『ぷりもぴあーの』という酒場
序章
『ぷりもぴあーの』
Primo piano
意味はイタリア語で建物の2階の事
直訳すると最初のフロア=1階となるが、
ヨーロッパ圏では、地上階が0階 = ground floor となるため、
日本でいうところの2階の意味。
所沢駅の西口に出ると
北側に当たる右手方面に伸びる商店街がある。
「プロぺ通り商店街」地元の人は〝プロぺ〟と呼ぶこの道を抜けて
一番古いタワーマンションを左手に見ながら過ぎたところに
〝根岸の交差点〟この変則の4差路を
さらに西にカーブしながら緩く下る道を数十㍍ ほど行った右手に
「盃横丁」という、まだ昭和の匂いを残す飲み屋街がある。
その入り口の2階に『ぷりもぴあーの』はあった。
ワンフロア上がった
地に足がついてない?
何が嘘か
何がホントか
わからない10坪程度の
小さな世界
まぁ
呑み屋なんてものは
大概そんなもの なのかもしれない
ここで
日常に起こる
お客さんとの会話
呑みのなかの笑い話
真面目な話
たくさんの法螺話
そこに来る者と
そこに居るもの
そこと繋がっているもの
そこから広がる物語
『秋田小町』
あやのちゃんの話
仕事帰り夕飯作るのがちょっと面倒に感じちゃうときってあるよね。そんな気分の時にふらっと寄って、マスターに「今日は○○が食べたいな」なんて言うと、ちゃんと思っている通りのものを作ってくれる。キムタクが出ていたドラマの『HERO』に出てくるあの店のマスターみたいに「あるよ」と同じような感じで、「あいよ」とか「うぃーす」なんて返事でね。どっちが先だか、俺は知らないけど、ここで働きだしたころには既に、こんなやり取りが、この店では普通だった。はじめはメニューに書いてある料理の名前と内容覚えて、聞かれたら答えられる心構えで、マスターに「これはどんな料理ですか?」とか聞いていたのだが、あまり意味がないって気付くのにそう時間はいらなかった。ここに来るレギュラーの常連さんは、まずメニューを手に取ることはないし、たまにくるお客さんも黒板のおすすめみて、そこからの構成は俺やマスターとのやり取りで決まっていくのが通常のパターン。たまぁに来る初見のお客さんくらいかな?メニュー手にする人は。
っま、そんな感じで、子供のころ家に帰って「母ちゃん今夜はハンバーグがいいな」とか勝手なこと言っても、「何言ってんのよ、もう肉じゃが出来上がるんだから、カバン置いて手洗っといで」なんてリクエストに応えてもらえないのが当たり前で、帰り道に食べたいものを想像しようとも、まずそれにありつけるなんてことはそうそうなかったわけだ。
だが、ここ『ぷりも』に来れば、そんな願いもそこそこ叶えられたりするようで、幼少期のリベンジだかは知りませんが、リクエストをもってご来店のお客さんが今夜も階段あがってくる。
カラ~ン
扉が開くと、あやのさんがいつものようにちょっとハニカミながら、胸元で右手を二回ふり軽い会釈という控えめなしぐさで「こんばんはぁ」と空いたドアから顔をのぞかせる。確かめたことはないが、ほかの常連さんの話では40をちょいと超えているらしい、見た目は30歳そこそこ。黒髪ロングに細身のスタイル、そんな少女っぽいしぐさも違和感なく、可愛いを地で行くタイプ。
これが男性に対してだけだと「あざとい」とか言われて、女子ウケは低評価となるのだけど、性別問わず控えめな対応で、服装もだいたいシックな色合いのフェミニン系。いつも優しい笑顔と相槌で話を聞いてくれるタイプ。そんなあやのさんを悪く言うような人は、この店にはいないんじゃないかな。
時間は午前0時過ぎ、あやのさんはこの店の裏に事務所がある、ホテルなどに行ってお客さんに〝夜の大人の接待〟をするデリバリーヘルスを生業としている。いわゆるデリヘル嬢だ。家に帰って、これから作って食べるにはめんどいし、コンビニ弁当の気分でも無し。それじゃ、軽く1~2杯とつまみプラスの軽い食事でも。ってとこかな。
「とりあえずビールと、うーん、マスター今日大根ある?」
「うい~っ、ブリと煮込んだのと、その残りはそのままあるよ」
「うわぁ、ブリ大根も魅力的。だけど今日は大根サラダ食べたかったのぉ。作ってもらえる?」
「あいよー」
マスターそう応えると、もう手には3分の1の大根と包丁を手にしていて、かつら剥きっていうんだっけかな?するすると薄く皮を一周分剝き切って。5ミリ角の格子状にカットして、軽く塩ふって水出し。レタスちぎってキャベツの千切りとルッコラを皿に盛って、その上にさきの大根をを山にして乗っける。ぷりも特製の胡麻ドレッシングをかけて、最後にあらかじめ作って冷やしてあった大根の葉をツナと一緒に炒めてごま油を利かせたものをトッピング。リクエストの『大根サラダ』の出来上がり。
あやのさん、ビールをまだ二口ぐらいかな、隣の席に座ってた顔見知りの寛雄さんと、お疲れ乾杯の流れで会話しているところへ、カウンター越しにマスターが皿を置く。
「お待たせ」
「ありがとーマスター」と嬉しそうな笑顔のあやのさんに、笑顔で返すマスター。
「この緑のは大根の葉っぱですよね?」
「そうそう、見事な葉っぱ付きだったから、ツナと一緒にごま油で炒めて、いろんなトッピングに使おうと思って作っといたんだよ。ちょうどいいんで、さっそく使ってみました」
「あぁ、懐かしいなぁ。よくお母さんもそんなの作ってくれてたなぁ。お魚とだったり、ひき肉と一緒に炒めてたり。それがお弁当のご飯の上に乗っかったりしてたっけ」
「あやのちゃんの『おふくろの味』なんだね。出身てどこだっけ?」と寛雄さん。
「秋田。しかもすっごい田舎」そう言いながら、大根サラダをつまむ。
「わぁこのドレッシングと葉っぱの炒めたのがすごく合う~。美味しい」
マスター左の口元あげながら「んンッ」と笑顔で返す。これ、褒められたりするとよくやるマスターなりの「ありがとう」のしぐさ。いい歳してちょい照れ屋なんだよね。(笑)
そんな風に見ているのを悟られたか、カウンターの中から手招きされたので、戸惑い気味に中に入ると、シンクの横あたりを指さすマスター。カウンターのお客さんからは見えない死角になる場所。そこには小皿にこんもりと盛られた大根サラダのミニサイズ版。味を見とけってのと、バイトの俺の賄までの繋ぎ。
「うん、間違いなくおいしい」さすがマスター。
それから数日後のこと、あやのさん今夜はちょっと遅い深夜2時のご来店。いつもよりもやや硬い笑顔、手には小旅行にちょうど良いくらいの大きさのキャリーバッグを引いてご来店。
「どこかお出かけだったんですか?」の問いに、微妙な顔色。お母さんが調子悪いとのことで、急に実家に帰らなくてはならなくなったらしい。あさイチの大宮からの新幹線のチケット取ったので、新秋津始発の武蔵野線に乗るために、ここで時間潰そうと思ったらしい。
様子がいつもより固い感じ。笑顔でほかのお客さんと会話しているけど、ふとした時にちょっと上の空な無表情。
寝坊しちゃいやだから、とか言っていたけど、一人でいると耐えきれない気持ちになっちゃうから、来たんだろうな。急に帰らなくちゃならないくらいの状況って・・・
お母さん、あまり良くないのかな?
4時半すぎ、
「マスター、タクシー呼んでもらっていい?」とあやのさん。
ほどなく来たタクシーに乗って、結局は新秋津ではなく大宮まで行き、そこから新幹線で秋田に向かったらしい。
2週間ほど経って、久々にあやのさんのご来店。いつもは働いている店のほか子みたいに派手なわけではないけど、それなりのブランドの服をうまく着こなして、品のいい大人の女性感を演出しています的な服装なのだけど、今日は、柄の入ったニットの帽子に、こちらもニットのオフホワイトの上着とデニムのひざ上丈のスカート。下には厚手の黒タイツに赤いハイカットのコンバース。
いつもの大人コーデとは違う、ガーリーなコーデ。
彼女を知っている常連はみな違和感ありありだった。
「っお、あやのちゃん今日は何か雰囲気違うね」とか
「なんかいつもよりカジュアルだね?どこか遊びに行っていた?」
とか、いつもなら軽いツッコみあってもおかしくないのだけど、
誰もそれをする人はいなかった。
だって、あやのさん、あなた顔は笑顔作っているけど、みんなそれはわかっているけど...。
その大きな瞳がさ、ちょっとなんか言ったら泣き出しそうなくらい、今にも涙が溢れでそうなくらいな、食いしばった目しているものだからさ。
ちょっと前に急に実家に帰ったってことを知らない人たちは、その空気をまた通常のものに戻して、いつものように自分たちの会話になっていた。
一方、秋田に帰った日にはいなかったが、日々の店中での噂話でそれなりの状況を知っているカウンターの常連たちは、いつもの感じと違う雰囲気と、その表情で、なんとなく察したようで。あやのさんの態度に合わせて静かな笑顔で通常な雰囲気を保ちながら迎え入れ、カウンターの真ん中の席をそれぞれ左右にずれたりして空けて、席を作った。
そして皆が「誰かなんか切り出してー」って思っている表情。
いち早くそれを感じとったのは、ほかでもなく本人のあやのさんだった。「こないだ秋田帰ったじゃないですか。実はさっきこっちに戻ってきたんですよ。なんだかんだ2週間。そう・・・なんだかんだで」
やばいもういつ瞼のダムが決壊してもおかしくない。
「向こうに着いて3日・・・・・・お母さん逝っちゃった」
聞いていたみんな、声にならない「そうだったんだね」の相槌、静かにゆっくりと頷く。
そして少しの沈黙がつづく。
「きっと待っていてくれたんだと思う。こっちでの生活いつも心配していてくれて、今の仕事もわかってくれていて、だから自分の死に目に会えない後悔させたくなかったんだと思う。そんなときに、お客さんと一緒にいた。なんてことになったら、私がずーっと後悔しちゃって、引きずっちゃうだろうって。別に今の仕事を下げてみているわけじゃないけど、そうだったかもしれないなって。思う」
あやのさんは静かだけど力強く、一言一言、言葉を並べた。ここにいる皆に、というよりも、亡くなったお母さんに感謝の辞をつづるように。
そんな思いを声にしたかったんだろう。
「みんなでさ、献杯させてもらってもいいかな?」と誰かが言った。あやのさんは、優しい笑みで「ありがとう」と瞼を閉じてうなずく。皆静かに手元のグラスやジョッキを翳しあった。
「母親ってさ、ずーっと母親なんだよね」
「遠くにいても、いっつも気にかけてきてさ」
「いい歳してるのに、もう子供じゃないから大丈夫だって、うざくなる時もあるけどね」
「そりゃ、お前の母ちゃんなら、いつまでたっても心配だろうよ」(笑)
皆そんな空気察しながらの相槌で返答しつつ、少しずついつものバカな会話にシフトしていく。
あやのさんの瞼は限界水域で止まった様子。しんみりしすぎた雰囲気にしないのは、カウンター組のファインプレー。
「みなさん、お気遣いありがとうございます。やっぱり〝ぷりも〟来て正解だったな。初七日まで済ませて、慌ただしかったけど、そのあと何日かは少しゆっくりして、もう大丈夫って思ったつもりで戻ってきたけど、結局向こうでは、一人になること無かったからかな。こっち戻って、部屋に一人でいたら、なんか・・・ね。で、ここ来ればってね。お土産も買ってたし」
と秋田銘菓の『金萬』と『いぶりがっこ』をさしだす。
『金萬』は、秋田定番の土産。卵の入った白あんを蜂蜜と卵をぜいたくに使って作られたカステラ生地で包んで、ふっくらと丁寧に焼き上げられたお菓子。とウェブ検索で誰かが調べてくれた。あやのさんが持ってきてくれたのは、キティちゃんが焼印されているバージョンのもの。
その場にいたお客さんに、おすそ分けされた。
その晩は、あまり暗い雰囲気にならないように、皆が程よく盛り上げてくれたので、あやのさん、寂しくない夜過ごしてくれたかな。
そうやって少しずつ日常戻していくもんなんだ。ってあやのさん帰ったあと誰かも言っていた。
ちなみに『いぶりがっこ』は次の日から、スライスしたものにクリームチーズを重ねたつまみとなって、おススメとして黒板メニューに書かれていた。マスター流石っス。
それからまた何日かしてあやのさん。今日は早番だったのかな?19時とか、早いご来店。
今日のコーデは、上はネイビーのパーカーにノースリーブのダウン、下はスキニージーンズにモコモコのブーツ。と、やはりガーリーなコーデ。
なんだろ?実家にしばらくいたし、いろいろあって感覚が戻ってないのかな?実家にあった着られる服持って帰ってきて、それで気持ちもあれだからかな?なんてこないだは思ったけど。
ちょっと今までのあやのさんとは違っていて、やはり違和感は否めない。むろん、似合ってないわけではないのだけど。
早い時間なので、カウンターには常連のりえさんがひとり。りえさんとあやのさんはカウンターで一緒になると話はずむ同世代の仲良しメンツ。昔のテレビの話とかで盛り上がっていることあったな。
そんなりえさん、あやのさん入って来てから、一つ席を空けた横の席に座るまでロックオンでずーッと見ていて、そのあと、マスターと目を合わせると、二人ともちょんっと軽く瞼を閉じて何かをアイコンタクトで確認。
ん?二人ともどうかしました?
そんな二人を視界に入れながらあやのさんのオーダー待っていたら、
りえさんが「あやのさん、お母さんて東北だし呑むのはやっぱ日本酒?だった?」
あやのさんも「?」な感じながらも
「私がお酒好きなのは両親ともにお酒好きだったからかな?お母さん、日本酒も好きだったけど、赤ワインのほうが好きでした」
「んじゃ、香典代わりに」ってマスター、ワインセラーに行って、ボルドーを持ってきた。まぁぷりもにあるものだから格付け1級ではないけど、なんだか有名なシャトーのサードブランドみたいのこと言っていた、そこそこいいやつ。
ソムリエナイフだしながら、オレにグラスを二つ持ってくるように言ってきた。下戸のマスターが一緒に飲むわけないのに・・・?
クイックイックイッ
キュッキュッキュッ
ポンッ
綺麗にコルクを抜くと香りを嗅いで、剥いたラベルの上にコルクを置く。
用意しておいたグラスは、
一つはあやのさんの前に
もう一つは隣の空いている隣の席の前に置かれた。
トクトクトク
トクトクトク
とそれぞれについで、
「どうぞ」とその二つの席の間にボトルを置く。
まるでお二人様のお客様の間に置くように。
あやのさんも一瞬戸惑っていたけど、りえさんが立ち上がって、その隣の席の椅子をちょうど一人座れるくらいそっと引いた。自分の席に戻り際、あやのさんの耳元で何かささやいた。
その言葉であやのさん何かを察したというか、納得したというか。自分の前のグラスを持ち上げると、そっと隣の席に置いてあるグラスにちょんって当てて、
「・・・・・」
唇が何かをささやく。
何を言ったかは聞こえなかったけど、すごく優しい目で、何かを語りかけて、クイっとグラスを傾け口元へ。
っあ
なんかちょっとエロティシズム感じちゃいました。
仕事中なのに不謹慎でごめんなさい。
で、ふとそんなアホ面を見られてないか?って、りえさんやマスターのほう見たら、
ふたりとも目線は、空いている席のほう見ていた。瞼をゆっくり一度閉じてた。あいさつでもするように。
えっ?何ですか?
戸惑う俺をよそに不思議な時間が流れた。なんか冬の雪の中のようにピーンと一枚の空気の幕が張られて、冷たく感じられそうな空気感なのに、そんな寒さとは真逆の暖かい何か薄いベールに包まれているような。
しばらくして、あやのさんがワイン二口ほど飲んだころ、マスターが、「光太、そのグラス、あやのさんに許可貰ったら飲んでいいぞ。そのワインそうそう飲めねえから」って、なんかわからないけど棚ぼたラッキー。
「っあ、マスター、ちゃんとワインのお代は払いますからね」とあやのさん。
「気にしないで大丈夫。こないだ貰ったお土産の『いぶりがっこ』おすすめメニューにして、そのはワイン代くらい回収済だから」
おぉ、そういう事か。マスター流石っス。
ってことであやのさんも、OKくれたんでボルドーありがたくいただきました。
「あやのちゃん。あたしも貰っていい?」と、おぉ、りえさんも流石っス。
そのあとはまた、続々と常連さんきて、あやのさんの隣の席にも、カウンターの常連さんが座り、いつものわいわいした雰囲気。そのまま朝までコース。
その日はそのまま疲れて帰って、次のバイト日。あの夜から2日後。
あやのさんもその日以来のご来店、だいたい2-3日にいっぺんはいつものペース。
半分開いたドアからちょっとハニカミながら、胸元で右手を二回軽くふる程度の控えめなしぐさで「こんばんはぁ」とご来店。
今夜は、クラシカルなチェスターコートに首元緩めの濃い緑色のオーバーサイズニット、下は黒のロングのタイトなスカート。メイクも目元きりっとさせてまつ毛もクルっとして、しっかり大人コーデに戻っていた。
っお、いつものあやのさん。いつものカウンター席へご案内。
そのまま通常通り仕事していましたが、なんかね、先日のこと、ちゃんと答えが知りたくて、カウンターの雰囲気が落ち着いて、マスターの手も落ち着いたころ合い見て、
「あやのさん、なんか服装戻りましたね」ってなんとなく切り出してみた。「なんかね、こないだここに来るまで、ねっ、・・・なんかねぇ。実家にしばらくいたせいもあったと思うんだけど、なんか、こうさぁ・・・ちょっと子供っぽい服を選んじゃってたよねー」
「っあ、ぜんぜん子供っぽいとかじゃないけど、メイクもナチュラル系だったし、いつもの、今日みたいな感じとちがって、ライトっていうか、女の子っぽかったっていうか」
「ごめんね、おばさんが〝子〟っぽい恰好しちゃって」
「いや、その・・そういうわけじゃなくて。似合っていましたよ、可愛かったっすよ」
「うん、可愛かったよ」とマスター、ナイスフォローっす。
「あれっマスター光太くんは、知らないの?あの話」
「そう言えば 、光太には特に話さなかったっけ(笑)あれはな・・・」
あの話っていうのを、マスターが説明してくれた。
実は戻ってきた最初の日から、あやのさんと一緒に〝お母さん〟が来てたらしい。マスターは、はっきり見えたわけではないらしいけど、感じるものがあったらしかった。たまたま、その次の日ご来店した、そういう霊感的なものがある、りえさんに話してみたんだって。「実際に見てみないとわからないけど、話の感じからすると多分ね」ってことで、うまくタイミングあったのが、あの日。
それで、あの〝アイコンタクト〟だったわけか。
お母さん、自分のことで気落ちして、あやのさんが元気なくならないかって心配して、憑いてきていたんだって。
で、そんな風に傍に「母」がいたものだから、あやのさんが、っていうかあやのさんの魂が、その空気を感じて「子供」に自然となってしまっていたんじゃないかな?って。
あの日あやのさんは、りえさんがそう耳元で教えてくれて、驚くよりもそれが普通に「スーッと」しっくりと受け入れられたらしい。なんかホントに隣の席にお母さん居る感じがして、こうやって優しく受け入れてくれる人たちが、今の私にはちゃんといるから
「大丈夫だよ。ありがとう」
っていってグラスを合わせた。とのことだった。
そのあと、いつものぷりもの雰囲気で、
気に留めて気遣ってくれるひと。
元気づけようと声をかけてくれるひと。
関係なく楽しく遊ぶ仲間。
そんな風な場所で、楽しそうにしているあやのさんをみて、お母さん、ちゃんと行くべきところに行ったんじゃないかな?って。
その次の日仕事の準備してた時には、服を選ぶ時もメイクをするときも、特に考えてもいなかったけど、以前のようにもどっていたらしい。
なんだかね、しっかりとは見えないというけど、たまーに、そんなこと言うんだよね。うちのマスター。
「そういえば」ってあやのさん
母の葬儀の時に親戚のおばちゃんと食事用意してくれたとき「例の大根の葉っぱ」のやつ出てきたらしい。
「うちの実家辺りは、冬は雪の中に大根とかほかの野菜も埋めて、食べるときに掘り起すんですよ」って
それで、こっちでよく行く店のマスターが作っていて、こないだ食べて懐かしいって思っていたところなの、って話したら。
「東京もんのつくるもんより、うめぇべ」って「埼玉だっていうのに」何度言っても東京だって。そんな話で盛り上がったのを、親戚のおばちゃん覚えていて、いっぱい作ったからって、ほかの荷物やらと一緒に送ってくれたそうだ。
「食べましょ」ってあやのさんがタッパー差し出してくれると、すかさず「じゃあ、ご飯でも炊くか」ってマスター準備はじめる。
1時間後、炊きあがった「あきたこまち」と雪の下でうまみを蓄えた大根の葉の和え物は、その日来ていたお客さんにふるまわれ、その炊き立てのご飯の分だか何だかわからないけど、いつもよりちょっとだけ暖かな、ぷりもの夜は更けていった。
朝、珍しく定時?の閉店。マスターはまだなんか仕事していたので、お先に上がらしてもらって店を出る。まだ肌寒い。
薄ら明るくなってきた東の空を見ながら、ふと、おふくろの顔が頭に浮かぶ。
「ん~久々に実家に電話してみっかなぁ」
『ボナペティッツBon-appetit(S)』
がっちゃんの話
ボナペティッツBon-appetit(S)
甘露の雨の恵み。雫のリズムを召し上がれ。
タトトト・タトトト・タトトトン・・・トテン
トッテン・トッテン・トットト・テンテン
トントントトトン
タタタタトトン
ポッポポポポポ
テッテッテッテッテ
タンタンタン
トンツトト・タン・トンツトト・タン
奏でているのは、がっちゃん。今日もがっちゃんは雫を落とす。
今夜もひとり『ぷりもぴあーの』を訪ねる者があり、ここから広がる物語がはじまる。
タンタンタンタタタ。今夜も誰かが階段を上る音。上りきったすぐ左手のドアが開く。
カラ~ン。
がっちゃんのご来店だった、今日は一人。珍しいこともないが、最近は仲良い連中と一緒か、彼女の美音ちゃんと一緒のことのほうが多い。人見知りって訳ではないけど、自分から話しかけていくタイプではないので、誰かいないかな?と、話し相手を求めて来るお客さんが多い〝ぷりも〟では、タイミングによってはひとりの世界になる場合もある。今夜は店の備え付けのテレビで流れている今日最後のニュースに目をやっていた。まあ、それでも彼の頭の中は、その周りのやり取りや会話から何か想像をふくらましているのだろう。ビールとピザと一緒に楽しげに、この場の空気感も味わってくれているようだ。
がっちゃんは「須弥山念形師家元」の肩書で活動するアーティストさん・・・何???って感じだけど、元々は彼独自の感性で創られる念形という、人形などを手掛けたり、その世界観から生み出される空間をプロデュースしたり、と日々創作活動が生業の生活をしている。
須弥山というのは、古代インドの世界観の中心にある山の名前。
山の頂上には神がいて、人間のいる世界は、この山のすそ野に広がっている。神がいる頂上手前のまだ少し煩悩が残っている辺りを『有頂天』といったり、その大地の果てを『金輪際』といったり、その所以は知らずに使っている言葉がこの須弥山の世界感からきていたりもする。古くからこの世界観を現した宗教画や、そこからの想像を描いた絵などもどこかで見たことあるんじゃないかな。
そこにインスピレーション感じたがっちゃんは、念を宿した人形=念形というものを創りだし、念形師と名乗るようになったとのこと。
がっちゃん作の、黒い蛇腹のパイプを絡ませて、通常の人間よりも大きめの二足歩行型のオブジェが所沢のとある施設に飾られてる。人間がそれをボディスーツとして着て、宇宙空間にでも出られそうな。はたまた腐敗した巷にあふれる醜い争いをぶった切る現代のヒーロー?人々の絡まりあったゆがんだ感情が具現化された異形の生物?きっと見る人の気持ちでいろんな姿に見えることだろう。
そして、このオブジェは息を吹き込むことによって、スイス山岳地の民族楽器、あの馬鹿でかい煙管みたいな形のアルプホルンのような体の芯に響く重低音を鳴らす。響き渡るその音は果てなる宇宙の、まだ知らぬ仲間への招待状なのか?悪を浄化するヒーリングボイス?はたまた鬱積した感情の声にならない魂の叫びか?
所沢に来ることがあったら一度お試しあれ。
彼が作り出す作品たちは、その独特なフォルムも目を引くのだが、そこに音=サウンドを絡ませるのがこだわり。その頭の中にはさらに先にある究極のスタイルが見えているのだろうか。何かの折にそのあたりのことを誰かが聞いていことがあったけど、
「そもそも究極といわれる果てがあるのかな?行きついたつもりでもお釈迦様の手のひらだったりね」
なんて、いつもの優しい目の笑顔で応えていたのを聞いたことある。流石、須弥山念形師らしい思考。彼の中では、そんな世界感なのだろう。ともかく聞くたびに進化する音の世界は、心をワクワクさせられ、ドキドキして、違う世界に引き込むような感覚となり、やわらかい何かにやさしく包み込まれるような気分をも味わえる。そこに触れた者には、ヒーリング効果抜群のこと請け合い。
そんながっちゃん、さっきまで歌舞伎町にいたらしい。美音の部屋に行ったけど、いなかったとのこと。心なしか、ちょっと寂し気。
新宿歌舞伎町、近年、都や新宿区が進めている、街の浄化作戦というのが進み再開発中。見た目はきれいになってきてはいるが、目に見えないところはどうなっているのか、遊びに行くだけの一般市民にはわからないもの。とはいえ今日もサイレンの音がどこからか聞こえている、パトカー、救急車と。そして酔った若者達が楽しい気持ちのボリュームを抑えきれず発する大きな声。多様化する世間の様々なニーズにこたえるお店へと誘う呼び込みの声。浄化運動推進派の皆さんには申し訳ないが、なんだかんだ言っても、歌舞伎町にはこの喧騒が似合う。
「この街の音の・・・ハーモニー・・・表現するには・・・」独り言つぶやきながら、行きかう人をすり抜けるがっちゃん。頭の中は音と表現方法のことでいっぱいのようだ。
歌舞伎町に来たのは、特に何か目的があったわけではなかった。
大久保に住んでいる美音の部屋に行った後だった。今日はデートの約束の日で、アパートに迎えに行くことになっていたのだが、部屋にはいなかった。アパートの前でしばらく待ってみたが、他の部屋の住人に訝しげな眼で見られたので、いったん退散。電話も出ないし、LINEも既読が付かない。
まぁいつもの事、おおかた、昨夜飲みすぎて友達の家にでも泊ったまま寝てしまっているのだろう。先々月もそんなことがあった。
夜中あたりに「ごめんなさい」ってLINEが入って来るだろう。
まぁいつもの事。
そんなわけでぽっかり予定が空いてしまって、どこへ行くともなく、ぶらぶら歩いていたら、なんとなく歌舞伎町に流れ着いた、といったところであった。
西武新宿駅脇のガードレールに腰を預けて、スマホに目を落としてみるが、美音の既読も着信も無かった。そのスマホ越しに、歩道を行きかう人たちの足元が右から左からと休みなく流れていく。何の気無しに見ていると、そのステップがリズムになってきた。
タッタッタッタッタッタ
トコトコトコトコトコ
カツカツカツカツカツカツ
コッコッコッコッコッコッ
ズッズッズッズッズッズッ
はいている靴の形状・素材。歩幅、スピード、力具合、道自体の状態も相まって。その音は千差万別。
人が歩く音だけでもこんなに違うんだ。当たり前だけど、改めて耳を傾けていると面白くなった。しばらく見ながら音に集中。
ふと、ちょっとした暇つぶしを思いついた。
目の前の歩道の視界に入る範囲の3メートルほどの幅を5列に分けてみる。そこに入って来る人たちの足音のフレーズだけを切り取って聞いてみることに集中してみる。
「あぁやっぱり・・・」
中々きれいに〝ハマる〟ことは無かったが、その〝ハマる〟瞬間が稀にあった。面白い。
さらにこの暇つぶしゲームのルールを変更、音を認識する幅を50センチに狭めてみる、アーケードのゲームにある、横スクロールするポイントに合わせてボタンを押すとそれぞれの音が出る、あの太鼓を叩くゲームとイメージを重ねてみる。目の前に通る人がこのラインを超えるときに音を鳴らす。それぞれの列で音を決めて脳内変換してみる。
「・・・なるほどなるほど・・・ふふふ」
そんなことを想像していたら、だいぶ時間が過ぎていた。
見ている先の歩道に
ポツ
ポツ ポツ
降り始めた雨が落ち乾いて消えた。
ポツ ポツ ポツ
ポッ ポッ ポッポポポポポポポ
だんだんその水玉模様は乾く間もなく濡れそぼったアスファルトになっていく。早足になる靴音とだんだん強くなる雨音。
「っあ‼」
ボナペティッツの〝卵〟が産まれた瞬間だった。
ボナペティッツ
がっちゃん発明の楽器。上から下へと水滴が落ちる音を楽しむ器具。仕組みは単純だけど、そこにがっちゃんフレーバーが足されることで、そのリズムは多彩な音色を広げる。
構造は上部に水をためるユニット、その底の部分に小さな蛇口のようなバルブが付いていて、そのバルブを開けると水が滴る。バルブの閉め具合で水滴のテンポ調整ができる。
そうそう、点滴したことある人ならわかるかもしれないけど、あれと似たイメージで、落ちるペース=リズムを調整する感じかな。
因みに、点滴って、投薬量によって滴下速度っていうのがあるらしい、看護師さんが合わせたものよりペースを早くしたりすると、モノによっては軽くトリップできたりするんだけど、責任持てないから試すなら自己責任でお願いしますね。失敗するとバッドトリップになったり、看護師さんに怒られたり、ね。
下部には落ちてくる水滴を受けるユニットが、そこに落ちてくる雫を拾い、その落ちた瞬間や弾け広がる音を感じ、楽しむというもの。狭い空間ならそのままで、広い空間であれば、マイクを仕込むことによって音を広げることもできる。
そして、その蛇口の操作、受けユニットの素材で音色や音階が変わるという仕組み。
さらに、そのユニットを組み合わせることで、雫の音が、単なるベース音だけでなく、バンド音になり、オーケストラにもなる。
昔、ドリフの「8時だよ全員集合」で雨漏りのする家で、その落ちる箇所にバケツや桶、タライなどを置いてリズムを出してたコントがあったんだけど(これ分かるのは50歳以上だろうね)あれは、作った雨音だったけど、ボナペティッツは本物の水滴の音を操る。
その多彩さもすごいと思うが、単純に水の音に耳を傾けていると、体が楽になる感覚って無い?
雨の日に窓辺で雨音や、傘に当たる雨音。浜辺で波音を聞いている時、川辺でのせせらぎ。何かさ、無条件で癒される感覚ってあるよね。
人間の体の60%は水分で出来てるわけだから、そこと関係があるのかもね?
難しいことはよくわからないけれど、ボナペティッツの雫の音を浴びると、心地よい感覚に包まれる。これは俺の実体験だから、間違いない。まだ体験してないのはもったいない。ぜひ一度ご賞味あれ。
がっちゃんの部屋兼工房。今日は美音が遊びに来ているようだ。がっちゃんの声がワントーン高い。
「ここに早いリズムでトトトト
低音のベース音ドンドンドン
さらに奥にテン・・・テン・・・テン
て感じかな?」
「それをベースにしてほかの音を広げていく感じね」と、自分の思っている感覚を言葉にしてくれる美音との会話が、がっちゃんは心地よく、その言葉で間違ってないと自信を持つことができる。
「とりあえず、まず演ってみよっか」
ペットボトルに水を汲んできて、ボナペティッツに注ぐ。
テテテテテ
水が滴る
がっちゃんが一つのバルブをゆっくり絞る。
テッテッ・・テッ・・・テッ・・・テッ・・・テッ
滴り落ちる受けのところにマイクを置いて音を広げる。
別ユニットもセッティング。
ッカカカカカカカ・・ッカ・・ッカ・・・・・ッカ・・・・・ッカ
もっと自由にボナペティッツの音を表現できないかな?そんなことを考えながら、調整と改良の日々が工房で繰り返されていった。
試行錯誤しながら、いろんな素材のユニットを何台か作ったころ、
一定のリズムを保つもの、揺らしたりの操作で特別な音を醸すものなど、それぞれのユニットの組み合わせの〝クセ〟が解ってきて、それなりだけど、自分の思うようなリズムを創ることができるようになってきた。
ベースになる音は、固定ユニットとして設置。それをワイヤーにつなげたハンドスイッチでつなげて離れた場所から手元で操作出来るように改良。細かい音の表現は難しいが一定の音の繰り返しを創ることはでき、そこからの変化や調整がまとめてできるようになり、5台のボナペティッツを手元で調整できる状態にまでなった。
この5台をベースのリズムユニットとして音を作ってみる。
トッテンコココ ココッココ
トッテンコココ ココッココ
っお、イイ感じ
じゃあ、これも加えて
ッドド ッドド ッドド
ッドドトッテンコッドドココ ココッドドココ
ッドドトッテンコッドドココ ココッドドココ
ッドドトッテンコッドドココ ココッドドココ
しばらくそのループに聞き入ってみる。
んん~イイ感じ。
・・・ココッドドココッココココココ
ッココ ココホワーーーシャーーーーーー・・・・・・
っあ。
「また3番だね」と美音。
3番ユニットのバルブに変な癖が出やすい。何らかの拍子で緩んだり、詰まったり。その都度、調整して不具合は治してはいるが、また今日も。ユニットを手に取ったがっちゃんは、手慣れた様子で、軽く分解掃除して組み直し、また調整。相変わらずの優しい目でバルブを見ながら、この作業をしていた。
修正して、しばらくするとまた3番が不具合に。
「3番もう全部新しく作れば?」
「そういうけどさ、3番のこの高音の響き方は、こいつにしか出せないんだよね」
「そっかぁそういうもんかぁ、やっぱ難しいかぁ」
職人が作る楽器ってそういうのあるよね。
「ギターなんか同じギブソンのレスポールを何本も持ってて使い分けてる人っているじゃない。その言にいわせると、それぞれに違う『音』があるようで、バイオリンなんかそれで数億の価値がついたりさ」
「って、これはボナペティッツ。あんたの腕で出来たもの。ストラディバリウスを引き合いに出すんじゃないわ(笑)」
「・・・っぷは、ははははっ」
二人とも、思わずこらえ切れなくなった笑い声を吹き出しながら、
「それはそうなんだけど、とりあえず3番はこいつにしか出せない音があるんだよね」
手のかかる子をなだめるように、3番の調整するがっちゃん。
「ってか、気に入ってるのー」
「うわぁ、無機物に嫉妬しそうになったわ。まぁ出来の悪い子ほどかわいいってね。ていうか、そんなこと言ってるがっちゃんが可愛いいんだけどねぇ」美音が笑う。
数週間後、ボナペティッツのLIVE をやりたいと声かけて、集まった協力してくれるメンツとミーティング。基本的にボナペティッツの操作=演奏はがっちゃんがやるわけで、他メンツは舞台演出や、PAや他雑用的な周辺作業、準備、その他もろもろ。
がっちゃんの隣には美音。がっちゃんは何か発言する前には、必ず美音に確認する癖があった。人見知りゆえの言葉足らずで、誤解されたり、相手を傷つけてしまった過去があり、なかなか思いを伝えられない時期があった。
美音に初めて会った時のこと、その可愛さに圧倒されてたが故の緊張も加算で、いつも以上に言葉が出てこなかった。がっちゃんの創った念形が気に入った様子で、あれこれと話しかけてくれたのだけど、うまく返す言葉が見つからず「あぁ」とか「うん」とかの、そっけない返事しかできず、目もちゃんと合わせられなかった。気持ちはうれしかったのに、素直に表現できない自分に、苛立たしさすら感じ、それが仕草や表情やに出てしまっていたのかもしれない。
「私といるのがそんなにつまらない」と怒らせてしまった。
それまでに関わってきた人たちは、適当に相槌うったり、あきれたりして指摘してくることはなかったのがほとんどだったが、美音は違っていた。
「なんでそうなるかな?この部分がこの念形の大事なことでいいんだよね?伝えるのが下手な癖に、どうせわかるように伝えられないんだから。って、さらに適当に返事してたら、誰もわかってくれないよ」としっかり正面からの説教。キュンッて感覚とともに、閉じ込められていた殻、いや実際は、彼が自ら破ることを避けていた殻にヒビが入って、薄暗かった自分の周りにほのかな光が指した。
その後も「そういう時はこういったほうがいいよ」とか言葉足らずながっちゃんの、その言葉の表現しきれていないひだの部分を誰よりも理解してくれてアドバイスをくれた。
そんな美音が大切な存在となっていくのには、長い時間はかからなかった。美音のサポートで、それまでコミュニケーションが足らず進められなかった、展示の企画や、企業とのコラボレーションなども、上手く話がまとまることが多くなっていた。
ボナペティッツもいろんなところで体感してもらう機会も増え、単独のライブイベントをやろうという話となったのだった。
形が見えてきたので、そろそろ日程決める段階となり、手伝ってくれるメンツとミーティング。音響担当の和蘭くんなど展示やイベントの時などに知り合ったメンツが集まった。基本的にみんな自分の創作なんかがあるアーティスト。タイミング合うときに、それぞれが得意な事や出来ることを手伝うという仲間もいつの間にかがっちゃんの周りにいるようになっていた。
ボナペティッツは皆どこかのイベントで体感していて、その面白さや、可能性に共感していた。その組み合わせで、こんな感じにしたいという思いを、言葉をつなげながらがっちゃんの気持ちが皆に改めて伝えられた。
そして、
「っえ?いま何日って言った」
「だから3月7日」
「って3月7日ってさ・・・」
「大丈夫だよね?期間的にも無理ないと思うけど」
「いやだって・・・」
皆が戸惑い気味の雰囲気の中、がっちゃんは左を向いて軽く頷きながら、みんなに向かい改めて、
「いーよね。もうその日で会場押さえたから、お願い、みんな日程空けといて」と懇願。
「おいおい」
「そーなの?まぁがっちゃんがいいって言うならいいんだけどさ、そういうのも〝あり〟だしね」
「会場まで抑えてるならねぇ」
と皆、訝し気ながらも、なんとなく納得の雰囲気。
「変な言い回しするね。でもいいってことだよね。ありがと助かります。んじゃ決まりってことで。後の細かいことは追々LINEのグループで連絡ってことでお願いします」とがっちゃんがミーティングを閉める。
皆、戸惑いながら顔を見合わせ、その場を離れていった。
準備やリハーサルは基本的にがっちゃんの工房で、そのタイミングで来れるメンツが集まって打ち合わせたり、作業したり、関係ない話で盛り上がったり。そのまま盛り上がって酔いつぶれて雑魚寝で朝を迎えたり。
その場に美音もいたりいなかったり。
ライブ準備の会話はだいたい、がっちゃんと他メンバーやスタッフで進めていく。美音はがっちゃんの左隣から相槌うったり、つっこみいれたりと楽しそうにしていた。
3月7日ライブ当日の午前。和蘭くんや他メンツの何人かがある寺の墓前に立っていた。
「あれから1年か」
「早えーな・・・」
墓の横の墓誌には数名の戒名と没年の表記。その左端に刻まれた戒名の中に、『美音』の2文字が含まれていた。
没年は、令和3年3月7日。ちょうど1年前。
花は飾られていない。しばらく誰か来た様子はない。
「がっちゃん来てないみたいだね」
「ってかさ、俺らも美音ちゃんの事、なんとなく、がっちゃんの前では会話に出さないようにしてるけど・・・」
「まあね、がっちゃんから話してくれないとさ、こっちから会話に名前だそうにも・・・ねぇ」
「でもさぁ、たまに、がっちゃん左側向いて話しかけてるようなそぶりして、頷いたりしてから話しだすときあるじゃない。そんで『美音もそういってる』とか言うときあるじゃない」
一同一瞬の沈黙。
そして皆、今まで言えなかった思いを堰を切ったように話し出した。
「うん、あるある。まぁそう言ってたって、脳内でトランスレートして聞いてるけどさ」
「あれな。ちょっとドキってするときあるよね」
「そうそう、あれ?って感じになることない?」
「・・・ツッコめないけど」
「おいおい今の話は、美音ちゃん知ってるわけない流れの話だよな?とかなったりするよな」
「そこで話止めても変になるから、俺も脳内変換してそのまま流してるけど」
「俺思うんだけど、あれさぁ、がっちゃんまだ美音ちゃん生きてると思ってるんじゃ? でさ、隣にいる錯覚というか・・・」
突拍子もない意見に思えたが、皆なんとなく心当たりを感じていた。
「まさか⁉単なる癖だろ」
「いやだって・・・一人で作業したりしてるとき見たことある?」
「いや、あんまないかな」
「こないださ、がっちゃんのアトリエでリハやった後さ、みんなと一緒に帰ってる途中、携帯忘れて取りに戻ったじゃない。そん時、工房のドア開けて入ろうとしたら、中から会話が聞こえんのよ。笑い声とかさ。でも、よく聞くとがっちゃんが一人で会話してんのよ」
「会話って独り言だろ」
「がっちゃんよくブツブツ言いながらバルブひねってるよ」
「そうなんだけど、そん時のはマジで会話。聞こえる声はがっちゃん一人な感じなんだけど、がっちゃんがしゃべった後にね、誰かが受け答えしてるくらいの間があって、笑ったり言葉返したりさ。
だから誰かまだ残っているのかなぁ?な、つもりでドア開けて入ったら、がっちゃん一人。ちょっとあっけに取られて、がっちゃん今誰かと話してた?って聞いちゃったのよ」
「そしたら『誰って?』何言ってんの?って顔しながら座ってる自分の左斜め上に親指突き上げて、クイッって指すもんだからさ、その方向観たらボナペティッツが吊るしてあったから、
あぁ、雫の音と会話してたのか。やっぱそんくらいな域まで達してないと、この音出せないのかぁ。って納得して携帯持って外出たけど、そのあと、なんかこう・・・っん?って微妙に腑に落ちなくってさ」
皆が顔合わせながら、想像出来うる次の言葉を待った。
「あれさ、やっぱ美音ちゃん、隣にいるんじゃないかな?がっちゃんだけ見えてるとか?」
「おいおいおいおい、怖いこと言うなよな」
「いや俺、美音ちゃんならぜんぜん怖くないし、何なら俺も会いたい」
「いやまぁ、そう言っちまえば、そーなんだけどさ」
誰からともなくあらためて、墓石に向かい手を合わせた。
昼過ぎ、ライブ会場にがっちゃん到着。昨夜のうちに車に詰め込んでおいた機材を運んできたところだ。同じタイミングで他メンツも到着。ボナペティッツや機材を会場に運び入れながらセッティング。会場は地下、エレベーターはあるが、他の階のテナントに迷惑になるから独占しないようにと会場より言われているので、重いもの以外は階段で人海戦術。
セッティング調整も済、軽いリハーサル。といっても、元々音作りは、がっちゃんのその時のインスピレーションが基本なので、ある程度のイメージの共有と、各々の動きの確認で、後は本番となった。
会場に人が集まり始め、徐々に席が埋まっていく。すでに何処かのイベントなどで、ボナペティッツを体験済みの身内的な仲間も多かったが、がっちゃんが今までに作ってきた作品を観てきて、彼がLIVE をするということに、何かを感じ取ったボナペティッツ初体験の人たちも興味津々で集まっていた。
ボナペティッツLIVE開始。スポットライトが1台のボナペティッツを照らす。単体でその「雫の音」を召し上がってもらう。
テン テン テン テン・・・・・・
素材の味を楽しむ。オードブル的に。
テン テン テン テン・・・・・・
テン テン テン テン・・・・・・
しばらくそのリズムの繰り返しを楽しんでいただき、ボナペティッツがどういうものかを感じてもらう。
がっちゃんがボナペティッツの後ろに回り、上部ユニットを揺すりだし、雫が下部ユニットへ落ちるポジションをずらしていく。素材の異なる〝受け〟が新たなリズムを作り出す。
トテトテトトットト
トテトテトトットト
トテトテトトットト
トトトテトットトトッテン
トテトテトットト ットントトトントト
トトトテトットトトッテン
トテトテトットト ットントトトントト
がっちゃんの感性で雫のリズムは調整されて、会場の空気も揺れだしているようだ。観客の中にはその揺れと同じように体を左右に泳がせている者さえ見え始め、さらには目をつぶりながら心地よさげに身を委ねている者も。
隣に並んでいる別のボナペティッツに手をかけ始めたがっちゃんの動きに合わせて、ステージはバックから青白い薄明かりで7台のボナペティッツ達を浮かび上がらせた。それぞれの滴下速度と揺れを調整しながら、雫の音を広げるがっちゃん。
トトカカココッココトテトットッカカカドンドン
トトッテココッココンカッカカッカカズン
カカカ
トテトテトットカッカトットンボボトトトントト
トトカカココッココトテトットッカカカ
ドンドントトッテココッココンカッカカッカカズン
トテトテトットカッカトットンボボトトトントト
ある程度の調整がついたがっちゃんは、今度はステージ脇のブースに座り、手元のケーブルにつながったスイッチでバルブの遠隔調整。その工程を繰り返しながら、音に厚みを加えたり、リズムを早めたり、逆にスローダウンしたり。
会場のオーディエンスも、そのリズムに身を委ね、全体が海岸に打ち寄せては引いていく波のように揺れている。
ステージは青白いライトで浮かび上がるように照らされていた。その演出も相まって海の中、水の中にでもいるような錯覚。
トテカコカカッカカドドココカドドドドココトッテカカカ
トトッテココッココンカッカカッカカズン カカカ・・・
雫のリズムのシャワーを存分に浴び、会場のボルテージも絶頂かとなったころ、
トテカコカカッカカドドココカドドドドココトッテカカカ
トトッテココッココンカッカカッカカズン カカカ・・・
トテカコカカッカカドドココカドドドドココトッテカカカ
トトッテココッココンカッカカッカカズン
ココココココ・・カカカ・
・・・ココッドドココカカカッ・・・
・・・ドドココココココ
3番ユニットだ。ここで暴走を始めた。バルブの調整が操作できなくなり、水滴の落ちるタイミングがズレだした。
そう思ったのもつかの間、
ッココ ココホワーーーホワッシュワッ・・
シャーーーーーーシャシャーーーーーー・・・・・・
止まらなくなった。バルブが完全にイカれた様子。水滴どころか、開けっ放しの蛇口状態。3番ユニットとつなげてある他ユニットとは、それぞれの上部ユニットへ水を供給するタンクを一緒のもので共有にしていたので、この水漏れの暴走で、それぞれ供給量のバランスが崩れだした。リズムが狂いだす。
ステージ脇にいたがっちゃんすぐに調整に動き出したが、そこまでの5メートルの不協和音。
供給元のタンクからの水を止め、すぐさま3番ユニットに目をやるがっちゃん。
「美音っ」と声を漏らす。
3番ユニットの後ろに美音がいた。バルブを抑えた美音の手の隙間から水しぶきが広がる。舞台奥から照らしていた青い薄明かりと弾け広がった雫の霧が、一人の女の子のシルエットを浮かび上がらせた。
みんながそこにいないはずの美音の水影を見た。一瞬の出来事だった。
幻想的な影の動きと、目の前で起こっていることに
その場のリズムも一瞬止まったかのようだった。
・・・ッスン(静寂)
・・・・・・
・・・・・・ッテッテテ・
・・・トントントコトン
ッタッタッタッタッタッタ
テッテッテッテッテテテテテ
皆と一緒に止まっていたがっちゃんも、ハッとなって我に戻り、すぐに残りの他のユニットも調整して、なんとかラストのパフォーマンスにつなげた。
終盤トラブルあったが、がっちゃんの即座の対処と感性で、上手くまとめった。そしてLIVE はなんとか終演となった。
音の亡くなった〝間〟を、客席の皆は演出としてしか見えていなかった。「あの一瞬の・・・ッスンと止まった感じ」
「なんだろね?すごく魅せられたよね」
「あの女の子のシルエットも澄んでで、キーンと張りつめた空気感で」
「音のしない音が、無音という音があったよね」
「ゾクゾク来ちゃったね」
帰り際のロビーや階段では皆がそれぞれあの一瞬の出来事の感想を興奮気味に口にしている。
楽屋に戻ったメンバーは、その瞬間の出来事をそれぞれの頭の中で整理しているのか、外の雰囲気とは逆に静かな時間が流れていた。
「がっちゃん、彼女はそこにいるの?」
「ごめん・・・いるのかもしれないけど・・・俺ら見えないからさ」
「いや、あの、さっきの3番のあれ」
「美音ちゃんだったよね?はっきり見えたわけじゃないけど」
メンバーたちががっちゃんに問いかける。
「うん、いやっ・・・」
がっちゃん迷いながらも、ただ、この時は左側を確認する仕草は無く言葉を発していた。
「さっきね、思い出したよ。あの3番ユニットが壊れた時思い出した。
あの時見えた美音は笑ってたんだ。
『大丈夫』って笑ってた。
亡くなったあの日、泣き言言ってすがっている俺に
『大丈夫、私の死んじゃうみたいだけど、心はがっちゃんと一緒にいるから、大丈夫』って最後まで、オレに心配させまいと笑って逝った。
最後の最後にまで見せてくれた笑顔と同じ優しい目で笑ってた」
去年の3月7日。
美音は飲み明かして寝てしまっていた友達の部屋から帰る途中、脱法ドラックを吸引して車を暴走させたイカレ野郎に、近くにいた数名とともに巻き込まれて病院に担ぎ込まれていた。しばらく、ニュースやワイドショーで取り沙汰されていたあの『歌舞伎町暴走事件』だ。あの夜、〝ぷりも〟で流れていたテレビのニュース映像の中に見覚えのある念形がぶら下がっている自転車がひしゃげた姿で映し出された。がっちゃんが駆け付けた時、美音は一時的に意識は戻ったようだが、そのあとまた容体悪くなり、そのまま帰らぬ人となった。
あの雑踏の中でボナペティッツの卵が生まれた日の出来事だった。
「ずっとね、一緒にいる気がしてた。多分、こういったらこう答えてくれるな?とか、こんなこと考えてるんだろうな?
美音ならこんなこと思いつくなとか
弱気になってるとき笑顔でケツ叩いてくれたり
集中してるときは黙ってそばで見守ってくれたり
それがいつの間にか、そこに美音はいつも傍にいて、事故の事なんてすっかり忘れてて、
自分よがりな都合のいいことばかりなのかもしれないけど、
きっと。そう思い込むっていうか、そうとしか思ってない状態だったんだろうけど・・・
ここまでできたし
そんな俺にみんな協力してくれて
今日があって・・・
なんだろ?・・・・・・
みんな
ありがとね。
もうここには美音いなくなったけど」
といいながら、自分の左側を親指で刺し。
「ここには・・・」ってその指で胸に突いた。涙があふれだした頬を拭いながら、
笑顔作って、
「あのさ、みんな、また一緒にボナペティッツLIVEやってくれる・・・・・・かな?」
誰からともなく
「もちろん」
「当然」
「当たり前じゃん」
「やろうってか、やるに決まってんじゃん。こんな面白い事」
「おれさ、考えたんだけどさ、ユニットもっと増やして、
オーケストラみたいのできないかな?ショパンとかできないかな?」「・・・・・・・」
「いや、あの、突拍子もないこと言ってるかもしんないけど」
他の皆が顔を合わせる。会話が止まる。
「・・・・・・っぷ」
堰を切った笑い。
「いやいやいや、面白いし見えるんだけどさ」
「お前の口からショパンがでてきて、一瞬何言ってるか分かんないモードに入りそうになった」
「年中パンキッシュなお前からさ」
その輪の外で美音も笑ってる。
がっちゃんと美音の目が合う
がっちゃんが笑い顔のまま少しうなずく
美音も笑顔で返す
皆は頭の整理ができて、やっとライブ終了の興奮状態がこみ上げてきた。笑い声の絶えない状況となったところで、誰かが言った。
「ここ二十三時までに出ないとって言われてなかったっけ」
時計は二十二時を回ってる。
「急げ~‼」
「片づけたら、ぷりも集合で打ち上げね~」
そんな声があがって、撤収作業となった。
「マスター、ボクらも帰って準備しないと」
「そーだな。まぁちょっと仕込みはしておいたし、あるもんで奴らなら問題ないっしょ。とりあえず一足先に戻るか」
深夜のみの営業として、LIVE観に来ていた俺とマスターは楽屋出て準備しにぷりもに戻った。
がっちゃん今日もひとり作業。
でもね、だいたい何か喋ったりしてる。
いつもの独り言
思い出し笑いしたり
ぶつぶつと
会話してたり・・・誰と?って・・・。
