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【コソリテおすすめ本】『科学リテラシーを磨くための7つの話―新型コロナからがん、放射線まで』

今回は、久々のおすすめ本紹介です。

コソリテは「子育てにリテラシーを」という趣旨で活動し、科学リテラシーを大事にしています。
その「科学リテラシー」とは具体的にどういうものなのか、世の中に交錯する情報をどう読み解いていくのか。
7人の専門家が深く掘り下げていったのが、こちらの書籍です。

このnoteでは育児中の方を意識して、実用書を取り上げることが多かったのですが、この本については学術寄りの内容になります。
その分、難解な部分もあり、(本をお勧めする立場にあるまじき発言かもしれませんが)理解が追い付いていない箇所も時々あったというのが正直なところです。

それでも、「リテラシーって何?」「世の中には様々な情報があふれているけど、どう真偽を確かめればいいの?」という疑問につぶさに答えている一冊なのは間違いないので、ここでご紹介したいと思います。

この本は7人の著者が1章ずつ担当し、全7章(7つの話)で構成されています。


各章のあらましを紹介します

以下、各章のあらましを紹介します。第1章~第4章が第1部の「基礎編」として、第5章~第7章が第2部の「応用編」として位置づけられています。

第1章 パンデミックを生き抜く医療リテラシー(名取宏)

Natrom先生こと、名取宏さん執筆の章です。
新型コロナが流行してから、様々なニセ情報・不確実な情報が広まってきました。

この章では、「新型コロナは存在しない」というものから、「PCRは発明者が感染症の検査に使ってはいけないと述べている」「イベルメクチンが効果がある」「イソジンうがいが有効」など、明らかなデマから「間違いと言い切れないが、証明されていない」情報まで取り上げられています。

名取さんは、「情報の不確実性を理解することが大事」と訴えます。
「ニセ医学」とまでは言えないものの、「検証が不十分で、正しいかどうか不確実」という「グレーな」情報の存在があると述べます(イベルメクチンのコロナへの有効性が、その一例です)。

ということは、情報を受け取る側も、「正しい」「正しくない」の二分法で白黒つけられるものではなく、グレーな情報があることを受け入れる必要があるということです。

また、情報が氾濫する中、信頼できる情報源に絞ることの重要性も指摘されています。ここで勧められるのが、公的機関(できれば複数)を情報源とすることです。間違いは指摘され、またアップデートされた知見も反映されていくからです。

さらに、身近な人がニセ医学を信じた場合も言及し、「共感的なコミュニケーションを増やすことはおそらく有用」と述べられています。それは第2章の陰謀論の話ともつながります。

第2章 新型コロナワクチンをめぐるニセ医学・陰謀論(ナカイサヤカ)

コソリテのアドバイザーを引き受けていただいた、ナカイサヤカさん執筆の章です。

コソリテは科学的根拠を大事にしますが、この科学的根拠を例えば「製薬会社の利権で作られている」というように、真っ向から否定してくるのが陰謀論になります(もちろん陰謀論を裏付けできる具体的な事実はありませんが、それを信じる人は「事実が隠蔽されているだけ」という前提でいるので、水掛け論になってしまいます)。
陰謀論を唱えているのは一部の人だから、と捨て置けません。一部の政治家も陰謀論を口にし、ある程度の支持を集め、社会に影響を及ぼしている現状があります。

この章ではまず、陰謀論が「わかりやすい解決策」を提示するゆえに不安を抱える人に魅力的に映ること、不安を利用する「マッチポンプ」なビジネス構造があることを指摘します。

そして、若い親を主なターゲットとした反ワクチン論に焦点を当て、子育てサークルなどで跋扈している現状にも触れます(なお、コソリテのメンバー一同もこうした現状を見てきており、科学的根拠のある子育て情報を発信したいという思いがあって、この活動をしています)。

専門家に不信を抱き、自分と同じ考え方の人を信じるようになるというだけではありません。今の世の中、SNSや動画サイトがその傾向を助長するという点がキモです。自分と違う価値観の人を排除し、何を言っても賛成の声しか返ってこない「エコーチェンバー」ができあがってしまうのです。

ナカイさんは最後に、「家族や友人が反ワクチン論や陰謀論を信じてしまったらどうするか」という点にも言及します。
まずは、いたずらに相手を責めない(否定しない)ことが大事だと述べられています。陰謀論を脱出させるのに必要なのは、今までの家族や友人の絆だからです。

個人的な話になりますが、私自身も陰謀論にハマってしまった友人がいるので、「自分の信頼する人ならば、いずれ現実に戻ってくるという周囲の信頼が一番の脱出の手立てなのです」という結びには、励まされました。

第3章 これを食べれば「コロナを防ぐ」―煽られる食への過剰な期待(高橋久仁子)

こちらもコソリテのアドバイザーを引き受けていただいた、高橋久仁子群馬大学名誉教授による章です。高橋先生は、長らくフードファディズムの問題を研究されてきました。

フードファディズムとは、「食べ物や栄養が健康や病気に与える影響を課題に評価・信奉する」ことと定義されます。例えば、「〇〇を食べれば、××病に効く」というように。

この章では、過去40数年を振り返っても、紅茶きのこ、酢大豆、にがり、寒天、白いんげん豆、納豆、バナナ、トマトジュース…と枚挙にいとまがなかったことが指摘されます(私自身、20年前、ダイエット効果を期待してお茶やコーヒーに粉寒天を溶かして飲んでいた時期がありました…)。コロナ禍でもフードファディズムは見られ、あおさや乳酸菌関連商品、納豆、柿渋などに効果があると噂されました。

マスメディアが不正確、ひどい場合は捏造された情報を伝えていたこともこれらの現象の一因として挙げつつ、本章ではフードファディズムが蔓延する社会的条件まで深く切り込んでいます。食料不足の心配がなく、健康指向が強く、それでいて溢れる食品に危険性があるのではないかという漠然とした不安もある社会。そこに、リテラシーの未熟さが追い打ちをかけます。

ここでフードファディズムの問題点として挙げられているのが、「適切に食べること」の基本がわからなくなり、健康被害をもたらすことです。からだに良いとされる食品を食べすぎて肥満になってしまう、からだに悪いとされる食品を排除して栄養不良に陥るなどがあります。また、フードファディズムが、高額な健康食品を売りつけるなどの悪質商法につながるという問題もあります(健康食品自体の問題点も一節を割いて、論じられています)。

なお、この本では取り上げられていませんが、高橋先生はフードファディズムとジェンダーの関連も研究されてきたことも触れたいと思います(例えば、こちらの論文)。
フードファディズムや誤情報が母親役割を背負わされるジェンダーの問題と密接に結びついているというのは、コソリテのメンバー(全員、母親です)も実感しているところです。

第4章 パンデミックとともに湧き出た便乗商法の数々(小波秀雄)

これもまた、コロナ禍の話。
思い返せば、緊急事態宣言の出た2020年、マスクが売り切れて手に入らない一方で、次々と怪しげな商品が売られていました。

化学者の小波秀雄さんは、有効な消毒剤の研究情報が世界的に公表されていたにもかかわらず、日本では対応が遅れ、業界団体にも圧力をかけられ、例えば科学的根拠のない次亜塩素酸水噴霧が広がってしまったことを指摘します。

次亜塩素酸水については、手指の消毒液としてだけでなく、「空間除菌」と謳った商品も未だに販売されています(中には、消費者庁から措置命令が出された商品もあります)。

小波さんは、次亜塩素酸水の噴霧をやめるべき理由について化学的な観点から説明します。それなのに、行政においても、産業振興が国民の健康や消費者の利益より優先されてしまっていると解説しています。

「業界団体によるロビー活動」については、前述のように、陰謀論やニセ科学の側も「製薬会社の利権のためにワクチンが勧められている」などの言説を拡散します。だから、情報の取捨選択は難しいところなのですが、科学的根拠(信頼できる情報の有無)にこだわることがキーとなりそうだと感じました。

第5章 倫理とリスクと予防と前進と(一ノ瀬正樹)

この章では、哲学・倫理学的な立場からリスクの概念について述べられます。その上で、「予防原則」の危険性について論じられます。

「予防原則」とは、「科学的な因果関係が証明されていなくても、被害が予想される場合、それを予防的に回避すること」です。

この章の著者である一ノ瀬正樹さんは、福島原発事故による避難行動が福島の震災関連死者数を増やしてしまったことを例に挙げ、この予防原則を批判します。放射能被ばくというリスクを予防するための避難行動だったのに、避難生活が過酷であったため、健康被害が拡大してしまったと指摘します(なお、福島県民の放射線被ばくについては、ほとんどの方が2mSv以下であったことが分かっており、健康被害を受けるような量ではありません)。

つまり、未然にリスクを防ぐはずの「予防原則」的な行動が、他のリスクにさらされる結果になってしまうこともあるというのです。これを「リスク・トレードオフ」といいます。避難行動の是非自体については後付けの部分もあるかもしれませんが、この話の要点は被害の「発生確率」を無視する危険性です。

そこで、一ノ瀬さんは予防原則に代わり、科学的知見や知識を踏まえた「防止原則」を推奨します。そして、リスク・トレードオフを勘案しながら、リスク対策を進めるべきと解説するのです。

この「予防原則」「防止原則」の概念は、様々な問題に応用可能なので、リテラシーを向上する上で大変勉強になると感じました。

第6章 過剰診断のメカニズム(高野徹)

こちらも福島原発事故の事例を取り上げたもので、子どもの甲状腺がんの過剰診断問題に焦点を当てています。

一般的ながんのイメージと異なり、甲状腺がんは放置していても悪性化はせず、滅多に死に至りません。
しかしながら、原発事故後、福島県の子どもたちへの甲状腺がん検査が学校で実施されました。著者の高野徹さんは、検査が行われる問題点をいくつか列挙します。

・子どもにとって、検査を行うメリットがない(放置しても悪化のリスクが低いので、早期発見する意義が少ない)。
・にもかかわらず、「早期発見」されてしまうことで手術などの負担を子どもに負わせる結果になる(傷跡が残る、合併症のリスクがあるなど)。
・がん患者のレッテルが子どもを傷つける(生命保険に入れない、ローンを組めないなど、生涯にわたる不利益もある)。

このような点から国際機関からも批判があったのですが、検査は継続されてしまいます。そこには、

・検査を進めた専門家や行政が、自分たちの過ちを正せない。
・メディアが過去に放射線の影響を報じた経緯があり、自分たちの都合で過剰診断論を封印するような報道をし続けた。
・反原発運動に関わる市民の一部が、「福島県民が希望している」として過剰診断論を激しく批判している。

などの背景があったと指摘します。純粋に科学的根拠に基づいた判断ができなかったことが浮き彫りになります。

なお、専門家(権威)の誤りを見分ける手段として「その見解が、外国の学術誌に掲載されているかどうか」「海外の専門家の評価に耐えうるか」ということが挙げられています。この点は、「リテラシー」向上を目指す上で大きなポイントになるでしょう(素人にそこまで調べが付くかというと、難しいところではあるのですが…)。

また、この章では、過剰診断は被害が直感的に分かりにくいゆえに、続行されてしまったとも述べられています。この「被害の分かりにくさ」は、我々コソリテが反対の立場を取っている「品川区オーガニック給食問題」にも通じると感じました。「被害とは何ぞや」という問いもまた、リスクを考える上で欠かせない視点だと示唆されます。

第7章 「あるか・ないか」ではなく「どのくらいあるか」で判断しよう(児玉一八)

この章も、原発事故による問題に言及したもので、放射線リスクを取り上げています。

放射線障害は浴びた量によって現れ方が違います。著者は化学的、医学的な観点から、福島原発事故で暴露された放射線量では健康被害は起こらないこと、遺伝的影響も考えられないことを説明します。
さらに、2022年に放出されたALPS処理水の海洋放出に現実的なリスクがないことも、解説されます。

しかしながら、科学的根拠の問題とは別に、社会的問題が横たわっていると児玉さんは指摘します。東京電力が丁寧な説明を行わなかったこと、政府の安全対策が不十分であったこと、マスメディアが科学的根拠を捻じ曲げ、結果、風評被害を生み出してしまったことなどを挙げます。

最後に、児玉さんは放射線・放射能に関する「相場観」を持ち、丁寧な情報伝達と共有を図ることが必要だと結びます。
その「相場観」は、「あるか・ないか」ではなく「どのくらいあるか」という「量」の概念で裏打ちされたものです。

コソリテの活動をする中でも、リテラシーを身に付ける上で「量」の概念は大変重要だと感じています。放射線・放射能だけでなく、農薬も食品添加物も薬も、科学的知見に基づいて適正な使用量が判断されます。「量」の概念は、子育て情報の取捨選択にもつながっていくのです。

さいごに

この本の出版は2022年です。翌2023年にコロナは5類の扱いになりました。
その前後からマスクを外す人が増え、ワクチンの接種率も低下しています。

反ワクチンというわけではないけど、マスクやワクチンを何となく忌避する人もいる。そういう人に対し、どのように科学コミュニケーションを行っていけばよいのか。

また、アメリカでは第二次トランプ政権下で、反ワクチンと言われるロバート・F・ケネディ・Jr氏が保健福祉長官に就任しています。
アメリカ一国だけの問題でなく、日本も含め、世界にどう影響していくのか、気になるところです。

このように複雑化した状況に対して、リテラシー向上をどう訴えかけていくのか。
私自身も整理は全くついていないのですが、この本に立ち戻ってみるのも、1つの手かもしれないと思っています。


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