【マグロの美味しさを確認するために手巻き寿司を握る】
「今日の夕飯は手巻き寿司にします!」
ある日の昼下がり。唐突にそして高らかに奥さんが宣言した。その言葉に、僕は思わず「なんで急に手巻き寿司?」と尋ねた。奥さんは「マグロの美味しさを確認したいんだよね」と謎のメッセージを告げて、さっさと買い物に出かけてしまった。僕の前に大きな難題が残る。マグロの美味しさを確認するために、なぜ手巻き寿司を?奥さんはいつもこうだ。すべてを語らず、僕に考える余白をくれる。その余白に僕は毎度のように翻弄されるのだ。
マグロと言えば寿司のネタでも王道中の王道、子供から大人まで、誰もがその魅力を愛する『King of SUSHI』だ。そんなマグロの美味しさを確認するために、なぜわざわざ手巻き寿司を握る必要があるのか。僕はソファに深く座ると、マグロと手巻き寿司の関係にしばし思考を巡らせた。
まず考えたのは、手巻き寿司のシンプルさだ。手巻き寿司は調理が最小限で済む。酢飯と海苔そしてマグロを巻くだけで、その新鮮な風味や食感をダイレクトに味わえる。余計な味付けがない分、マグロそのものの美味しさが際立つはずだ。いやでも待てよ。それなら回転寿司のマグロだって新鮮で美味しいはずだ。おそらく奥さんの意図はそこじゃない気がする。
次に浮かんだのは、部位によるマグロの違いを味わうためという可能性だ。マグロには赤身、中トロ、大トロと、部位ごとに異なる味わいがある。手巻き寿司なら、複数の部位を用意して、その違いをじっくりと食べ比べるのに最適かもしれない。赤身のさっぱりとした旨味、中トロのバランスの取れた脂の甘み、大トロの濃厚なとろけ具合。それぞれを海苔と酢飯で巻いて、食べ比べたら確かにマグロの美味しさを確認できるかもしれない。だが、近所のスーパーにそんな多様なマグロの部位が揃っているだろうか? たとえあったとしても、かなりコストがかかるんじゃないか。うーん……それも何か違う気がする。
考えれば考えるほど、奥さんの真意が分からない。僕の頭の中はまるで回遊魚のように思考の海を泳ぎ続けていた。
やがて奥さんが帰宅した。手に抱えた袋からは、刺身セット、焼き海苔、酢飯の材料など、手巻き寿司の準備に必要なものが溢れていた。キッチンで手際よく準備を進める奥さんに、僕は再び尋ねた。
「なんでマグロの美味しさを確認するために手巻き寿司なの?」
奥さんは準備の手を止めずに、さらりと答えた。
「回転寿司でマグロを食べても、なんかその美味しさがイマイチ分からないんだよね。手巻き寿司なら、マグロと他の食材を一緒に巻いて美味しく食べられるんじゃないかと思って」
奥さんの言葉に、僕はハッとする。そうか、奥さんはマグロを特別に好きではなかったのだ。確かに彼女は回転寿司でもあまりマグロを選ばない。それなのに、マグロを美味しく食べるための最強のパートナーをわざわざ模索するなんて。なんという食への探究心! まるで『美味しんぼ』の海原雄山だ!
まぁでも、家で手巻き寿司が食べられるなんて最高のアイデアでしかない。文句なんてあるはずもなく、僕は喜んで奥さんの企みに付き合わせていただくつもりだ。ちなみに僕はただの『食いしんぼ』。
テーブルの上に、酢飯、焼き海苔、そしてお刺身などのさまざまな具材が並べられた。

その煌びやかな光景に僕の中の食いしんぼが「まるで海の宝石箱やー!」と叫んでいる。その豪華なラインナップに心が躍る。早速、マグロから巻いてみた。

ガブッとひと口頬張る。旨い、いや旨すぎる!新鮮なマグロの濃厚な旨味が、酢飯の酸味と海苔の香りに包まれて、口の中でサンバする。この最高の美味しさにパートナーなんていらないんじゃないかと思うほどだ。マグロ以外の具材も次々と巻いていった。
滑らかな脂が舌を魅了するサーモン。

奥さん手作りのふわっとした甘みが広がる卵焼き。

コクのあるジャンクな味がくせになる豚肉の味噌焼き。

どの食材を巻いても、全部が美味しかった。僕は泳ぎ続けるマグロのように、手巻き寿司を夢中で食べ続けた。
すっかりお腹が満たされて、満足感に浸っていると、突然奥さんが口を開いた。
「マグロにはやっぱりアボカドが一番合うね!」
アボカド?いやいや、マグロはそのままが1番旨いって!もはやパートナーなんていらないって!
『King of SUSHI』であるマグロの孤高の旨さを提唱する僕に奥さんがマグロアボカドを勧めてくる。僕は半信半疑ながら、奥さんの言う通りにマグロとアボカドを一緒に包んで満腹の胃に無理やり押し込むように食べた。

う、うっまぁーーーーー!!! めちゃくちゃ旨い!!!
マグロの濃厚な旨味が舌の上でとろけて、アボカドのクリーミーさが絶妙に絡み合う。焼き海苔の香ばしさがそのハーモニーをさらに引き立て、まるで海と大地が口の中で共鳴しているようだ。僕の中の食いしんぼが叫ぶ「間違いない、マグロのパートナーはアボカドやー!!」
「でっしょー!」と奥さんが得意げに笑った。その笑顔を見て、ふと思った。奥さんは最初から、マグロとアボカドの相性の良さを知っていたんじゃないか? 「マグロの美味しさを確認する」なんてただの口実で、彼女はただ、家族みんなで手巻き寿司を握ってワイワイと楽しみたかっただけなのかもしれない。もしそうなら、彼女の目的はきっと達成されただろう。
僕はマグロとアボカドを再び丁寧に海苔で包んだ。この二つの食材のベストパートナーぶりに少しだけ嫉妬する。僕は羨む気持ちも一緒に頬張るように、大きな口でマグロアボカド寿司を食べたのだった。
おしまい
