教育ママだった私の失敗
私には、3人の子どもがいます。
子①:社会人
子②:高校生
子③:中学生
教育ママが発動していたのは、主に子①と子②に対して。
当時の私は、それが「この子のため」だと、疑いもせず信じていました。
幼児教育や先取り学習。
脳に良いと言われること。
そういった情報を集めるのが、いつの間にか趣味のようになっていました。
小さいうちから勉強の習慣をつけることが大事。
良さそうなドリルやワーク、学習漫画や本。
それらにかけた金額は、今思えばなかなかだったと思います。
親も子も、無理のない範囲でできていれば、
学習習慣も身につき、きっと良い結果につながったのだと思います。
けれど私は、熱心になるあまり、子①と子②への関わり方を、少しずつ間違えていきました。
無意識の期待。
SNSで見かける「できる子」たちとの比較。
そして、焦り。
子どもたちの気持ちを置き去りにしたまま、勉強のノルマを課す。できなければ叱り、ダメ出しをする。
今振り返ると、あの頃の私は、毒親だったのだと思います。
当然、子どもたちは反発します。
一方で私は、イライラを溜め込み、少しのことで感情が爆発するようになっていました。
「この子のため」と思ってしていたことは、
実は、私自身の不安や満足を埋めるための行動だったのかもしれません。
子③は、上の2人と少し年が離れているため、教育ママが強く発動することはありませんでした。
それでも、小学校入学前からワークをやらせてはいました。
子①が中学に上がり塾に通い始め、
続いて子②も塾に行くようになると、私の教育ママっぷりは、少しずつ落ち着いていきました。
私が本当の意味で心を入れ替えたのは、中学で、上の2人が不登校になってからです。
子①は、起立性調節障害。
子②は、原因不明。
特に子①の症状は重く、私は心から心配しました。
それまで大切にしてきた価値観を手放し、カチカチだった「〜すべき」という考えをすべて捨てました。
そのままのあなたたちでいい
生きているだけで、尊い
今でも、迷うことはあります。
本当にこれでよかったのかな?と思う日もあります。
それでも、かつてのように「〜すべき」「〜でなければ」と、子どもたちを追い詰めることは、もうしません。
子どもたちが、それぞれのペースで、自分の人生を生きていけるように。
私は、そばで見守る親でいたいと思っています。
