【アウトプット】自分を「ごきげん」にする方法 辻秀一
少し前に買っていたけど、読んでなかった本だ。
いわゆる積読になってきた本。
この本を読もうと思ったきっかけは小学2年生の娘だ。
最近よく怒る。
宿題がわからないとか、漢字がうまく書けないと怒り出して、挙げ句の果てにはネガティブ連発で
「できない!できない!できない!できないーっ!!!」
もう手がつけられませんで夫婦で困り果ててます。
そんな中、本棚に目をやるとこの本がありました。僕は娘の事は考えたくなくて本を読もうと思ったんですが
結局どうしたらいいか、娘とどう向き合ってたらいいか知りたかったんです。
幸せな人生は心のあり方で決まる
日本って暮らしやすいってよくいいますよね。
犯罪も海外比べて少ないし、平和だと言われることを聞いたことあると思います。
著者曰く、日本人はごきげんな民族だったそうです。
日本人はちゃんと列に並んで整列しますよね。
あれってなんでだと思いますか?
僕はみんなが並んでるからそうする、と思っていましたし私自身もそう思っていました。
でも、本当はそうじゃないんですって。
そうした方が自分が気持ちが良いからそうするらしい。
これは確かにあるなと思いました。
あくまで「自分が」いいと思うことをした時って、何とも言えないスッキリというかスカッとしか感覚になりませんか。。僕はなります。
そしてあのちょっと照れくさい感じが好きなんです。
そんな心でいれたらきっとみんなごきげんな毎日を送れるんだと思います。
認知
この本を読むうえで何度も見返したページがこの「認知」という言葉
なじみにある言葉は認知症とかでしょうか。
そもそも認知って何なんだ。
認知は物事に意味をつけること。
その意味付けは人間だけの特権である(恐らく)
ここばかり考えると「この仕事ってなんの意味があるんだろう」とか「この人の言っている事間違ってるよね、もう聞きたくない」とか「この店で買った方が得だよね」とか
もう脳は毎日フル回転しまくっています。
そして著者はこの認知が心を苦しくさせていると言います。そして人はそのことを潜在的にわかっている。古代の人間はこの認知を使っていのちを繋いでました。
もっと簡単に死が訪れる可能性があったからです。
自分より大きい動物が来たら死ぬかもしれない、
とか遠くに雨雲が見えたら大雨で流されるかもしれない。
そんなことを考え潜在的に認知はいのちを守るために恐怖や不安の感情が刷り込まれています。
意味付け
そして認知した事柄に人は「意味付け」を行います。
憂鬱な朝は朝はただの朝であって、憂鬱な朝という朝は無い。
この本の私が一番いい考え方だな~と思ったところです。
物事や事象はそれ単体で意味は持たない。
ただ、自身が意味付けしているだけっだってことを思えば、不安は幾分か飛んでいきます。
それを実感しました。
意味付けゲーム
ここからはゲームみたいなもんです。
憂鬱な朝を、まずはただの「朝」にします。
そこから○○な朝って何があるかな~と考えると
眠たい朝 清々しい朝 よく寝た朝 希望の朝 雨の朝 待望の朝
自分主観な意味付けをする明後日ネガティブが多くなりますよね。
ただ、この並びをみて、どんな朝がいいかって私は「清々しい朝」を選びます。
それでも朝はただの「朝」です。みんなに等しくやってきます。
この意味付けゲームは勝手に心の中でやることにしました。
まずは意味をはがす。そして好きな意味付けを行う。
これだけでなんかちょっとごきげんになりませんか。私はなりました。
3つの武器
自分が使えるのは「表情」「態度」「言葉」この3つだけです。
これらを使って自分をごきげんにしていきましょう。
無条件で自分がごきげんになる言葉ってありますか。
それを唱えることもなく、書き出すこともなく、ただ思う。
これで何時もちょっとごきげんになれますよ。
僕は何だろう。これは正直あまり浮かばなくて。
ちょっと前だったら焼肉!って即答してたと思いますが今はそうでもないし、
ビールもちょっと違うし、子どもの顔が一番と言いたいけれども怒るときもあるし
もしかしたら本かもしれない。
ちょっとこれはもうちょい考えます笑
まとめ
結局娘とどう向き合うのか
この本を読んで実践するまでになぜか娘のイライラが止んでます。
いいような肩透かしのような感じですが、それはそれでいいんです。
最近仕事関係で尊敬する人が居ます。
まだ若い方なんですが、本当に機嫌がいいんです。そして冷静な方で人当たりも良い
機嫌がいい人は周りを幸せにするなと思いました。
まずは、自分が機嫌よくなる。
それには、まず自分の感情や思いが認知によるものであることを認識して意味付けをはがす。
無理やりではなく、自分の機嫌が良くなることを考える。
もうそれだけで多分笑顔になっているはず。
そんなことを教えてくれた本でした。
さて、眠たい「夜」ではないけどもう寝ます。

