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祖父とスナック。

祖父は今年89歳になった。

昨年、祖母が亡くなり、元気のなくなっていた祖父を励まそうと月に一度、電車で20分ほどのところに住む祖父の家に遊びに行くようになって、1年ほどになる。
はじめのうちは
「ママ(祖母)が、寂しいからはやく来てって呼んでるんだよ」
と、口癖のように言っていた祖父が、2か月前から急に禁煙をしはじめた。
生きる気持ちが前面に出ている。いいぞいいぞ。

 60年以上煙草を喫み続けてきた祖父が、いまさら禁煙したとてと思うし、かえってストレスたまるんじゃないかと心配していたのだけど、どうやらいまのところは

「のどがねぇ、きれいなったみたい。すぅーっとしてねぇ、すっごく調子いいの。ごはんがおいしくて。いっぱい食べちゃう。寝てる時にもねぇ、痰がからまなくなったし。あと、カラオケもねぇ、まえは途中で苦しくなっちゃってたんだけどねぇ、だいぶ歌えるようになったよ」

と、体調もいいようだし、ストレスもそこまで感じていないようだ。ちなみに、過去の禁煙チャレンジは最高3日間で、その時は、すぐイライラして祖母に当たるもんで、祖母に「たのむから煙草吸ってちょうだい」と言われたそう。それを聞くと、2か月禁煙が続いているのはかなりの記録と言える。

 祖父が禁煙継続の一端を担っているカラオケを歌いに行く場所は、まさにTHEスナックといったかんじのお店『F』。
祖父が商売をしていた現役時代はまさにバブル絶頂の時だったので、近所には何十軒とスナックがあって、祖父にも行きつけが何軒もあり、あちこちにボトルを入れていて、商売をしていた商店街の仲間たちと毎日のように宴を繰り広げていたらしい。当時それだけあったスナックも、今はもうほとんど残っていなくて『F』は唯一営業してくれている貴重なお店だ。祖父も現役を退いてから何十年も行っていなかったそうだけど、わたしが遊びに行くようになって、ふと思い出し、それから一緒に連れて行ってくれるようになった。

 月末の日曜日、わたしは祖父の家に行く。祖父は満面の笑顔で
「待ってたよー」
と、出迎えてくれる。そして、夏場は冷蔵庫で冷やしておいてくれていたおしぼりを(冬は電子レンジで温めて)差し出してくれる。わたしが仏壇の祖母に手を合わせている間に祖父は牛乳珈琲(祖父は珈琲牛乳ではなく牛乳珈琲と言う)を温め、クッキーなど軽めのお菓子と共に、出してくれる。
 それから祖父の趣味である競馬の番組を一緒に見る。祖父曰く、競馬はボケ防止にいちばん良いらしい。毎週、予想をすることで頭を使い、日曜日にはJRAまで馬券を買いに行くことで足腰の運動になっているという。
 競馬の結果は良くても悪くても祖父は必ず
「あ〜楽しかった」
と、言って笑う。わたしも楽しかったねって笑う。

 競馬が終わると、一駅となりにあるこれまた祖父の昔からの馴染みの寿司屋さんに行ってビールと熱燗と共にお寿司をいただいて、寿司屋の大将と競馬の結果を報告し合う。

「じゃあ、1時間だけ『F』に行こうか」
と、祖父が言い、わたしたちは歩いて『F』へと向かう。

 スナック『F』
深紅のベロア調のソファ、吹き抜けの高い天井からさがるシャンデリア、1人用の小さなステージ。客層は、わたしよりは歳上で、祖父よりは若そうで、おそらく全員が近所に住んでいる昔馴染みの人々。
ママは祖父よりすこし若いらしく、おそらく80代ではあるけれど、いつもきれいに髪を整えてお化粧をして、ドレスアップしていて素敵だ。明るくて朗らかで可愛らしい。あんな風に年齢を重ねられたらいいなと思う。

 祖父は歌う。
チョーヨンピルや杉良太郎や小林旭を歌う。

 わたしも歌う。
太田裕美やらイルカやらを歌う。

 ママはお酒を注いだり手拍子したり踊ったり。

 ほかのお客さんも歌う。
ジャガーズやらレーモンド松屋やら若原涼を。

 そして〆は祖父と2人でオヨネーズの『麦畑』を歌う。

 祖父が楽しそうにしてくれていることは何より嬉しいけれど、正直、無理させてないかな、と不安にもなる。
帰り道、突然、行進をするように脚を振り上げて
「ほら、まだこんなにしっかり歩けるよ」
と、アピールしてくれるもんで、わたしも
「おーすごいね!元気元気!」とノるのだけど、内心は、
「あわわ、そんなに勢いよく脚上げて、転んだら大変よ、あ、あぶないよぉ…」
と、ひやひやしている。


 自己満足かもしれないなぁとも思う。祖父が楽しんでくれているって思うことで自分が満足したいだけなのかもしれないなぁと。
でも、もういまはこの日々ができるだけ続いていけるように、でも祖父が無理をしすぎないように、わたしにできることをやっていきたい。
祖父がもしこの先、外に出かけるのがむずかしくなったら、お寿司はテイクアウトをして、歌はアカペラで歌おう。

 近ごろは母(祖父からすると娘)も、来てくれることもあり、祖父はますますご機嫌だ。

 先日、実家で写真の整理をしていたら、祖父と祖母とわたしの3人が写っている写真が出てきた。どうやら2001年ごろの3人らしい。みんな若い。

 次、祖父に会う時に見せようと思う。

 喜んでくれるかな。