個性と知らずに悩んでいるなんて。
ふっこです。
個性の世界では
誰もがオンリーワン。
ということは
「他者からは理解されにくい」
という意味でもあります。
そういう自分でありながら
人は「周りと同じ」を
求めてしまうところがあります。
気が合う人
同じ趣味の人
似たような体験をしている人
などなど。
同じであることに
安心するのかもしれません。
でもそれは無意識に
「本当は違いあっている」ことを
知っているからかもしれません。
「分かり合えない」
ことは、悲しいことだと思いますか?
そこには何か問題があると
感じてしまうでしょうか?
もちろん、お互いが
違っていたとしても、
その上でコミュニケーションを
楽しむことはできます。
お互いが違う世界を見て
違う個性を表現していたとしても
一緒にいることはできます。
だけどね、
「分かり合えない」
ことを否定してしまうと
個性の表現は抑圧されると思います。

個性を知れば知るほど
その表現の多彩さとユニークさに
気付いていきます。
その中にはおそらく
否定されていたり
好ましくないと
思われている表現も
あると思います。
周りの評価と
個性の表現。
どちらが正しいとかではなくて、
ただ、認識のズレはあると思います。
どうして個性のまんまの表現が
世の中で否定されがちなのか?
そこに現代の課題がね
あるような気がしています。
ひとつは、「知らない」こと。
周りから見て理解できないような
表現やふるまいだったとしても、
その人はただその人の個性を
真っ直ぐに表現しているだけ
かもしれないんです。
今の「常識」の中には
その情報が含まれていない感じ。
でもその社会が間違っている
ということでもなくて、
じゃあ誰もが堂々と
自分の個性を表現してきたのか?
と問えば、
ガマンしたり、隠したり、
コントロールしたり、
否定をしたり、自責したり、
誰かの真似をしたり。
そんな風にしてきた過去が
沢山あるのではないでしょうか?
つまり、「表現してこなかった」
ことがもうひとつの理由かなと。

この、
「知らなかった」
「表現してこなかった」
2つの要素を
自分という存在の中で
まず溶かしていく。
それが
「個性を知っていく」
というアプローチだと思います。
知っていくことで
自分の個性の表現を
受け入れ、楽しみ、
磨いていくことは
誰にでも今すぐに
始められることだから。
そんな一人一人の中の変化が
結局のところ社会を
変えていくと思うんですよね。
だって本当は誰も
個性を否定したい訳では
ないと思うから。
だからね、
「まず知ること」
からだと思いませんか?
知らないだけで
そこから悩みが
生まれているのなら
知ることから始まる世界は
優しくて温かい世界ですよね♡
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