小説『天使さまと呼ばないで』 第8話
キョウコのカウンセリング以降、ミカは慌ただしい日々を過ごしていた。
キョウコの感想の効果で、新たなカウンセリングの依頼が続々と舞い込んだのだ。
そして、その依頼もこなしていくうちに、噂が噂を呼び、ミカのスケジュールは3ヶ月先までいっぱいになってしまった。
ただカウンセリングをするだけならまだ良いが、ミカの場合はハンカチも作らなければならない。
(これ以上のカウンセリングは、ちょっとすぐには無理だわ・・・)
予定がびっしり詰まったスケジュール帳を見て、自然と笑みがこぼれた。
(ほんの少し前までは、スケジュール帳なんてパートのシフトぐらいしか書くことがなかったのに)
スケジュールの密度はそのまま、自分の価値の高さを表しているかのように見えた。
(今は私のことを、たくさんの人が必要としている・・・)
ふと、スケジュール帳に挟んでいた、スピリチュアル会に参加していたラブリィ・ヨシザキの名刺が目に入った。
婚勝アドバイス料 30分1万5千縁
彼女の値段設定を見ると、自分のカウンセリングは安すぎるように思えた。
しかもミカのカウンセリングは、ミカの手作りの刺繍ハンカチ付きだ。
ミカは、カウンセリングを始めた頃、相場をネットで検索した時のことを思い出した。
(そういえば、1時間3万円のカウンセリングもあったし、10万円するものだってあったわね・・)
そう考えると、自分がもらっている額はあまりに少なすぎるように思えた。
(このままだと依頼が多すぎるし、もっと値上げしたほうがかえっていいかもしれない・・)
どのぐらい値上げしよう、ミカは考えた。
現実的な値段で考えると、今の金額に+5千円ぐらいが妥当な気がしたが、ミカのカウンセリングはハンカチというお土産付きである。
(仮に1万5千円とすると、このハンカチが3千円ぐらいの価値があるとして、カウンセリング自体の値段は結局1万円ちょっとになってしまう・・・それってやっぱり安すぎるんじゃないかしら)
ミカの頭からは、ハンカチの原価はそもそも500円にも満たないということや、自分のハンカチの比較対象にしている3千円のハンカチはデパートで売られているような高級品ということがすっかり抜けていた。
(よし、やっぱり2万円にしよう!)
ミカがカウンセリングの依頼を受けているのはFactbook上である。
ミカはFactbookに、値上げの告知を書くことにした。
(でも、なんて書こうかしら・・・)
『今の値段じゃ安すぎるから値上げします』『もっと稼ぎたいので値上げします』なんて、天使のイメージで売っているミカのカウンセリングにあまりに不似合いだ。
ミカはこう書くことにした。
ご好評いただいてるカウンセリングですが、お値段を1時間につき2万円に改定させていただくことにしました。
これまではハンカチの生地や糸を自前で用意しておりましたが、カウンセリングのご依頼が増えるにつけて、サービスとして用意するにはあまりに負担が大きくなってしまったのです。
ハンカチはできるだけ高いクオリティの生地や糸でご用意させていただきたいので、大変心苦しくはありますが、ご理解のほどよろしくお願いいたします。
冷静に考えればいくら生地代や糸代を上乗せするにしても、倍の金額になるはずは無いのだが、ミカは『いかに綺麗な理由と言葉で値上げを告知するか』に固執するあまり、その矛盾に気がついていなかった。
Factbookに告知を載せる。
どんな反応が来るだろう、もうお客さんが来なくなるんじゃないだろうか・・
そんな不安が止まらなくなって、心臓がバクバクした。
ミカはスマホをしばらく部屋に置き、気を紛らわせるためにリビングで片付けをした。
片付けがひと段落し、部屋に戻るとスマホには何件か通知がきていた。
Factbookを開く。
エリさん他20名がいいね!をつけました
エリさん他5名がコメントを書きました
と表示されていた。
「いいね」の数にホッとしながらコメントを読んでみると、そこにはこう書かれていた。
了解です!今までが安すぎたんですよね〜私なら10万円でも安いって思っちゃうかも(笑)
ミカさん・・いままで自腹で用意してくださってたんですね( ; ; )優しすぎます・・!本当に天使さまです・・!
お値段の件了解です!またミカさんのカウンセリング受けたいなあ♪
ミカさんからいただいたハンカチ、毎日使ってます。
このハンカチだけでも3万円は価値があると思います!
私はずっとミカさんのファンです(o^^o)
ミカは胸を撫で下ろした。
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10件以上のカウンセリングをこなすにつれて、ミカにはカウンセリングの"コツ"のようなものがわかってきた。
まず、相手の言葉を徹底的に受け止め、肯定する。
特に悲しみや苦しみといったネガティブな感情を抱いてるのが垣間見えたら、「悲しかったんですね」「悔しかったんですね」と、その感情を抱いていることを認めてあげるのだ。
そうすると大抵、クライアントはそういった負の感情を抱いていることに後ろめたさを感じているから、
「でも、こんなふうに思うなんて・・」
「こんなことを考えてしまうなんて・・」と言い出す。
そこですかさず、こう言うのだ。
「そう思ってもいいんですよ」
「そんなふうに考えてもいいんですよ」、と。
そして、なぜそんな風に後ろめたさを感じるのかを問いかける。ここで大抵、『親』の存在が出てくる。
親に「そんなことで泣いちゃダメ」と言われた、親に同じようなことをされたからそれが当然だと思った・・・等。
本人から切り出さなければ、こちらからこう聞いてみればいい。
「もしかして、親御さんから『〇〇したらダメ』と言われませんでしたか?」
「親御さんから、同じようなことをされませんでしたか?」と。
そうするとほぼ100%の確率で、「はい」という答えが返ってくる。
ここまで来たら、あとは簡単だ。
「あなたは悲しんでもいいんですよ」「憎いと思ってもいいんですよ」といった肯定の言葉と、
「あなたは愛されています」「ありのままでいいんです」「あなたはそのままで大丈夫」という、とにかく甘く優しい言葉をかけるのだ。
すると、皆まるで憑き物が取れたかのように安堵した表情になり、魂を浄化するような美しい涙を流してくれる。
その後は、まるで自分のことを神様のように崇拝してくれるのだ。
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今日のカウンセリングの相手は、ユウコという33歳の女性だった。
優しくおっとりしていて人当たりの良い印象だが、どことなく自信がなさそうな雰囲気だった。
ミカはユウコに尋ねた。
「ユウコさんはどうして、ハンカチを必要とされたのですか?」
「実は・・・私、3年前に夫と結婚してから、ずっと子供を望んでいるんですが・・・なかなか子宝に恵まれなくて・・・」
「そうですか・・・」
「夫も子供を望んでいるんですが、私ほどではないようで・・・最近は私ばかり子作りに熱心で、その温度差のせいで、すれ違うことも多いんです・・・」
その言葉を聞いた瞬間、ミカは裸足で階段から駆け降りたい衝動に駆られた。
今すぐこの場から、このカウンセラーという位置から飛び降りて、ユウコと手を取り合って語り合いたい。
『私もそうなんだよ、辛いよね』
『焦らなくてもいいって言われても、焦っちゃうよね』
『一緒に頑張ろうね、いつかきっと笑える日が来るから』
そう言って励まし合いたかった。
でもミカにはそれができない。なぜならミカは天使の力をもつ、崇拝される存在であらねばならないからだ。
ミカは決して、ユウコと同じ目線に立ってはいけないのだ。
ミカは落ち着いて、ユウコの話をじっくりと聞いた。
そして、いつものように
「悲しいと感じてもいいんですよ」「辛い気持ちを否定することはないですよ」と感情を肯定し、
「大丈夫ですよ」「あなたは愛されていますよ」という甘美な言葉をかけた。
すると、ユウコから思いがけない質問が飛び出した。
「・・・私、いつか、子供ができるでしょうか?」
ミカはどきりとした。そんなことを聞かれてもわかるはずはない。むしろこちらが聞きたいぐらいだ。
ミカとコウタは一度は円満な空気になっていたが、キョウコのネックレスの件以降、二人の間にはまたもや暗雲が立ち込めていた。
コウタに、素直に愛情を伝えようと頭では理解していても、どうしてもできないのだ。
優しくしよう、愛情を素直に伝えようと思えば思うほど、自分がもらったあのダサくてチープな天使のネックレスと、キョウコがFactbookに自慢げに載せていた美しく洗練されたテファニーのネックレスを比較してしまう。
『私だって、テファニーのネックレスが欲しかったのに!』
『こんなもの買うぐらいなら、GODIBAのチョコレートでも買って来なさいよ!」
そうしたコウタを罵倒する言葉ばかりが、頭の中に浮かんで、ピリピリとした空気を発してしまう。
夜の生活は1ヶ月以上ご無沙汰で、妊娠する可能性は1ミリもなかった。
「ミカさん、天使さまはなんと仰っているでしょうか・・いつか、いつか私、子供を産むことはできますか?」
すがるような目でじっと見つめるユウコに、ミカは戸惑った。
しかし、「わかりません」などと答えられるはずもない。
そう答えてしまうと、自分には何の力もないことが白日の下に晒されてしまう気がした。
ミカは意味ありげに深呼吸した。実はこの間ミカの頭はフル回転して『ユウコにぴったりな言葉』を探していたのだが、そう悟られないように"天使と交信している感"を演出したのだ。
「・・自分の力を信じてください。そして、天使さまに感謝の気持ちを捧げてください。
ユウコさんの感謝の気持ちが天使さまに伝われば、願いはきっと叶うはずです。
天使さまはいつもあなたのそばにいます。ですから、安心してください」
ミカは、逃げたのだ。
未来を「信じる力」や「感謝の力」に委ねれば、ミカ自身に責任が及ぶことはない。
もし叶えばそれは"ユウコに信じる力や感謝の力を伝えてくれたミカのおかげ"になるし、
叶わなければ"ユウコの信心が足りないから""ユウコの感謝の心が足りないから"というロジックを利用できる。
『信じさえすれば、感謝さえすれば、夢が叶う』という希望の言葉を与えられたユウコは、安堵の表情を浮かべた。
その表情に罪悪感を抱いたミカは、いつものようにユウコにお手製のハンカチを渡した。
(ユウコさんの願いが叶いますように)という祈りを強く込めながら。
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第9話につづく
