不登校のことを何一つわかってなかった私が見つけた、イバラの道の歩き方
再不登校という悪夢
娘は玄関でうずくまっていた。
この光景は見たことがある。初めて学校に行けなくなった時と同じだ。また動けなくなるのか。私はなんのためにここまでがんばったのだろうか。
この悪夢の半年前に、私は会社を退職した。
娘の不登校は、多忙すぎる仕事のせいだと思ったからだ。寄り添えばきっとうまくいく。実際に退職してすぐに娘は学校に行けるようになった。
しかし夏休み明けから徐々に行けなくなり、ついに玄関でうずくまったのだ。私は焦った。2学期は行事が多い。楽しいはずだ。運動会に出てほしい。いつになく強い口調で登校を促し続けた。何とか運動会には出れたが娘の心は憔悴しきっていた。
再不登校への決意と膨らみ続ける不安
運動会が終わったらすぐに学芸会。練習があるのに娘は動かない。
先輩不登校ママに相談をした。
「行事はスルーがいいんだよ。日々を楽しく過ごした方が良くない?イレギュラーなことが多い行事は無理しない方がいい」
初めての学芸会。後ろ髪を引かれつつ参加は諦めた。娘に早く元気になって欲しかった。しかし学校に行かない日々が続き、私の不安は膨らんだ。漢字と計算ドリルの進み具合を毎週学校に聞いた。家でドリルを勧めたがやらない。
「勉強をしないと、大人になって仕事につけないよ」「ママだって一生一緒にはいてあげられないよ」そんな将来への不安を伝えるようになる。
そして忘れられないあの日。娘は消え入りそうな声で言った。
「あのね、ママが悪いっていうわけじゃなくってね。生きるって辛くて大変だね」目の前が暗くなった。私は多分間違えた。どこかで間違えた。このままじゃいけない。今までのやり方は追い込むだけだ。不登校についてもっと学ばないと。
褒め続け、デジタルは制限した
まずは本を買うことに。巷に溢れる不登校の本。「不登校 改善」レビューが多い本を買い漁る。何冊か目を通し、レビューが一番高いものを実践。「子供のいいところを褒める」毎日3つ褒めた。
そしてデジタル制限。テレビは1日1時間までにした。褒めることはすぐに効果があった。でも褒めるのを忘れた日に「褒めてくれないの?」と聞かれた。ご褒美を待っている。あれ?これあってる?そしてテレビ。まだ年齢も小さい。一人遊びも限界だ。相手をするのは私しかいない。1日中何時間も相手にする。疲労感がすごい。あれ?これあってる?
母子分離不安が始まった
そしてこの頃から娘の母子分離不安が増えた。歯磨きや風呂を嫌がる。寝たくないという。「じゃあいいよやらなくて」と言っても「それは嫌だ」と。常に私が一緒でないと怒るので、娘の気持ちが変わるのをひたすら待ち続ける。
ある日疲れてしまい、先に風呂に入った。怒り狂った娘は風呂のドアを開け、泣きながら抗議をした。2月の寒い時期。ビュービュー入る風。「いい加減にして!!!」気づいたら大きな声で叫んでいた。
心身ともに限界だった私は、娘にゲームを勧めた。娘はすぐに夢中になった。少し私の時間ができた。私が外出時はゲームもテレビも視聴制限を無しにした。こうして夢の一人時間を手に入れたのだ。
でもそれも束の間。娘はゲームに飽き始めていた。うまく建物が作れない。一人時間の危機だ。
一緒に作ったりYouTubeで参考になる動画を探した。娘はそれをきっかけに、センスの良い建築を作っていくようになる。同時にゲームにもYouTubeにもはまっていく。
心理学との出会いとチグハグな自分
不登校に関して独学で学ぶのに限界を感じていたある日。ママ友から不登校講座に誘われた。
不登校経験のある方が開いている講座で自分の悩みも相談できる。そこで心理学に関して教えてもらう。私は教育心理学部出身だったこともあり、久しぶりにもっと学んでみたいと思った。
おすすめの書物を読み漁った。もっと具体的に学びたいと思い、大学の傾聴講座に申し込んで学びを続けた。娘との関係が好転していった。
心理学はたくさんの学びを私に与えてくれた。知識は武器だと思う。夢中で勉強する一方、なんだか私ばかり頑張っている気がした。
傾聴の知識を使い根気強く話を聴く時がある一方、娘の愚痴が理不尽な気がして、怒りが沸々と湧き上がり我慢ができない時があった。なんだかチグハグな自分がそこにいる気がした。
家にこもる娘、外に飛び出す自分
娘は家では元気になっていったが、外には出れなくなっていった。ゲームやYouTubeのせいなのだろうか。私は少し不安になった。何ヵ月も外に出ていない。友達とも会えなくなっていた。
そして結婚20周年目に事件は起こる。その日は久しぶりに家族でランチを食べに行くことになっていた。「ママたちだけで行って」娘は動かず、その日は結局キャンセルとなった。
私は最初はいい顔をした。「いいよ。無理しないで」しかしみんなの昼食を作り終え、洗い物をしているときにため息をついてしまったのだ。激昂する娘。限界を迎える私。気がつくと外に飛び出していた。
一番最初に向き合うべきこと
タリーズに入って、カフェラテを頼む。味なんてしない。20年前の今日、私は結婚をした。幸せに包まれていたあの日。こんなことになるなんて誰が想像していただろう。
震える手で日記アプリをインストールし、開いた。
「私は書くことにした。みっともない自分を書くことにした」
堰を切ったように自分のドロドロした気持ちを書き綴った。味のしないカフェラテはすっかり冷めていた。書いた日記を見返して気づく。
自分だ。まず自分を癒さないと。
来年の今日は笑って過ごしたい。そのために私がまず向き合うのは自分自身だ。
向き合う方法はいくつかあるが、私は書くことが好きだった。しかしどこまでもいい子ちゃんだった私は、格好悪い感情になかなか向き合えない。そこをこらえて、ありのままの自分を書く。ひどい感情をねぎらい、どうしたいか問う。いつだって「娘と穏やかに過ごしたい」だった。
日記を書き始めて、数日後に変化があらわれた。娘に当たることが減った。愚痴は日記に書けばいい。前回もこのパターンで怒ったな。なんでこの感情になるのかな。ここが課題だから調べよう。日記は私のカウンセラーであり戦略ノートになっていった。
ケンカのネタは徐々に減り、うまくいったパターンや琴線に触れるような感動的な出来事でうまっていった。
不登校という名のイバラの道の歩き方
「最近、ママ怒らなくなったよね」
ある日娘はフレンチトーストを頬張りながらいった。
「この朝ごはん、オラが落ち込んでるから作ってくれたんでしょ」
本当に鋭い。これも日記を綴る中の気づき。「おしゃれな朝ごはんで元気が出る」昨晩落ち込んでいた娘は、今朝は嬉しそうだった。
「あ、バレた。なんか元気なかったしさ」私たちは微笑みあった。
不登校は深くて長い。道はイバラなのかというと多分そうだ。大切なのはその正体。そこには自分の課題や常識という名の思い込みが潜んでいる。一つ一つ自分を刺しているトゲを抜く。少しずつ道を歩くのが楽になる。
楽になると今まで見えなかった発見がある。見上げてみると、この道の景色は美しく芳醇だ。
不登校という道もいつか振り返る時が来る。「なんだかんだでこの道を歩いてきてよかったじゃない」
親子で笑いながらそう話すために、私は今日も書き続けるのだ。
