【創作】符牒
こちらはある方からお預かりした作品になります。
「今2000字で書けって言われたらどこからの発想で書き始めますか」企画の趣旨に沿って作品を送っていただきました。
本来は公開する予定はありませんでしたが、あまりに素敵な作品でしたので、僕が無理を言って作品を預けていただきました。
お名前は明かしませんが、作品を拝読すれば分かる方はピンと来るかもしれません。
是非、ゆっくりとご堪能ください。
🥪🥪🥪🥪🥪🥪🥪
「今のお客さん、よく来てくれる方ですよね。この辺の会社の人ですかね?」
使用済トレイにまんべんなくアルコールスプレーを吹き付けながら、指原さんが問う。
オフィス街のはずれあるこの店は、サンドイッチ専門の路面店だ。お客の多くが周囲に勤める会社員で、平日のランチタイムがいちばん忙しい。
ベテランパートの退職で店長がシフト調整に困っていた矢先、混雑ピーク時を過ぎた店に残った女性客から話しかけられた。
「こちらでスタッフの募集はしていませんでしょうか?」
店長に繋ぐと、流れるように彼女の面接日が決まった。
「私はいいと思うのだけど、牧田さんはどうだった?」
店長に聞かれてすぐに「いいと思う」と返事をした。
明るめのヘアカラーに清潔感と生活感のバランスの良さ、声のトーン、話し方。
店から出た後も、彼女はお辞儀をしてから駅の方へ向かった。
面接中に話したのは店長で、私はほんの少しだけだったけれど、いい印象だった。
二十代なのだろうか、三十代には見えない。
まだ採用期間中であるが、彼女が来てくれてよかったと思う。
理解が早く素直さがあり、とても助かっている。
「指原さんはお客さんのお顔憶えるの、早いですね。あの方はジムのトレーナーさん」
「ああ、駅の方に行ったところにジム、ありましたね。ぜんぜんマッチョに見えないな」
「若い頃はボクサーだったみたい。今はパーソナルトレーナーをしてるって言ってましたよ」
「そっか。筋肉モリモリ系じゃないんですね、なるほど」
消毒の終わったトレイを拭きあげながら、指原さんは言った。
「今日の分はこれで全部です。お願いします」
奥の厨房から製造スタッフが持ってきたトレイには、ディルが混ぜ込まれた卵サンドとソースの浸み込んだコロッケサンドが行儀よく置かれている。指原さんがトレイごと受け取り、店内の冷蔵棚に丁寧に並べた。
毎日買いに来る人、決まった曜日だけの人、通りすがりの人、インスタグラムを見て初めて来た人。
日々多くの人が訪れ、通り過ぎていく。
イートインコーナーもない小さな店であるが、街の人達に愛され、なじみの顔や新規の人たちでささやかに賑わうのが嬉しかった。
ひとり娘の中学入学を機に、家の外で働き始めた。生きがいのひとつを見つけられたと思っている。
「今のお客さんの紙袋、牧田さんが端っこを三角に折ったじゃないですか。最後の三角は何か意味があるんですか?符牒ですか?」
「袋が開かないように端を折り上げたの。マクドナルドでテイクアウトすると、こうされたことありませんか?」
「たしかに……マックで買った時に、端っこが折ってあったかも」
よく見ているなと感心してしまう。毎回しているわけではないのに。
符牒とはうまく言ったものだ。若い彼女から出た古めかしい言葉に、思わず頬がゆるんだ。
「袋の口をこう、二回折りますよね、そのあと、折りこんでない反対側を三角に折り上げると、開きづらくなるんです。ロックされるみたいな感じ?」
紙袋を手に、実際やって見せる。
「好感持てるお客さんにはそうしてるのかな……と勝手に思ってました。好きなしるし、みたいに」
「好きなしるし?」
「高校生の頃、誰もが知ってる某アイスクリーム屋でバイトしてた時、素敵だなって思うお客さんには多めに盛ってました。店長から注意されるくらい」
笑いあっていたらお客さんが入ってきて、同時に「いらっしゃいませ」を言う。
ランチタイムは、定番のサンドイッチから売れていく。
トマトとレタスのミックス、ハムチーズ、アボカドとチキン、キャロットラペはたいてい13時前には完売してしまう。海老カツサンドやコロッケサンド、ポテサラサンドが昼を過ぎてもまだ残ってはいるが、会社での小腹を満たすためや、子どもへのおやつに購入していく人も多い。
苺や桃、キウイを挟んだフルーツサンドは甘過ぎないクリームが好評で、うちの娘へのお土産にすることもある。
「突然押しかけて働きたいって、かなり要注意人物になっていませんか?私」
店の冷蔵棚にブリックパックジュースを補充しながら指原さんが言った。ランチタイムが過ぎ、棚にあった商品はだいぶ減っていた。
「助かっていますよ。仕事おぼえるの早いと店長も言ってます」
在庫ケースから出した『カラダに野菜』と書かれたブリックパックを、手渡しながら答える。
「派遣の仕事の打ち切りが決まって、慌てて就活しても落ちまくって……かなり凹んでた時に、ここのお店の前を通ったんです。サンドイッチを買ったら、牧田さんが袋の端っこ三角に折ってくれて。私の前の人のは、折ってなかったの。
ただそれだけなんですけどね、がんばってのメッセージみたいに思ってしまいました」
「それが応募のきっかけですか?ホントに?」
「サンドイッチがめっちゃ美味しかったんです」
店のドアが開き、私達は「いらっしゃいませ」と声をそろえる。
まだぎこちない手つきで、袋の端を三角に折り上げる彼女を見守る。
(1999字)
🥪🥪🥪🥪🥪🥪🥪
《ご本人談》
皆さんが2000字の創作をされているのを拝見して書きたくなりました。過去に書いた作品を思い出して書き直しました。
本当は「バイトさせてください」って言ってくるのがストーカーみたいな男性で、”ザルミス”のようにしたかったのですが、筆力がなくてできませんでした(笑)
お読みいただきありがとうございました。
素敵な作品を本当にありがとうございました。
