見出し画像

小説『天使さまと呼ばないで』 第4話


高校生の時、ミカは家庭科部に所属していた。

そこでは、放課後にみんなでお菓子を作ったり、フェルトでぬいぐるみを作ったりして、和気藹々と楽しく過ごしていた。

高校ニ年生の時だった。その年の文化祭では、それぞれが製作した服を展示することになったのだ。

二年生に課せられたテーマは『ワンピース』だった。

そして、ただ飾るだけでは面白くないから、展示会場に投票箱と用紙を置き、どの作品が一番良かったかを来場者に投票してもらうことになった。

ミカが作ったのは、白いシンプルなAラインのワンピースだった。シンプルだけれども、その分ステッチの正確さやシルエットの美しさなど細かいところに気を配り、自分なりに満足いく仕上がりになった。

展示するためのトルソーに作品を着せた時、ミカは自信たっぷりだった。もしかしたら、自分が人気投票で一位になるかもしれない。

・・・ところが、会場で断トツに注目を浴びたのは、友人のアミが作ったワンピースだった。

それはまるでドレスのような、チュールをふんだんに使った、アシンメトリーなデザインの黒のワンピースだった。

来場者たちは、どの作品にも好意的な感想を述べてくれたが、アミのワンピースは別格だった。

「高校生がこんなにすごいワンピースを作れるの!?」 

「販売してほしいぐらいだよね!かっこいい!」

「すごくセンスがいい〜」

確かにアミは、部活では一番手先が器用で、センスも良かった。

来場者の反応通り、投票で一位を取ったのはアミの作品だった。

ミカは惜しくも二位だったが、アミはミカに大差をつけての一位だった。というより、アミだけが突出して得票率が高く、その他の生徒は皆どんぐりの背比べだったのだ。

結果発表の時、ミカは、表面上は他の生徒と同じように「やっぱりアミちゃんが一番だよね!本当にセンスが良くて、裁縫も上手いよね!」

とアミのことを褒め、一位を祝福した。

そうしなければ、自分が嫉妬していることが他の人にバレてしまうのではないかと思うと怖かったからだ。

アミのワンピースは優勝作品として文化祭の後も家庭科室の前にしばらく飾られていた。ミカはそこを通りがかるたびに、まるで小姑のように縫い目を事細かくチェックした。そして粗を見つければ

「形が派手だから上手に見えるだけで、単純な縫製技術で言えば大したことないわね」

「素人にはこうしたわかりやすい派手さがある方が、センスが良さそうに見えるものよね」

「黒一色だとステッチも見えなくて、ミスも誤魔化しやすいわよね。それにしてもこれ、悪魔が着てそうなデザインよね。ダサい」

と自分に言い聞かせた。そうして敗北の痛みから逃れようとしたのだ。


アミは高校卒業後、有名な服飾の専門学校に進学した。

ミカもその学校に憧れてはいたが、結局進学したのは普通の四年制大学だった。

ミカは、怖かったのだ。

専門学校に行ったら、きっとアミと同等か、それ以上に優れた技術やセンスを持つ人がたくさんいるだろう。

アミと比べれば自分が平凡でなんの取り柄もない人間だという現実に向き合わなければいけなくなることが、ミカは恐ろしくて仕方がなかった。


卒業式の日、ミカはアミにこう言った。

「いいなぁ、アミちゃんは専門学校に行けて。

私は親が大学に行けってうるさくって。

それに、就職を考えたら普通の大学のほうが良いかなって」

ミカの親は確かに、ミカに普通の大学に入ることを勧めた。

しかし、真剣に頼めば専門学校に行くことを許可してくれただろう。或いは、服飾が学べる大学を勧めてきたかもしれない。それにたとえ親が認めてくれなくとも、自分で学費を稼いで通う選択肢だってあることはわかっていた。

しかしミカは、『親と就職のことを考えて』という美しい言い訳を使うことで、夢から逃げることを正当化したのだった。



ところが今、こんな平凡な自分の刺繍した何の変哲もないハンカチが、大勢の人の注目を浴びて賞賛されている。

(普通の作品でも、『幸せになれる』という付加価値があれば、"素晴らしいもの"になるんだ・・)

そう思った瞬間、ミカの目の前には、開けてはいけない扉が存在しているように感じた。

その扉の先にはただ暗闇だけが拡がっていて、一歩踏み出した途端、どこまでも落ちていく気がした。



-----------------


スピリチュアル会参加者の自己紹介が一通り終わった。後はまたフリートークらしい。

席は自由に移動して良いらしいが、ミカはどうしていいか分からず、とりあえず横にいるエリと、その横にいたサラリーマン風の男性と会話した。

男性の名前はケンジさんと言うらしい。

「僕はこう見えてもニ年前まで外資系でバリバリ働いてたんですよ。見えないでしょう?

でも忙しすぎてメンタルがやられちゃってね。

一年間鬱で苦しんだけど、こうして精神世界のことを知って、それが治ったんですよ。

僕は本当は"愛の人"だったんです。でもそれに気づかずに生きてたから、苦しかったんです。

これからは"風の時代"ですからね、僕みたいに愛に気づく人が増えてきますよ」

と言ってニコニコしている。

エリさんも同意する。

「私、実は新卒の時は銀行で働いてたんですぅ。でも、やっぱりお金のエネルギーが強い場所ってしんどいんですよねぇ・・"愛の人"には。お札を数えるのなんて辛くて辛くてぇ〜」

こうした会話に疑問を持たず普通にリアクションできる人々を、ミカはすごいと思う。だからといって、そうなりたくはないけれど。

突然、人が近づいてくる気配がした。振り向くと、ミカの後ろに二人の女性がいた。

「あのーミカさん」

「ちょっといいですか〜?」

二人の女性は、ユカとキョウコという30代前半の女性だった。

「お願いミカさん、私にも"天使のハンカチ"作ってー!」

「私も!お願いします!お金はもちろん払うので!」

「えっ・・」

びっくりした。まさか買いたいと言われるなんて。

「それは良いんですけど、効果がある保証は・・」

エリの件だってまぐれに違いない。何かの効果を求めているのならプレッシャーだ。

「いえいえ、本当に素敵なハンカチだったから、たとえ効果がなくてもいいんです」

「うんうん、お守りみたいなものですよ!持ってるだけでテンションが上がりそうだし」

「そうですか・・それなら・・」

そこにエリが口を挟む。

「あっ、ユカさんとキョウコさんも、私みたいにカウンセリングもしてもらったらどうですか?ミカさんの力は本当にすごいから!」

おいおい、いきなり何を言うんだこの女は。

確かに先月、エリと会話はしたけれど、カウンセリングなんてした覚えはない。それに、こんな素人にカウンセリングされて、一体どこの誰が喜ぶというのだ。

ところが、ユカとキョウコの反応はミカの予想に反するものだった。

「えーっ、もしそうしてもらえたら嬉しいなあ」

「私も!」

そう言って二人ははしゃいだのだ。

自分とただ話すことをこんなに求めてくれる人がいるなんて、ミカには初めての経験だった。

エリが言う。

「ミカさんこっちの道絶対向いてますよ。エンジェルカウンセラーなんて肩書きにしてもいいかも!」

カウンセリングというとなんだか専門的なイメージがあったが、エリとしたような会話をすることなら、難しいことでは無い気がしてきた。

「あはは、流石にそれはしないけど・・良いですよ、私なんかで良ければ。カウンセリングって呼べるほど大したものじゃないですけど、お話聞くぐらいならできますよ」

「ありがとうございます!」

「めっちゃ嬉しいです〜!」

ユカとキョウコが素直に喜ぶ様子を見て、ミカもなんだか嬉しくなった。

「あ、ミカさんFactbookやってますか?そこで詳しい話ができたら嬉しいんですけど」

Factbookはいわゆる"意識高い系"の人がよく使っているSNSだ。

ミカがやっていないと答えると、エリが言う。

「このスピリチュアル会のみんなが参加するページもあるんで、ミカさんも登録したらどうですか?

次にいつやるかとか、参加や不参加の連絡もできて、便利なんですよ〜」

こうしてその流れでミカもFactbookに登録することにした。

エリに登録の仕方を教えてもらう。

その様子を見て、マユミが近づいてきた。

「あら、ミカさんFactbookに登録したの?友達申請しておくわねぇ〜〜!」

ほとんど喋ったこともないのに、このおばさんの「友達」の定義はどれだけ広いのだろう。

エリにスピリチュアル会のページへの参加方法を教えてもらう。まずはカフェの『The SOURCE』のページのフォロワーになる。そこから『TALK SPIRITUAL@The SOURCE』というリンクを選ぶ。

トップページに、今日のスピリチュアル会の情報が載っている。

ちょっと不思議なこともフツーのことも
みんなで語り合いましょう!

10月14日(日)11:00〜14:00(貸切)

参加料金 5千縁(当日は+500縁)
☆フリードリンクと美味しい軽食付き☆

この会に5千円(縁、という表記にはもう突っ込まないことにする)も取られているとは知らなかった。

軽食の内容を考えると少々割高な気がする。

(まあでも、貸切だし、そのぐらい取らないと経営が難しいのかもな・・

それに無添加やオーガニック素材が売りだから、食べ物の原価も高いのかも・・)

そう考えることにして、モヤモヤを忘れることにする。


そうこうしていると、オーナーのRYOが声を張り上げた。

「えー、今から、MARIAさんがみんなのために歌を歌ってくれまーす」

ちょっとした余興らしい。

MARIAがみんなの前に立ち、体を曲げて手を前に出してアカペラで歌い出す。


迷い迷い生きてきたこの地球(ほし)
喧騒の中で違和感を感じていた
自分の場所はここでは無いと
普通のフリは楽だけど
後で後悔したくは無いんだ
呼び覚ませ、はるか遠い星
シリウスの記憶
Ah 私は愛に生きる

大地のエネルギーを注入すると謳っていたが、どうして宇宙のことを歌っているのだろう。

些細なことだが、ミカは「違和感を感じる」「後で後悔する」という重複表現が気になって、あまり歌に集中できなかった。

確かに歌は上手い。少なくとも、「上手く思われる歌い方」を研究した歌い方だろう。派手なアクセサリーと民族衣装風の服を身に纏い、背中を大きく曲げて手で音程をとっている様子も、サマになっている。

しかし、プロと比べると圧倒的に声量が足りない。

歌が終わり、MARIAは少し照れ臭そうにお辞儀をして微笑んだ。

マユミが水を飲み、言う。

「やっぱりMARIAちゃんの歌を聴いた後は、水がまろやかになってるわ!」

みんなもそれぞれの飲み物を口に含み、

「本当だ」「エネルギーが変わったね」と言う。


ミカは酵母リンゴジュースを飲んでみた。

(そう言われれば変わったような、変わってないような・・)

しかし、場の空気を悪くしたく無いミカは、何も言わずにただ微笑むだけにした。


こうして、スピリチュアル会が終わった。

ミカはエリと途中まで一緒に帰ることにした。

「ミカさん、今日はどうでした?」

「うん、最初はドキドキしたけど、みんな優しくて良い人だね」

「でしょでしょ?」

そう、会に集う人は皆『優しくて良い人』だった。

そこでミカのスマホが鳴った。Factbookの通知だ。

「あら、早速マユミさんから友達申請だ」

「あー・・マユミさんですか・・」

エリが微妙な反応をする。

「どうしたの?」

エリは辺りを見回してから、小さな声で言った。

「・・あの。Anwayって知ってますか?」

「ああ、マルチ商法の?」

名前だけは聞いたことがある。そしてマルチ商法があまりよろしく無いビジネスだということも知ってはいる。

「マユミさん、あそこの人なんです。しかも、けっこう高ランクの・・」

「えっ」

途端に寒気がした。エリは「何も売りつけられたりしない」と言ってたでは無いか。

「いやでも、あの場で勧誘したり、物を売ったりすることはないんです。そもそも、RYOさんがあの場での活動は禁止してますし。

それに、マユミさんは断ったらすぐ諦めてくれますし、普段は良い人なんですよ。話もいつも面白くて、何より人脈がすごい人なんですよ」

たとえどれだけ優しくてユーモアがあったとしても、その場では勧誘をしなかったとしても、そのような危険因子を持つ人間が『良い人』と呼べるとは、ミカは到底思えなかった。

カフェで感じていた違和感を抱いていた点が、線になって繋がった気がした。

ラブリィ♡ヨシザキや琥珀翡翠たちがやたらとマユミを煽てていたのは、その人脈が目当てだったのだ。

恐らくマユミのほうも、スピリチュアル会の人脈を目当てにしているのだろう。だからわざとらしくオーバーなリアクションで褒めたり、大きな声で存在感を出していたのだ。

「まあ、テキトーに話をかわしたらそれ以上は追ってこないんで、ミカさんも興味が無ければ事務的な挨拶だけしたら大丈夫ですよっ!

もし言いづらかったら、私から断っておきますしっ!」

「うん・・・」

少し微妙な気持ちになった。自分のことを金ヅルと思われて友達申請されたのだとしたらショックだ。

モヤモヤした気持ちを抱えたまま、エリと別れて家に着いた。

コウタはどこかに出かけているようだ。ミカは溜まっていた家事を済ませ、ソファで一息ついてスマホを見る。

ひとしきりSNSや、いつも見ているウェブサイトを見ると、Factbookの通知が来た。

「あなたの写真がタグにつけられました」と表示されている。

見てみると、『TALK SPIRITUAL@The SOURCE』のページに、今日の会の写真がアップされていた。

今日もサイコーの笑顔に会えました☆

いつの間にか、ミカの作ったハンカチの写真もアップされている。

今日は天使が見えるミカさんが参加してくれました!
これはミカさんが手作りされたハンカチです♪
このハンカチのおかげで参加者のエリさんは就職が決まったそうです!

そこに「いいね」が5つもついていた。

私も欲しい〜!

素敵!かわいい!

というコメントまでついている。

それを見て、モヤモヤしていた気持ちが少し晴れた。

そこに丁度、一通のメッセージが届いた。キョウコからだ。

今日はありがとうございました。とっても楽しかったです!早速ですが、カウンセリングはいつが空いてますか?あ、あと値段も教えてくださると嬉しいです!


ミカは悩んだ。一体どのくらいの金額がいいんだろう・・。

ハンカチの原価でいうと500円でも良いが、それだとエリに申し訳ない気がする。エリと同じ千円にしようか。でもエリはそもそも『5千円でも安すぎる』と言っていたはずだ・・・

その時ミカは、化粧水が切れかかっていることを思い出した。もし5千円手に入ったら、欲しかった高級化粧水も買うことができるだろう。ここは思い切って5千円にしようか・・・

悩んでいるうちに、エリの言葉が頭の中に響いた。

『ミカさんは本当に素敵な方です。

ミカさんはもっとたくさん受け取る価値がある方です。』

(あともう少し、値段を上げても良いかな・・)

ミカは、ラブリィ♡ヨシザキの名刺を取り出し、裏面の

婚勝アドバイス料 30分1万5千縁

という文字を眺めた。

ラブリィ♡ヨシザキは30分1万5千円もの金額を提示している。私ももう少し欲を出してもバチは当たらないだろう。それにラブリィ♡ヨシザキと違って、私にはハンカチという目に見える商品や、刺繍という技術がある。


ミカはこう返信した。


こちらこそ、今日はありがとうございます!とっても楽しかったです♪
日にちですが、再来週の水曜日か土曜日はいかがですか?
値段ですが、カウンセリングは1時間につき1万円です。もちろんハンカチ付きです(o^^o)よろしくお願いします!


ドキドキした。もし「高すぎる」「やっぱりいらない」と言われたらどうしよう・・・


するとすぐキョウコから返信が来た。

返信ありがとうございます!それでは土曜日でお願いします。
ハンカチ付きでそのお値段はとってもお得ですね♪楽しみにしています。


ミカは心の底からホッとした。


自分が法外な値段を取る詐欺師ではないと認めてもらえた気がしたのだ。



-----------------

第5話につづく




いいなと思ったら応援しよう!