「卵売り」に里帰り
ちょっと息切れしていました。
チームがこなれて来たかと思ったら、また大きな組織変更が上の方で起こり、その波がぼわんぼわんと我が岸にもたどり着き。
仕事の忙しさではなくメンタルに疲れるほうのぐるぐる洗濯機の中状態が続いている。
そういう時は、時間があっても、何かをしっかり読むことも、それを消化することも、もちろん発信することもままならない。
でも、そんな疲弊も自分の一部。
なので、まあまた浮く時もあるさと放置していた。
疲労の元凶はまったくなくなっていないものの、いま私は癒されている。
それは木曜からミネソタに里帰りしているからだ。
ミネソタ、というと、ある年齢以上の方には必ず「たまご売り」と言われる。
そもそもその歌?踊り?を知らないので、10代の頃からキョトンとしていたのだが、この前、ミネソタに里帰りしてくるというとやはり60代半ばの方に「たまご売り?」と言われた。
そんなやりとり自体がなんだか懐かしかった。
ミネソタに来ているのはアメリカ姪っ子(アメリカ妹の長女)がこの夏高校を無事卒業し、秋からは進学で家を出るので、そのパーティーに参加するためだ。
「お兄ちゃんの時には盛大だったけど、COVIDできっと誰も来ないに決まってる。私は高校生活も卒業パーティーもみんなそんななんだわ!」
三人兄妹の真ん中でいつもおとなしいエマが、めずらしくそんな風に拗ねっこ全開になっていると聞き、じゃあ私もロンドンからパーティーに行くよという話になったのだ。
エマとは、彼女が13歳の夏、もう1人の「叔母」であるジャネルと3人でアンダルシア旅行をした。
お兄ちゃんは航空士官学校へ進んだエリート、末っ子の弟はヤンチャすぎる問題児。ジェニーの目は兄と弟に向きがちなので、その真ん中でひっそりシャイな彼女を、叔母ちゃん2人は「少しだけ特別扱い」するようにしてきた。アンダルシア旅行も、そんな男兄弟に囲まれいささか埋もれがちな彼女に、スペシャルなガールズタイムをという母親ジェニーと私たちの気持ちがあった。
ドレスアップしてフラメンコを観に行ったり、夜遅くにバルでちょっとだけシェリーを舐めたり、悪い叔母ちゃん2人は「これも経験よ」とエマにいろんなことを体験させた。
だから、今回もジャネルはサンフランシスコ、私はロンドンから、お祝いを持って駆けつけたのだ。
もうひとつ。
血縁がないとはいえ過去30年間「Mom & Dad」と呼んできたアメリカのお父さんお母さんが、日本の両親と同じように例外なく歳を取り、健康面のいろんな問題を話すようになってきた。
コロナ制限が緩和された今、ちゃんとふたりの元気な顔を見ておきたかったのである。
こうして週末の駆け足旅行でやってきたミネソタ。
子供たちやアメリカ妹たちにはイギリスやスペイン、イタリアで会っていたけれど、ミネアポリス・セントポール空港にやってくるのは8年ぶりだ。
久しぶりにみるコーン畑の地平線や湖を渡ってくる風と共に、昔話や今の暮らしや政治情勢の話をしながら、自分の方がむしろこの訪問からいろんなものを得ていることを実感している。
♢
アメリカの各州はみなニックネームがある。
ミネソタは「the State of 10,000 Lakes」。一万の湖の州と言われる。

五大湖のひとつスペリオール湖を擁するだけでなく、とにかくそこらじゅうに大小さまざまの湖があるのだ。

ひっきりなしにボートが行き交う。
引退した「お父さんお母さん」も、そのうちのひとつ、ワシントン湖の端に建てたレイクハウスで暮らしている。
30年前には小さい夏向けの木造のコテージだったけれど、そこを極寒の秋冬にも耐えられるよう建て直したものだ。
建物こそ大きく新しくなったものの、同じ場所にあしらわれたサンルームの窓に注ぐ光は、湖面の反射でゆらゆら揺れ、英語がまだおぼつかなかったあの頃の記憶を呼び起こす。
今回の卒業パーティーには、ジェニーの家族が4年前の秋に受け入れたというフランスからの留学生が、同じように再訪していた。
「私も最初はたった3週間のステイだったのよ。なのに30年経ってもこうして家族として繋がってるの」
そういうと、19歳のフランス人の青年は目を丸くしていた。
「ふふ、どうかな。マテオも私たちみたいにエマ達と30年後も交流を続けてるかしら」
お母さん特製のポテトサラダとお父さんがグリルしてくれたステーキの夕飯のあと、湖の周りを散歩しながらジャネルと話した。
明日の午後にはパーティーの片付けを終えたジェニーも車を飛ばしてレイクハウスへやってくる。
「久しぶりに娘3人と私たちね」
お母さんが嬉しそうにいう。
幸せって、きっとこういうことだ。
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