優勢なものになっていった。


 、、、、ということなんてあったのでしょうか?

ありえないですよね。


複合的な副産物説 ―― 候補

 そうなると人類に普遍的にみられる形質による複合的な副産物とするのが妥当なのではないでしょうか?


進化生物学という唯物的な視点のみでは、ようは、偶然の副産物ということです。

しかし超越的な信仰に熱心な人たちは、クンダリーニなど生命エネルギーによる意識-神経生理の体験内容を鑑みると「偶然にしては出来すぎじゃね?」と感じて、これは必然だ!と主張したいことでしょう。

偶然なのか必然なのかは客観的に証明のしようのないことです。


 さて、ではどういったものがクンダリーニなど生命エネルギーの体験に複合的に関わっているのでしょうか?

以下は、もちろんまったく根拠のない、私のただの直感によるものです。
進化の過程において以下に関係する脳・神経生理の形質が、生命エネルギーの生物学的なメカニズムに複合的に関わるようになったのではないかと、候補をメモしておきます。

意識(意志、精神、想像力、情操・情動、、、など含む)

性、生殖

・睡眠(夢見などを含む)や、意識の覚醒と喪失(睡眠など)やその意識レベル

他には、個体の成長・成熟や死へのプロセスなど。


【余談】オカルトの大言壮語

ちょっと雑談。

精神世界の中には「クンダリーニは人類を霊的進化させる神秘のエネルギーだ!」と大言壮語する人もいます。

これはどうなんでしょうか。

「進化」となると、クンダリーニがその「霊的進化」やらの方向へと、DNAの中の塩基配列に作用するということでしょうか?
なんか考えづらいですね。

生命エネルギーの実践や体験が、瞑想や食事、運動、ストレス、生活習慣などと同様にエピジェネティクスに影響するというのは考えられます。
しかし、塩基配列への作用、それも「霊的進化」やらの方向への作用となると、なかなか、今のところはトンデモ大言壮語としか言いようがないですよね。


他に古典的な大言壮語。
有名なゴーピ・クリシュナの著書『クンダリニー』より。

“クンダリニーを覚醒させる最も安全な方法が発見されて、肉体的にも精神的にもクンダリニーの覚醒者としてふさわしい高尚な人々が、自分の身体の上でその知識を実際に応用するようになると、人類は多くの心霊的、精神的巨人を輩出する時代を迎えることになる。
(彼らが)…… 神の司祭であるとともに政治を司る最高の職務を遂行しうるのである。”

ゴーピ・クリシュナ (著) 『クンダリニー 』中島巌 (訳)
平河出版社 2001

ゴーピ・クリシュナ氏は自らがクンダリニー覚醒体験をしたと主張しているわけです。
そして、そのおかげで詩作の能力が身についたなどとしているわけです。

…… でも、詩人としても大成したというわけでもないわけで、、、「心霊的、精神的巨人」とかって言われてもなぁ。。。