崩れそうな日々の中で
私は満員電車の中で押されて足の踏み場もなく、体勢が崩れそうになるところを必死に立て直していた。
電車に乗る。なるべく人と目を合わせないようにする。イヤホンをつける。音楽は流さない。
ただイヤホンをつけるそれだけで少し周りからの目と、音が遮断される。そんな気がしていた。
いつからだろうか。私が人の目を気にするようになったのは。
いつからだろうか。この世界からいなくなりたいと思い始めたのは。
昔からそうだった。
幼稚園生くらいの頃、私は夜寝てる時涙を流すことがあった。
おばあちゃんが死んじゃったらどうしよう。
自分が死んじゃったらどうなるんだろう。
私は愛されているのだろうか。
子供ながらに抱えていた不安とネガティブ思考。
押し寄せる感情の波。
朝になればきっと涙も乾いているだろう。そんなこと思いながら定期的に涙を拭っていた。
小学生の頃、私はどこからどう見ても「馴染めていない子」だった。本ばかり読んでいた。本が友達だった。周りから見たら、「誰とも関わりたくない孤独を好む子」だったのかもしれない。
でも、私には帰る家があった。
暖かい家族という存在があった。
それは当たり前のことのようだけど、きっと当たり前なんかじゃない。
いつも晩御飯の支度をしてくれたおばあちゃん。
何一つ文句も言わず、キッチンで晩御飯を作ってくれていた。いつも美味しかった。優しかった。そんなおばあちゃんがいなくなってしまった。
大切な家族。大切な思い出。おばあちゃんはすごく強い人だった。おばあちゃんはあまり泣かない人だった。
私は泣き虫。
おばあちゃんと最後に約束した。聞こえていたか分からないけど、「仕事頑張るよ、頑張るから見ててね」って。
だから私は満員電車で押されても潰されても必死に生きるんだ。誰に足を踏まれようと、押されようと仕事に向かう。
そして家に帰る。愛犬の吠え声。家族の笑顔。
おばあちゃんの料理の味はもう真似出来ないけれど、
いつかおばあちゃんみたいに優しく強い女になりたい。
強くなりたい。
生きたい。
生きるんだ。
そんな希望を持ちながら、私は満員電車に揺られて
窓から見える夕日を眺める。
