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現代アートの感性の話🎨

美術館めぐりが好きだ。
絵画も彫刻も、その場の空気ごとまるっと味わう時間が好き。

今日は広島市現代美術館へ行ってきた。
広島市現代美術館は広島市の比治山の山頂にある美術館で少し前にリニューアルされたらしい。
山頂までは段原のショッピングモールからスカイウォークという歩く歩道で行けるのでそれも楽しい。


現在の展示は、コレクション展と特別展「鷹野隆大 カスババ」。
現代アートを見るのは昔から好きなのに、見るたびに“よく分からないもの”に出会う。
感性に、知らない言語で突然話しかけられているような…、そんな戸惑いと高揚が同時にやってくる。

広島という土地は、戦争が終わって平和になった今でも、街のあちこちに軍都だった面影が残っている。
普段、京都や大阪で生活している私からすると、まず道幅が広い。あれは飛行機が降りられるように作られたためだと知って、土地そのものが歴史を抱えている事実に改めて息をのんだ。
平和記念公園も、もちろんそのひとつ。
普段は活気があって人も良いしご飯も美味しく何も気にする事はないのだが、そういう側面もあるという話だ。


美術館に収蔵されている作品たちにも、その“匂い”は濃く染み込んでいる。
きっと多くのアーティストたちが、自分の感じた広島を後世に残そうとしてきたのだろう。

現代アートは、美しいのにどこか悲しく、そして果てしない奥行きを持っている。
この“奥行き”こそが、人それぞれの感情に触れる部分であり、アートが言葉よりも遠く深く届く理由だと思う。

人間には気持ちを表すための言語があるけれど、気持ちはいつだって言語を追い越していく。
自分の気持ちを完璧に言い表せる人なんてほとんどいない。
だからこそ、言葉にならない感情を、現代アートの前でふっと感じ取れることがある。

この説明も、もちろんうまく言語化できていない。
むしろ、うまく形にしたくない“もやもや”や“ふわふわ”が、心の中にそのまま残っている感じが心地いい。


しんとした美術館で作品を見つめながら考える時間。
その静寂の中で、自分の内側がゆっくり呼吸を取り戻していくような、貴重で豊かな時間だった。


現代アートは、これから先の時代を生きる人たちが新しくジャンルづけしていくのだろうか。
数百年後、この作品たちにきちんとした説明がつくのか。そんな想像をするのも楽しい。(全く確かめようはないけれど)



そして話は少し変わるけれど、広島市現代美術館にはハート形の“猪目窓”があったり、椅子や標識ピクトグラムが可愛かったりと、ふっと心が和む仕掛けもたくさんある。

もし行く人がいれば、作品だけじゃなく、そんな空間の小さな可愛さにもぜひ目を向けてほしいと思います。


おわり。

計算尽くされた配置が美しい。
かわいい猪目窓。探してみてね。
私にはかわいいなと思えるオブジェ。
比治山も冬が近づいていた。
おまけ。アートショップのカープ帽の猫キャンドル🐱

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