小説『天使さまと呼ばないで』 第10話
今日はミカの初の"お茶会"の日だ。
ミカは繁華街の駅の近くにある、高級ホテルのラウンジに来ていた。
もちろん、先日買ったルウィ・ビートンのバッグを持って。
今日は8人ほど集まった。エリやユウコといった、かつてミカがカウンセリングをした人が大半だ。
参加者の中で、ミカと全く面識が無かったのはカヨコという40代後半の主婦だった。
カヨコは言った。
「あたし、ミカさんのこと、Factbookで拝見してゼヒ一度話を聞きたいと思って!」
「あら、ありがとうございます」
期待に添えるよう、ミカは頭の中で天使をイメージしながら優しく微笑んだ。
「ミカさん、天使さまの力でどんどん豊かになってるのが素敵だなって!でも、カウンセリングに申し込む勇気はなかったから、こうしてお茶会を開いてくれて本当に嬉しいわ〜!」
距離感が近くて馴れ馴れしい、まさしく"オバちゃん"という印象を受けた。
お茶会で、ミカはまず"天使さまのメッセージ"を参加者に伝えることにした。
とはいっても、適当な自己啓発本の聞きかじりのような陳腐な内容だ。
感謝しましょう、自分を大事にしましょう、愛をもって人に接しましょう・・といったことだ。
参加者はみんな、首を縦に振りながら熱心にメモを取っている。
そのあまりに真面目な様子に、ミカは少し後ろめたさを感じた。ミカがしている話は実際に天使から聞いたわけではなく、ただ"天使が伝えてくれそうな言葉"を羅列しているだけだ。
(・・・まあ、毒になる内容じゃないから別にいっか)
ステラおばさんは実際にクッキーを焼いてないし、シチューを作ったのもクレアおばさんじゃない。『天使さまのメッセージ』もそれと同じで、"天使さま"も含めて商品名の一部であるのだ。
次は、雑談タイムだ。
カウンセリングするほどではないけれど、天使に聞いてみたいことはこの時間に聞いてもらう。
また、今日の話を聞いて得た『気づき』をシェアする時間だ。
エリが口を開いた。
「私ぃ、新しい職場にめっちゃ怖い先輩がいるんですよぅ〜〜」
「あら、そうなの」
「『もっとはっきり喋りなさい!』とか、『今は喋らないで!』とかうるさいんですぅ〜」
それは先輩が正しい。ミカは思った。
エリは空気が読めないのだ。自分が客観的にどのように見えるかを考える能力が低い。だから化粧もファッションも喋り方も幼いのだ。
本当は歳を重ねるごとに、年相応なメイクやファッションはその年齢の人を美しく見せるために存在するということを理解していくはずが、エリは未だ10代20代の頃を引きずり、自分の年齢に対して幼すぎるメイクやファッションを選んでいる。しかも情報がアップデートされていないものだから、どれも時代遅れだ。「それ、10年前に流行ったよね」と言いたくなるような洋服ばかり着ていた。
エリは『私ってよく"30代に見えない"って言われるんですよぉ〜もっとオトナな女性にならなきゃ〜』とどこか自慢げに言うが、それは褒め言葉ではなく、エリが年齢に見合った知性や教養、落ち着きや人としての器というものを会得していないことをやんわりと指摘されているだけのことに、本人は気づいていない。
また、自分のことばかり考えているから、人との会話ではいつも"自分中心"に話す。相手の話をじっくりと傾聴する能力も低いのだ。その上、語尾をやたらと伸ばす喋り方をされるので聞いている側はイライラする。
・・そんなことをミカは思ったが、そう指摘することは憚られた。そんなことを言えば、エリはもうこの場に来なくなるかもしれない。それは困る。エリは大切な"お客様"なのだから。
「・・きっとその人は若いエリさんに嫉妬してるのかもしれないわね。だから、エリさんを見るとイライラしてしまうのかもしれないわ」
ミカはエリが心の底で求めていただろう答えを与えてあげた。
エリは満足そうに微笑む。
「えへへ・・・そんなぁ〜若いって言っても、私本当はアラサーなのにぃ〜!ちょっと童顔なだけですよぉ!それにブスだしっ」
それは童顔ではなく、自立心のなさが顔つきに現れているだけよ。とミカは心の中で悪態をついたが、こう答えた。
「あらら・・・エリさんまた自虐してる!こーらっ」
悪戯っぽく笑う。
「うわっ!本当だ!無意識でしたぁ〜」
「もしかすると、エリさんの自虐癖がまだ抜けきっていないことも、原因かもしれないわね。
エリさん、ちゃんと自分のこと大切にしてる?」
「そういえば・・・最近ちょっとそのこと忘れていた気がします」
「自分を大事にできない人は、他人からも『大事にしなくても良いだろう』って思われてしまうものなのよ。特に魂のレベルが低い人は、そういった自己肯定感の低い人を食い物にしてしまうの。だからエリさん、まずは自虐をやめなきゃ。それに若さに嫉妬する人なんて、放っておけばいいのよ」
ミカは、いつのまに自分はこんなにもっともらしいでまかせを自然と言えるようになったのだろうと少し怖くなった。
ミカから思った通りの・・つまり、『あなたは悪くない、あなたには何も問題がない』という回答を得たエリは、満足そうにニコニコしている。
次に、ユウコが口を開いた。
「ミカさん・・私、お礼を言いたいことがあって・・・!」
ミカはユウコに顔を向けた。ユウコの頬は少し紅潮していて、目は喜びで輝いていた。
「実は私、先日、妊娠したことがわかったんです!
ミカさんのアドバイスをいただいてから、感謝することを心がけたら、夫が不思議と優しくなって、妊活にも協力的になってくれて・・・
ミカさんのおかげです!本当にありがとうございます!」
「・・・本当!良かった〜!」
ミカはそう答えた。本心だ、もし妊娠できなかったら自分の力を疑われたかもしれない。
だからカウンセラーとして、『(この間の適当なアドバイスが当たってくれて)良かった』という意味で『良かった』と答えた。
だがカウンセラーではなく、ひとりの女性としてユウコの妊娠を心から喜べたかと言えばそうではない。
(ちょっと・・・何私より先に幸せになろうとしてるのよ!!!)という不満の方が大きかった。
他の参加者たちも
「うわぁ〜良かったですね!」
「ミカさんのアドバイスはやはり当たりますね!」
と口々に祝福する。
「そういえばミカさん、お子さんはいらっしゃるんですか?」
カヨコが尋ねた。思いがけない質問に、ミカはどきりとした。
「・・・いいえ。今は皆さんに天使さまの声を伝えるお役目の方に集中したくて、当分はあえて作らないようにしてるんです」
そう答えた。
『本当は喉から手が出るほど欲しいけど、夫が非協力的なんです』とは、惨めな気がしてとても言えなかったのだ。
お茶会もお開きの頃、エリが言った。
「そういえば、また今度The SOURCEでスピリチュアル会が開かれるらしいんですが、ご存知でしたかぁ?
RYOさんが『また是非ミカさんにも来て欲しい』って言ってましたよぉ〜」
「そうなんだ、Factbookでまた見てみるわね。時間が合えば行くわ。そういえば、スピリチュアル会ってしばらく開かれてなかったんじゃない?」
「・・・ああ、そのことなんですけどぉ・・・」
エリが言いにくそうに答える。
「ミカさん・・・ケンジさんって覚えてますぅ?」
覚えている。確か、前回参加した時に少しだけ話したことがある中年の男性だ。
元々は外資系企業でバリバリ働いていたけど鬱になって、でもスピリチュアルに出会ってから『鬱がすぐ治った』と言っていた人だ。
「ええ・・・ちょっと話しただけだけれど」
「実はあの人、自殺未遂して」
「えぇ!?」
「命に別状は無かったんらしいんですけど、あの人スピ会の常連さんだったんで、ご家族の方とかがRYOさんの元にやって来たりして大変だったみたいなんですよ」
「・・・」
「ほらぁ、やっぱり"普通"の人たちってスピリチュアルのことに理解がなかったりするじゃないですかぁ。だからRYOさんとか他のメンバーが変な洗脳してるんじゃないかって疑ったらしくて。
・・幸い、疑いは晴れたんですけど、そのゴタゴタでしばらくスピ会はお休みしていたみたいです〜」
「・・・そうだったんだ、命に別状は無いと聞いて安心したわ」
「ほんとそうですよねぇ〜〜ケンジさんもミカさんのカウンセリング受けてたら良かったのになぁ〜〜」
ミカは本当に心の底から安堵したが、それは、ケンジが助かったことに対してでは無かった。
ミカが安心したのは、自分がケンジとほとんど関わりを持たずに済んだことに対してだ。
もし、自分がカウンセリングをしてこんな事態になっていたら、自分にまで騒動が飛び火していたかもしれない。そう考えると恐ろしくて仕方なかった。
しかし、ミカは自分がナチュラルに《自分に火の粉が降り掛からなくて良かった》と思っていることに気付くと、そんな自分のことも恐ろしく感じてしまうのだった。
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第11話につづく
