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始まりは雨#チャレがや

あの日から、もう何年が経ったのだろうか。僕たちの物語の始まりを思い出す時、いつも鼻の奥をかすめるのは雨の匂いだった。

それは、三回目のデートだった。名古屋港にあった今はもうないロブスターのお店。僕は少し背伸びしてその店を予約した。真っ赤に茹で上がった大きなロブスターを見て、彼女は嬉しそうにはしゃいでいた。そんな彼女を眺めながら僕の心臓はバクバクと高鳴っていた。
まるで中学生みたいだな、と自分でも思った。いや、中学生以下かもしれない。だって頭の中は「彼女に告白すること」でいっぱいで、ロブスターを味わう余裕すらなかったのだから。

夕食を終えて、二人で港を歩いた。夏の終わり、生ぬるい汐風が頬を撫でる夜。「いつ、どこで、なんて言おう」、僕はそんなことばかりを考えながら歩いた。
ふと、おあつらえ向きに二人掛けのベンチがぽつんとあった。僕たちは自然とベンチに腰掛けた。
「ロブスター、めっちゃ大きかったね」
「また来ようよ」
そんな他愛のない言葉を交わしながら、僕は内心でカウントダウンを始めていた。どちらからともなく途切れる会話。世界から音が消えたような沈黙が訪れた。

あ、今。

僕は彼女の横顔をそっと見つめる。深い息を吐いて、声を絞り出した。
「あのさ、僕と……」
その瞬間。ポツリ、と頬に冷たいものが当たったかと思うと、まるで天が嫉妬したかのように、土砂降りの雨が降り出した。
ムードもへったくれもなく、僕たちは慌てて近くの軒下に駆け込んだ。びしょ濡れ。二人とも。
「なんちゅうタイミングで雨が降るんだよ!」
思わず本音が漏れた。情けなくて、悔しくて、でもどこかおかしくて。彼女は僕のそんな顔を見て、くすくすと笑い出した。
「ねえ、なんて言うつもりだったの?」
濡れた前髪を指で払いながら、彼女がイタズラな笑みを浮かべる。その真っすぐな瞳があまりにも澄んでいて、もう逃げられない。

震える声で。
僕は。

たった一言で世界の色が変わることを知った夜。雨の音さえ、なんだか優しいBGMに聞こえた。

それから僕たちは毎年その日になると、同じロブスターの店に行った。同じ席を予約して、同じロブスターを注文して、思い出話に花を咲かせた。二人きりで「記念日」を楽しんだ。

付き合って三年目の記念日。あの日と同じように、外は雨。いつものお店で、窓を叩く雨音を聴きながら、僕の心は感傷の波に飲まれていた。
三年前の夜と同じシチュエーションに、ロマンティックとパッションが溢れた。エモ。

今日は付き合い記念日。
付き合い記念日は毎年ここに来ています。
そう言えば、あの日も雨でした。

そんな気取った文章と一緒に、写真におさめたディナーの様子を、当時はまだ現役だったFacebookに公開した。
これはヤバい。完璧だ。決まり過ぎている。エモ。
僕は自分のカッコ良さに浸っていた。雨にも自分にも酔っていた。

投稿した記事を眺めてニヤニヤする僕に、彼女が放った一言は、ロブスターの殻を砕くように、自己陶酔している僕の心を砕いた。
「今すぐやめろ! お前、めちゃくちゃ恥ずかしいことしてんぞ!」
お前。
彼女から初めてそう呼ばれた。
あまりの迫力に、マジでビビった僕は慌てて投稿を非公開にした。多分、この瞬間に僕らの力関係が、完全に決まったんだと思う。

あれから、数年後にロブスターのお店は閉店した。僕らの思い出の店はもうない。けれどいまだに奥さんからは、思い出したように「ポエマー」とイジられることがある。そのたびに、雨の匂いと一緒に、苦い記憶が僕の心に蘇り、恥ずかしさで顔が熱くなる。

一瞬だけ公開したあの記事は、僕の歴史に黒い痕をしっかりと残したのだった。エモ、くない。


おしまい


🦞🦞🦞

「チャレがや企画」に参加しています。

今回のテーマは【黒歴史】です。
みくまゆ会長と同じく、過去にFacebookに投稿しためちゃくちゃ恥ずかしい思い出を書いてみました。
Facebookを探索したところ、非公開にしていますが、当時の投稿が残っていました。

ロブスターはめちゃくちゃ美味しそう!

今、見ると顔から火が出るくらい恥ずかしいです。よくこんな恥ずかしいことをワールドワイドに公開したなぁと逆に自分自身に感心しております。ちなみに奥さんからは、ホントに「ポエマー」とたまにイジられます(笑)


【チャレがや】は、3/14(土)まで応募を受け付けております。どなたでも参加可能です。あなたの【黒歴史』を教えてください。ご参加お待ちしております。


#チャレがや
#黒歴史
#みくまゆ会



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