見出し画像

【仕事術】外見や見た目は「足切りされない為の基準点」

【「ありのままの自分で評価して」という怠惰】


みなさんこんにちは。発信者です。


突然ですが「アナ雪」って名作ですよね。

ディズニー映画の良いところである映像や音楽がとても美しく、ストーリーも秀逸。飽きさせない展開で本当に面白い作品に仕上がっています。

子供も好きで、何回見たのか分からないぐらい見ています。


この作品の中で唄われる歌の一つに「ありの〜ままの〜姿〜見せるの、よ〜」のフレーズが出てくる歌があります。

この歌が唄われる場面は、エルサが城を飛び出して自分らしく生きることを決意する、作品の中でも特に印象的なところです。

今まで秘密を隠して我慢していたけどこれからはそういう生き方はしたくない、ありのままの自分で生きよう、と自分自身に宣言する、そういう気持ちを描いている場面だと思います。


このエルサのように、自分の内面、自分自身の気持ちに素直に生きよう、というのは素晴らしいことだと思います。他の人からどう思われようとありのままの自分でいたい。こういった気持ちは本当に大切です。


さて一方で、この「ありのまま」というのが外見や見た目の文脈で使われることもあります。


外見や見た目に気を遣わず「ありのまま」の姿でいいでしょ、という話。


これって問題ないのでしょうか?


【何も努力しないで「今の見た目で評価して欲しい」というのは「ただの怠惰」】


例えば仕事において、スーツはヨレヨレ、ネクタイは汚れている、ズボンはクシャクシャ、靴は擦り減っている。

こんな人が目の前に現れて「今からプレゼンをします。私の見た目は関係ないです。プレゼンは中身が大事なのでありのままの見た目で許してください」なんて言われたらどうでしょうか。

とてもそんな人のプレゼンは聞く気にならないですよね。


結局、外見や見た目に気を遣わないというのは、多かれ少なかれこの事例の人と同じなのです。

外見や見た目を整える、という努力を放棄している「怠惰」を「ありのまま」という言葉で誤魔化しているだけなのです。


外見や見た目というのは、大半の人にとっては大学受験で足切りされない為の「基準点」と一緒だと言えます。

大学受験では、大学によっては受験生の点数によって「そもそも受験させない」という「足切り」を行うことがあります。


外見や見た目は、ヘタに足切りされない為に「最低限整えておくべきこと」だと言えます。

だからこそ、そこに注力せずもし足切りされたとして、その結果に対して「正当な評価がされない」と文句を言うのはお門違いなのです。


これが例えば一部の本当の天才や、既にそこで勝負しなくても良いだけの地位やブランドを築いている人は違います。

こういった人たちは、外見や見た目に関係なく「評価されるだけの実力や競争力」が既に十分ある人たちなのです。

こんな一部の特殊な人たちと同じように、大半の凡人が「外見や見た目は関係ない」と言っても無意味です。


外見や見た目で努力するのは、大半の人にとっては足切りされない為に絶対必要な要素である、と言えるでしょう。


外見や見た目に関して何も努力しないで「ありのままの自分でいい」などと考えるのはただの怠惰です。

少なくとも仕事においては「相手に対して不快感を与えない」ように努力すべきなのではないでしょうか。


最後まで読んでいただきありがとうございます。少しでも共感いただけましたら「スキ」や「フォロー」よろしくお願いします!


↓こういった記事をマガジンにまとめています。無料版、有料版ともに必ず役に立つ記事を提供することを心がけています!


いいなと思ったら応援しよう!