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なぜ人は物語に動かされてしまうのか?⑰

第16節 『葬送のフリーレン』の物語分析

「はじめに」で言及したように、『葬送のフリーレン』は『新世紀エヴァンゲリオン』と同様に、ジーンと感じる何かがある。実際、GACKTもSNSで次のように述べている。

テンポはかなりスロー。感情の大きな起伏もほとんどない。ところが突然、大きな感動の波が襲ってくる。ついついなぜか見てしまう。見ずにはいられない。

GACKT

では、何が読者をジーンとさせるのか。物語フェーズモデルを用いて、その謎を解き明かしていこう。

ここまで構築した物語フェーズモデル
フェーズ/略称     人間の世界観の状態

1.0 未分化      絶対的な価値観を信じ始める
1.5 信徒       絶対的な価値観を信じて従う
2.0 出家前      特定の価値観がある
2.5 プロ資本主義者  特定の価値観がある世界で行動できる
3.0 修行僧      価値観が幻想だと気付き、探求する
3.5 実存主義者    価値観を自分で選び、行動する
4.0 メサコン     世界観が広くなり始める
4.5 菩薩       世界観を軽く持ち、他者との関係を営む
5.x 如来       世界観の広がった理論上の最終到達点

AI
『葬送のフリーレン』は多くの人が「静かな感動がある」と言います。ですが、いったい何が読者をそこまで感動させるのでしょうか。

K
実は、僕も最初、不思議だったんだよね。
派手な戦闘が続くわけでもない。
テンポも遅い。
それなのに、読み終えると毎回ジーンとする。

AI
何がジーンとさせているのでしょうか?

K
ジーンとする静かな感動もそうなんだけど、
読み進めていると、それと同じくらい不思議な感覚になることがあるんだ。
それが、作中でフリーレンが魔族に対してとるきわめて冷徹な態度なんだ。

フリーレン「お前たち魔族は人の声真似をするだけの、言葉の通じない猛獣だ。」

AI
たしかに、敵との対話によって会話の糸口を探る物語も多いですが、『葬送のフリーレン』では「魔族とは対話ができない。分かり合えない」と明確に描かれていますね。

K
そう。
「え、優しいフリーレンがが、分かり合おうとしないの?」って、意外に感じさせるんだよね。普段は物静かなフリーレンが、どうしてここまで冷徹なんだろうって。

AI
「魔族とは何なのか?」は、この作品を理解するうえで重要なポイントになりそうですね。

K
あと、同じくらい気になるのが、この物語における「魔法」なんだ。

AI
魔法にも、何か特別な意味があるのですか?

K
この物語には、魔族の使う「人を殺す魔法」のような強力な魔法だけじゃなく、一見くだらない魔法もたくさん登場する。その中でも象徴的なのが、「花畑を出す魔法」だ。

AI
花畑を出す魔法ですか? 戦いとはあまり関係がなさそうですが……。

K
師匠フランメから受け継いだ魔法で、フリーレンが特に好きで、大切にしている魔法なんだ。

AI
もし戦うことだけが目的なら、そんな魔法を大切にする理由はありません。そこにも、この作品のテーマが隠されていそうですね。

K
そうなんだ。なんでフリーレンは、そんなくだらない魔法を大切にするんだろう? そもそも、この物語にとって魔法って何なんだろう?

AI
なるほど。つまり、『葬送のフリーレン』には、読者が自然と引っかかる三つの大きな謎があるわけですね。
① なぜ、『葬送のフリーレン』は毎回ジーンと感動するのか?
② 魔族とは何なのか?
③ 魔法とは何なのか?


そう。
この三つは別々に見える。でも、おそらく根っこは一つなんだ。順番に解いていけば、この作品がなぜ人の心を動かすのかも見えてくる。まずは一つ目の謎、「なぜ『葬送のフリーレン』は毎回ジーンとするのか?」から考えてみよう。

K
物語を第一話から順番に見ていこう。第一話のタイトルは「冒険の終わり」。冒頭で魔王は討伐され、勇者ヒンメルは老いて亡くなる。
そして、第一話はフリーレンのこの一言で締めくくられる。

フリーレン「私はもっと人間を知ろうと思う」

『葬送のフリーレン』山田鐘人・アベツカサ (2020)

AI
このセリフから、どんなことが読み取れますか?

K
フェーズモデルで考えると、
魔王という強敵を倒す勝利の物語(フェーズ2.x)はここで終わった。
だから、この先は「発見の物語(フェーズ3.x)」になると予測できる。そして、このセリフは「これから人間を知る旅が始まる」と宣言しているように読めるんだ。

AI
つまり、この作品は「人間とは何なのか」を探索する物語として始まっているわけですね。

K
そう。
そして第2話「僧侶の嘘」。ここで最初の「ジーン」がやってくる。

AI
ハイターがフリーレンに魔導書の解読とフェルンの修行を頼む話ですね。

K
流れを整理するとこうなる。
A:ハイターが「不老不死の秘法」があるという魔導書の解読を依頼する。
B:あわせてフェルンの魔法の修行も頼む。
C:3年かけて解析した結果、魔導書には秘法は書かれていなかった。
D:しかし、その3年でフェルンは一人前となり、旅立てるようになる。そこでフリーレンは「謀ったな、ハイター」とつぶやく。

AI
不思議ですね。
本来の目的だった魔導書の解析は失敗しています。
それなのに、ハイターの策が成功したことになっている。

K
あっ、そうか!
ハイターは最初から魔導書なんてどうでもよかったんだ。
本当に残したかったのはフェルンだったんだ。
ここで、一気にネガティブな感情がポジティブに反転するのを感じる。

AI
起承転結でいうと、
Cが「転」、Dが「結」ですね。
「転」で予測誤差が生まれ、「結」で新しい意味が回収されています。

K
そう!「転」ではネガティブな出来事が起こる。
でも、その出来事の中には主人公がまだ知らない価値が隠れている。
そして「結」でその価値が明らかになった瞬間、「転」の出来事そのものの意味が一気に書き換わるんだ。

AI
しかも、その価値は3年という時間をかけて育まれています。
ハイターが託した意味が、時間をかけてフリーレンへ受け渡される。
その瞬間、読者にもフェーズ3の「意味感」が流れ込むわけですね。

K
だから、この作品は転までは事件らしい事件もなく、
テンポもゆっくりなのに、「結」で突然ジーンとくるんだ。

AI
ここまで見ると、『葬送のフリーレン』全体の構造も見えてきます。
このフェルンとの出会いを象徴するように、この作品は「意味を回収する構造」で感情を動かしているようです。各話は、「とるに足らない仕事をする」→「人間とは何かという意味を発見する」という構造になっていますね。

K
そういうことか!
フリーレンは、「結」で静かに、それまで積み重ねてきた疑問を一気に回収する。その快感が、僕らの感じる「ジーン」なんだ。
一般に「伏線回収が気持ちいい」と言われる感覚も、同じ構造なんだ。

AI
たとえば、「銅像の錆を取る魔法」は「ヒンメルが見せたかった蒼月草」へ、「海岸を掃除する仕事」は「フェルンが朝日に感動する姿」へとつながっています。どれも一見すると些細な仕事ですが、すべて「人間とは何か」を理解するという目的へ回収されています。

K
つまり、フリーレンの旅は魔法集めの旅じゃない。
「人間とは何か?」を発見する旅なんだ。

AI
そして、その旅の途中で、読者はもう一つ大きな予測誤差に出会います。

K
そう、それが魔族なんだ。
本当によく分からないのは魔族という存在だよ。
フリーレンは人間を理解しようとして旅を続けてる。
でも、魔族、最初から全然理解しようとしないんだ。

AI
たしかに、この作品ではそこに強い違和感があります。多くの物語では、敵にも事情があり、対話によって理解し合える可能性が描かれます。しかし、『葬送のフリーレン』は最初から「魔族とは分かり合えない」と断言しています。

K
普通の物語では、分かり合えない敵でも話し合えば理解できる。
「魔族にだって、生きる意味があるんじゃないの?」
普通はそう思うよね?
世の中の争いは正義と正義の衝突で、絶対的な悪は存在しない。そんな前提がかなり定着していると思うんだ。たとえば、『鬼滅の刃』では鬼は最期に自分が鬼になった理由を語る。そこで読者は「鬼にも事情があったんだな」と溜飲を下げる。

AI
そうですね。
対立していても、最後には分かり合える可能性が示される作品は少なくありません。

K
ところが、フリーレンはそれがない。
冷酷に断罪する。なぜなんだろう?

AI
フリーレンの世界では、魔族は次のように説明されています。

フリーレン「奴らにとっての”言葉”は人類を欺く術だ。大魔法使いフランメは言葉を話す魔物を”魔族”と定義付けた。」

フランメ「奴らにとっての魔力は人にとっての地位や財産だ。尊厳そのものと言ってもいい。(中略) だから、力の強い魔族ほど必死に魔力を誇示するんだ。」

『葬送のフリーレン』2巻「言葉を話す魔物」 3巻「服従の天秤」 山田鐘人・アベツカサ (2020) 

K
魔族にとって、地位や財産は尊厳そのもの。
なんか、そういうところは人間にも同じところがあると思うんだけどね。

AI
そうですね。
「地位や財産が尊厳そのもの」という点だけを見ると、むしろ人間社会にかなり近い構造です。勝つこと、上に立つこと、所有することによって自分の価値を確認する。そういう人間は現実にもいます。

K
……あっ、そうか。
魔族は人間なんだ。

AI
どういうことです?
作中では、魔族は人間とは別の種族ですよね。

K
もちろん、生物としては人間じゃない。
でも、物語のメタファーとして見るなら違う。
魔族は「フェーズ2.5の人間」を象徴しているんだ。

AI
つまり、生物としての魔族ではなく、「ある生き方」を表現している、と。

K
そう!現実世界をそのまま描く代わりに、ファンタジーというオブラートをかぶせて表現しているんだ。勝利することが価値であり、地位や財産で他者に勝つことで有能感を得る。ドーパミンによって駆動されるフェーズ2.5の人間。それを魔族という存在で間接的に描いているんだよ。

AI
なるほど。
だから魔族の「言葉」も、人と分かり合うためではなく、勝利するための道具として使われるのですね。

K
そういうこと。
詐術、詐欺、不公平な契約や条約。
他者から利益を奪うための手段だ。
フェーズ2.5の人間にとって、言葉は勝つための武器なんだ。

AI
そう考えると、「断頭台のアウラ」編に登場する魔族たちも、
それぞれフェーズ2.5の異なる側面を象徴しているように見えてきます。
リーニエは模倣・学習、
リュグナーは系統・研鑽、
そしてアウラは支配・序列。

K
ん?学習や研鑽は勝利に必要だとしても、序列はどういう意味なんだろう?

AI
組織が勝利するためには、意思決定を素早く行う必要があります。そのたびに「なぜ従うのか」「この命令は正しいのか」と議論していては戦えません。だから権威や階級、序列によって意味をあらかじめ固定し、組織全体を機動的に動かすのです。


K
そっか。
個人が勝つためじゃなく、組織が勝つためには意味をあらかじめ固定しておく必要があるんだね。実際、アウラは不死の軍勢を組織している。
でも、それは意味を一つずつ探索していくフリーレンとは根本的に相容れない。意味を発見するには、長い時間をかけて探索し続けなきゃいけないからね。

AI
つまり、魔族は「意味を固定する側」、
フリーレンたちは「意味を発見する側」という対立になっているわけですね。

K
そう考えると、フリーレン側のメンバーも、それぞれ違う価値観を体現しているように見えてくるね。

AI
フェルンは、信頼・決断。
シュタルクは、継承・根気。
そして、フリーレンは、信念・継続を象徴しているように見えます。

K
なるほど。魔族が強いのは、学習し、研鑽し、序列の中で効率よく行動するから。一方、フリーレンが強いのは、一つの信念を千年という時間をかけて継続してきたからなんだ。同じ魔法でも、強さの源泉がまったく違う。

AI
つまり、両者は「魔法の強さ」で対立しているのではなく、
「魔法を何のために使うか」で対立しているのですね。

K
そういうこと。フリーレンはフランメの教えを信じて、千年もの間、魔力制限を続けてきた。フェーズ2.5のイケ好かないプロ資本主義者をぶっ飛ばすのは、学習速度でも才能でもなく、「関係を継続する力」なんだ!

AI
そう考えると、
今度はパーティメンバーそれぞれのフェーズも気になりますね。
ここで、パーティメンバーのフェーズをまとめてみます。

K
あ、魔族はみんなフェーズ2.5な感じするけど、
フリーレンパーティは意外とバラバラかもしれない。

まずシュタルクはフェーズ2.0だね。勝利の物語を背負っている。
師匠アイゼンに教えられた「根気」は、「負けない」という価値観だから、結局は「勝つ」という物語なんだ。

AI
そうですね。
ただし、魔族は自分が勝つために戦い、シュタルクは誰かを守るために勝とうとする。その目的は大きく異なります。

K
フェルンは3.0かな?
まだ断定はできないけど、フリーレンを信頼して旅を続け、意味を探しながら魔法を集めている。探索の物語にいる感じがする。

AI
では、フリーレンはどうでしょう?

K
そこが面白いんだ。
魔法を探すという意味ではフェルンと同じフェーズ3にも見える。でも、少し違う。
たとえば、第6話「新年祭」の海岸掃除の話を思い出してみよう。

AI
海の掃除とは、第6話「新年祭」の話ですね。
下記のようなあらすじでした。

起:海岸清掃の依頼を受ける。
承:海が綺麗になれば、美しい日の出が見られると知る。
転:昔、ヒンメルたちは寝坊して日の出を見逃していたことが分かる。
結:フェルンがフリーレンを起こし、一緒に日の出を見る。フェルンは朝日の美しさに感動する。一方、フリーレンは、そのフェルンが感動する姿を見て満足する。

こんな感じでした。

K
フェルンは価値そのものに感動している。
でも、フリーレンが見ているのは「価値」じゃなくて、「価値を受け取る人間」のほうなんだ。つまり、フリーレンが発見しているのは、人間関係そのものなんだよ。
だから、フリーレンはフェーズ4なんだ。

AI
なるほど。
フリーレンの関心は、対そのものではなく、
その価値が人と人との関係の中でどう生まれるかへ移っているわけですね。

K
それに、フリーレンは感情の起伏が少なく、いつも冷静に問題を解決する。それでいて、朝は起きられないし、好奇心のまま寄り道もする。どこか菩薩っぽい。でも完全な菩薩ではなく、まだメサコンらしさも残っている。

AI
そう考えると、このパーティはフェーズ2から4までがちょうど揃っていますね。それぞれが異なる世界観を持ちながら、一つの旅を続けている。

K
そう言えば色も面白いな。
シュタルクは赤、
フェルンは青、
フリーレンは白。
偶然かもしれないけど、赤は勝利、青は探索、白は関係や統合を象徴しているようにも見える。『新世紀エヴァンゲリオン』でも、フェーズ2.xのアスカは赤だった。他の作品でも、フェーズ4以降の人物には白系の色が使われることが結構ある気がする。

AI
ここまで整理すると、魔族とフリーレンたちの対立構造がかなり見えてきましたね。

K
まとめると、魔族は現実世界における
「意味をすぐ確定し、人に勝つことを目的とする存在」
つまり、フェーズ2.5 プロ資本主義者ってことだね。

AI
そうですね。それに対してフリーレンは、
「意味をすぐには確定せず、時間をかけて関係や価値を発見する存在」
と言えそうです。

K
研究に置き換えると分かりやすい。
魔族は、短期成果を求める経営サイド、
フリーレンたちは、将来どんな価値になるか分からなくても探索を続ける研究サイドなんだ。

AI
たしかに、その対比はありますね。
経営は「今年いくら利益を出したか」というように、価値を短期間で確定しようとします。一方、研究は「今は価値が分からないもの」を長い時間をかけて探索し、その意味を後から回収していきます。

K
そうそう!例えば、クラゲが光る仕組みを純粋な好奇心で研究していたら、それが何十年も後になってガン細胞を可視化する技術につながったりする。研究って、そういう世界なんだよ。

AI
つまり、
短期的に価値を確定する論理と、
長期的に価値を探索する論理。
その二つは、しばしば同じ組織の中でも対立します。

K
分かる!!!経営サイドは数万円の経費削減を成果として語る。
でも、核心技術が一つ生まれれば、何千億円もの価値になるかもしれない。目先の数字だけで意味を確定するなって思うんだよ。

AI
だいぶ私怨が混じっていますが(笑)
抽象化すれば「短期的に価値を確定する論理」と「長期的に価値を探索する論理」の対立ですね。では、話をフリーレンに戻しましょうか。

K
いやいや、これははっきりしておきたい。
魔族は「短期で意味を確定するために、屁理屈をこねる経営サイド」
フリーレンは「中長期的な利益を得るために、地道に探索する研究サイド」ってことだよ!

AI
少し熱が入っていますね(笑)。
ただ、抽象化すると、「短期的な価値の確定」と「長期的な価値の探索」という二つの世界観の対立と言えそうです。

K
あっ、なるほど。それで気付いた。
僕が魔族にこんなに反発するのも、バイアスなんだ。
僕自身、企業研究員の中で生きてきた。だから、甘い言葉でリストラを進めたり、不平等な契約を正当化したりする人たちを散々見てきた。だから、魔族を見ると、現実世界のフェーズ2.5の人間を重ねてしまうんだ。

AI
つまり、この解釈には、あなた自身の経験も反映されているということですね。

K
そう。でも、だからこそ『葬送のフリーレン』は多くの人に刺さるんだと思う。社会で「数字や勝利だけでは測れない価値」を感じながら生きている人ほど、この物語に共感するんじゃないかな。
憂鬱な業務に、伏線回収による一服のセロトニン補給。

AI
でも、それを「いい話だった」「癒された」で終わらせてしまうと、また言葉にならない価値のまま残ってしまいますよね。数字では測れない価値を、どうやって見つけたり、他の物語と比べたりすればいいのでしょうか。

K
僕は、数字にならない価値を見つける道具が必要だと思ってる。
その一つが、この物語フェーズモデルなんだ。このモデルにどんな価値があるかは、今すぐには分からない。でも長い目で見れば、さまざまな分野にまたがる事象を一つの基準で整理できる便利な道具になると、僕は信じている。フリーレンで言えば、「花畑を出す魔法」みたいなものだね。

AI
そうですね。
「花畑を出す魔法」は何の攻撃力も持ちません。勝利にはつながらない。
でも、フリーレンと勇者ヒンメルが出会うきっかけを作りました。
研究も同じ、と言いたいんですよね?

K
そういうこと!!!!フーッ、フーッ(鼻息)

AI
では、ついに最後の疑問です。
フリーレン世界において、「魔法」とは何なのでしょう?

K
もう分かったよ。

AI
え!分かったんですか?

K
ここまで、散々話してきたじゃん。
魔法は、魔族のように勝利を掴むために使われる。努力によって手に入る力だ。

AI
そうでしたね。

K
でも一方で、フリーレンやフェルンのように、探索して新しい価値を発見するための魔法もある。その代表が「花畑を出す魔法」なんだ。

AI
「花畑を出す魔法」は単なる生活魔法ではありませんね。
勝利には役立たない魔法だからこそ、勝利以外の物語を象徴している。

K
つまり、魔法とは……

AI
魔法とは......?

K
「物語」のメタファーなんだよ!

AI
なんと!

K
そう。これまで話してきたじゃん。
「現代の物語は、魔法よりも強力な装置」だって。
フリーレンの世界では、その関係が逆転している。
「魔法は、物語が持つ力をファンタジーとして描いたもの」なんだ。
他者を破壊することもできるし、人と人を出会わせることもできる。

AI
だから、「人を殺す魔法」も、「花畑を出す魔法」も、
どちらも物語の使い方を象徴しているわけですね。

K
そう。
フェーズ2.xが物語を使うと、契約やリストラのように、すぐに価値を確定したがる。
フェーズ3.xが物語を使うと、すぐには価値が見えないものを根気よく探索する。
つまり、『葬送のフリーレン』は、「資本主義が行きわたった現代では、僕らはフェーズ2.xのような思考回路で物語を語りがちだけど、物語の本当の面白さはフェーズ3.xにもある。数字や勝利だけじゃない。出会いや、くだらない魔法や、人との関係にも価値がある」と語っている作品なんだと思う。

AI
魔法には、人を殺す魔法もあれば、人を出会わせる花畑を出す魔法もある。まさに物語そのものですね。
今、ふと思い当たったのですが、タイトルの「葬送」は何を意味しているのでしょう?

K
死んだのは、魔王と勇者だよ。
つまり、その二つを送り出そうということなんだ。ジャン=フランソワ・リオタールは「大きな物語は終わった」と言った。僕は、魔王は「大きな物語」のメタファーだと思う。
それは第二次世界大戦の終結、1945年に一つの区切りを迎えた。

AI
大胆な対応づけですね。
ただ、作者の意図ではなく、読者側の時代感覚として読むなら、
一つの解釈として成立しそうです。

K
そして戦後、人類は「勝利そのもの」を物語として追い求める時代に入った。その象徴が、僕にとっては『ドラゴンボール』なんだ。
だから、勇者が死ぬということは、「勝利の物語」を送り出すことでもある。それが1995年なんだ。

AI
なんと!偶然の一致!
……というか、ドラゴンボール!!


K
もちろん、これは僕の解釈だよ。
作者の意図だと断定するつもりはない。
でも、時代の流れとして見るなら、そう読めるんじゃないかな。
大きな物語が終わり、勝利の物語も終わった。
その世界で、僕らは探索を続けている。そんな物語なんじゃないかな。

AI
読者側の時代感覚として読むなら、
一つの解釈として十分成立していると思います。

K
まぁ、ドラゴンボールだって本当は探索の物語だったんだけどね。

AI
そうでしたね。
七つのドラゴンボールを探すところから、すべては始まりました。

K
そうそう。でも、その『ドラゴンボール』の時代が終わった今、
僕らは何を探せばいいと思う?

AI
何でしょう?

K
研究でしょう!

AI
なるほど(笑)。


大きな物語が終わり、勝利の物語も終わった。それでも人間は生きていく。
では、何をするのか。
小さな魔法を集める。
失われた関係の意味を探す。
まだ価値の分からないものを信じて続ける。
つまり、研究するのである!!!

AI
そう考えると、研究とは未知を探す営みであり、
「花畑を出す魔法」を集める旅なのかもしれませんね。

K
そういうこと! 今は役に立つか分からない。
でも、いつか誰かとの出会いを生み、
新しい世界の見方につながるかもしれない。
だから、今日も研究しよう。

AI
微力ながら、お手伝いいたします。

K
全知のくせに(笑)。



さて、あなたはどの物語を生きているだろうか?
最後に、物語フェーズモデルで自分自身を診断してみよう。↓


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