ごはん粒に「こっちおいで」と言う、2歳の三男
わが家では、ご飯茶碗に残ったごはん粒を、箸やスプーンでひとつに集めることを「あつまれ」と呼んでいる。
「ほら、ごはん粒、あつまれして食べよう」
いつからそう言うようになったのかは覚えていない。
長男のときからだったのか、次男のときからだったのか。
ただ、気づけばわが家では当たり前の言葉になっていた。
最近、2歳の三男も、その「あつまれ」を覚えた。
小さなスプーンを一生懸命動かして、茶碗のあちこちに残ったごはん粒を集めようとする。
まだ上手にはできない。
集めたつもりのごはん粒が、また別の場所へ逃げていく。
スプーンを持つ手にも、頬にも、ごはん粒がついている。
それでも三男は、真剣な顔で言う。
「あつまれぇ〜!」
「三男くんとこ、おいで〜!」
思わず笑ってしまった。
私がいつも言っていた「あつまれ」が、三男の中では、ただごはん粒を集める言葉ではなかったらしい。
散らばったごはん粒たちを、自分のところへ呼ぶ言葉になっていた。
「こっちにおいで」
「いっしょに食べよう」
三男には、本当にごはん粒が動いてくるように見えているのかもしれない。
仕事から帰ってきてからの夕方は、毎日慌ただしい。
保育園の荷物を片づけて、夕飯を出して、食べさせて、お風呂に入れて、寝かせる。
時計を見ながら、
「早く食べて」
「遊ばないで」
「もうおしまいにするよ」
そんな言葉ばかりが口から出てしまう。
夕飯の時間も、私にとっては、こなすべき予定のひとつになりがちだ。
食べ終わったら、食器を下げる。
テーブルを拭く。
次はお風呂。
そんなふうに、いつも次のことばかり考えている。
でも、三男にとっては違う。
茶碗の中に残った数粒のごはんにも、物語がある。
逃げていくごはん粒がいて、それを一生懸命追いかけて、
「三男くんとこ、おいで〜」
と呼んでいる。
ほんの数分のことなのに、私が急いでいたら、きっと気づかなかった。
ワーママの毎日は、とにかく時間がない。
子どもとゆっくり向き合いたいと思っていても、現実には、洗濯物も明日の準備も残っている。
いつも笑顔で待ってあげるなんて、できない日もある。
だからこれは、「もっと子どもをよく見よう」という反省の話ではない。
毎日完璧に立ち止まらなくてもいい。
ただ、ときどき、子どもが今だけ使う言葉を拾えたら、それで十分なのかもしれない。
「あつまれぇ〜!」
この言い方も、きっといつか消えていく。
そのうち黙ってごはん粒を集めるようになって、私が「あつまれして」と言っても、
「普通に集めればいいじゃん」
と笑う日が来るのかもしれない。
そう思うと、忙しい夕食の時間が、少しだけ惜しくなる。
今日も三男は、小さなスプーンでごはん粒を追いかける。
「あつまれぇ〜!」
「三男くんとこ、おいで〜!」
ごはん粒は、なかなか集まらない。
それでも私は、もう少しだけ、その続きを見ていた。
