小説『天使さまと呼ばないで』 第60話
ミカが洋裁の本を見て作ることにしたのは、ブラウスだった。
それは、ミカが高校二年の文化祭の時に作ったドレスの次に、作るはずのものだった。
だが、文化祭でアミのドレスに"完全敗北"してからは、服を作る意欲を完全に無くしてしまって、このブラウスを作ることなく部活は終わってしまった。
作りたかったブラウスは、袖付けだとか襟付けがあるのはもちろん、ピンタックやフリルといった飾りもあるので、文化祭で作ったワンピースよりもずっと複雑で、作るのが難しい。
だが、どうせゴールデンウィークで時間は腐るほどある。ミカは改めてそのブラウス作りに挑戦することにした。
一日目は、まずは自分のサイズを確認して(思ったより太っていなくて安堵した。仕事のおかげだろうか?)、型紙を写して切り取って、布を裁断して・・・そうした細々とした作業であっという間に終わった。
翌日は一日がかりで縫製をした。
出来上がったブラウスは、襟も袖も左右対称になってなかったし、ピンタックも歪んでいて、とても人様の前に出せるような代物では無かった。
それでも、無事完成したことをミカは誇りに思った。
ハンガーにかけたブラウスは、まるで自分を褒め称えているように見えた。
(よし、次はもっと綺麗に仕上げられるようにしよう!布も時間もたっぷりあるんだし!)
その後も同じ型紙で、ブラウスを作った。
2着目は作業の流れも頭に入った状態でやるので、だいぶスムーズにできたし、ズレやガタつきもかなりマシになった。
自信が付いてきたミカは、ピンクやブルーや黄色の布で色違いや、袖の長さを変えたものも作ることにした。
ミシンを動かしながら、ミカは考えていた。
一体、自分はどうして、あれほど金銭や物欲に溺れてしまったのだろう?
何かヒントは無いかと、自分の過去を辿ってみる。
小さい時、母親はいつも言っていた。
私の家系は元を辿れば有名な地主だったのよ。大金持ちだったの。
それがおじいちゃんが事業に失敗したせいで貧しくなって、お母さんは小学生の時から大変な思いをしたの。
おじいちゃんの事業が成功していれば、私はもっと大金持ちの人と見合い結婚でもさせてもらえたでしょうね
ミカは母のそんな口癖が大嫌いだった。
目の前には、父と母の血を引いた自分がちゃんと存在しているのに、"想像上の幸福な生活"と比較して今の生活を蔑まれると、まるで自分なんていない方がいいと言われているような気がした。
しかし、ミカの母親は、そうした無神経な発言がどれだけミカを傷つけているかなんて、まるで気づいていなかった。
だが、そんな母の口癖を憎んでいたはずの自分が、いつしか母親と同じような価値観になっていた。
それはすなわち、『お金さえあれば幸せな人生を送れる』という価値観だ。
(やっぱり、お母さんのせいなんだ・・・)
カウンセリングでも、クライアントの話を聞くと大抵行き着くのは『幼少期に親にされて傷ついたこと』だった。
(お母さんのせいで、私はこんなふうになったんだ・・・)
ミシンの針が上下に勢いよく動き、布を次から次へと突き刺していく。まるで自分の怒りを代弁するかのように。
そうしているうちに、ミカはいつの間にか針に糸が通ってなかったことに気がついた。
(あ・・・糸が切れてる・・・)
今日はもう遅い。制作はこの辺にして、ミカは寝ることにした。
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翌日、ミカは近所のショッピングモールに訪れた。
ショッピングモールの中には、小さな手芸屋さんが入っている。おしゃれな生地などはあまりないが、白やピンクなどの定番の色の糸はちゃんと取り揃えてあった。
糸を買い足してから歩いていると、すぐそばにあるおもちゃ売り場が見えた。
連休中だからだろうか、人が多い。
「ママー!あれ買ってー!」
泣き叫ぶ5歳ぐらいの子供がいる。
「ダメ!あんなのすぐ飽きるんだから!」
母親はそう言って子供の腕を引っ張っていた。
ミカは、幼い頃の自分を思い出した。
ミカは4歳の頃、とある魔法少女もののアニメが好きだった。
そのアニメに出てくる『魔法のステッキ』が、ミカは誕生日にどうしても欲しかった。
だが、母におもちゃ売り場でねだった時、母は言った。
「もうすぐあのアニメも終わるし、すぐ飽きるんじゃない?他のものにしたほうがいいわよ」
母は実に『正しい』アドバイスをしてくれた。
結局、ミカは知育に良さそうなブロックを買ってもらうことにした。母に「こっちの方が長く遊べるから良いんじゃない?」と言われたからだ。母は、ミカが『正しい』選択をしたことに満足気だった。
でも、ミカは全然嬉しくなかった。本当は魔法のステッキが良かったのに。
すぐ飽きるとしても、アニメがもうすぐ終わるとしても、後で「あっちの方が良かった」と思うことになったとしても、その時のミカが欲しいのは魔法のステッキだった。
もしかすると、「絶対に魔法のステッキがいい!」と言えば、母は買ってくれたかもしれない。でも、そう言う勇気がなかったし、自分の思いを正直に口にするのはなんだかすごく恥ずかしかった。
買い物の後、ブスッとした顔で歩いていると、母は腹を立てて言った。
「もうっ!せっかく買ってあげたのに、なんでそんな顔するの!」
ミカは何も言えないままで、重苦しい空気は変わらなかった。
せっかくの誕生日だったのに・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・
・・・
こうしたことは幾度となくあった。
そう、ミカは昔から感受性が強かった。だから、母がどんな選択をすれば喜ぶかを感知する能力も高かった。
そして、不機嫌になった時、周りの空気まで悪くさせることが嫌で仕方なかった。そんな自分は『悪い子』と言われているような気がした。
そのうちミカは、母に何も言われなくとも、母が『正解』『良い子』と判断してくれそうなものを自分から選ぶようになっていった。
そうすれば、母は喜んでくれるし、自分も悲しい思いをしたり、不機嫌な空気を出したりしなくて済むからだ。
そのうち、ミカが選ぶものは全て『他人から良く思われるか』『他人から正解と思ってもらえるか』が基準になっていった。
そしてミカは、いつしか自分が単純に好きだと思ったものにも、他人の評価を気にするようになってしまった。
好きで始めたはずの手芸も、自分より上手な人を見るとやる気がなくなった。
本当は家庭科部でもっと服を作りたかったのに、アミに負けてからは刺繍や小物作りをするようになった。そうすれば、アミの作品と比較して落ち込むこともないからだ。
大人になったミカは、ブランド品が好きになった。
ブランド品なら、他人から『良い』『正しい』と思ってもらえそうだからだ。それに高価なブランド品を持つと、まるで自分の価値まで上がるような気がした。
こうして考えると、全ての点が繋がった気がした。
ミカは母親へのどうしようもない恨みと怒りを抱えながら、家へと帰っていった。
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第61話につづく
