見出し画像

【創作】モーニング論争に、終止符を。

「コーヒーに、おにぎりと茶碗蒸しが付きます」
 俺は店員の言葉に水を吹き出しそうになった。
「えっと……?どうしてコーヒーにおにぎりと茶碗蒸しが?」
「ああ、モーニングサービスです」
 動揺する俺に構わず、店員は当たり前のように答えた。まるで「空は青い」とでも言うような自然さだ。いやいや、ちょっと待て。コーヒーに、おにぎり?茶碗蒸し?俺の頭の中で、喫茶店のモーニングという概念がガラガラと崩れ落ちていく音がした。

 その日、俺は出張で名古屋に来ていた。スーツケースをゴロゴロと引きずりながら、早朝の名古屋駅を歩く。名古屋を訪れたのは今回が初めてだ。取引先とのアポイントは9時。現在時刻は7時過ぎ。時間を持て余している。せっかくだから名古屋のモーニングを堪能しようと思い立ち、ふと目に入ったレトロな喫茶店に入った。いかにも常連客が集いそうな、温かい空気が漂う店内。カウンター席に座ると、エプロン姿の溌剌はつらつとした女性店員が、すぐに水を運んでくる。メニューにチラリと目をやると「モーニングサービス コーヒー 500円」とある。きっとシンプルにトーストとサラダとか定番のやつが出てくるんだろうな。安心して俺は注文する。
「ブレンドコーヒーとモーニングで」
 俺の言葉に彼女は「かしこまりました」と頷いた。一口水を含んだ俺に、彼女は冒頭の衝撃の一言を放ったのである。

「いや、あの、トーストとかゆで卵は聞いたことありますけど、おにぎりと茶碗蒸し、ですか?」
「お客様、どちらからお越しですか?」
「東京です」
「ああ、でしょうね。これはね、名古屋のモーニング文化の奥深さです」
 彼女は微笑みながら言う。きっと俺のような客は珍しくないのだろう。
「最初は、ウチもトーストとゆで卵だけだったんですよ。でも、『もうちょっと腹に溜まるものが欲しい』と言われるお客さんがいて、サンドイッチを付けたんです」
「なるほど」
 俺は半信半疑で頷く。彼女はカウンターの奥に「ブレンドワンです」とオーダーを通すと、ゆっくりと俺の方に向き直した。そして、まるで歴史の語り部のように、壮大な物語を紡ぎ始めた。

「サンドイッチは好評で多くのお客さんが喜んでくれました。ただ、そのうちに『サンドイッチじゃなくて、ご飯が食べたい』と言い出して。それで、お茶漬けを試したんです。でも、『お茶漬けは〆だからなぁ。朝からはちょっと……』って意見もあったりして」
 彼女は遠い目で昔を懐かしむようにクスリと微笑んだ。すると、店の奥からコーヒーと一緒に、出来立てのおにぎりと湯気の立つ茶碗蒸しが運ばれてくる。おにぎりを一つ手に取る。ほのかに温かい。

「そこからがすごかったんです。『どうせなら地元の名物を』って声で、エビフライやきしめんが付いたりして。『朝からツルツルいける』って喜ばれたんですが、『コーヒーと合わない!』って怒る人も出てきて、大論争になったんです」
「き、きしめんをモーニングに……」
 俺は茶碗蒸しの蓋を開けた。出汁の香りが鼻を優しく刺激した。椎茸と銀杏が入った本格派の茶碗蒸しに思わず唾を飲み込む。
「喧々諤々、散々みんなで話し合った結果、辿り着いたのがこのおにぎりと茶碗蒸しです。おにぎりは腹持ちが良い。茶碗蒸しは優しい和風の味で体を温めることができる。紆余曲折あった激しい戦いの末、和と洋の絶妙なバランスで共存するという、当店のモーニングの最終形態が完成したんですよ」
「壮絶な歴史ですね……」
 俺は彼女の話に思わず感心していた。半信半疑だったコーヒーとおにぎりと茶碗蒸しのセットが、無性に美味しそうに見える。俺は手に持ったおにぎりを齧った。塩加減が絶妙で、中のシャケといい感じにバランスを取っている。続けてコーヒーを一口飲んで、茶碗蒸しをスプーンですくって口に運ぶ。……合う。出汁が香る滑らかな茶碗蒸しとコーヒーの苦みが、踊るようにハーモニーを奏でた。意外にもこの三者はケンカをすることなく、しっかりと共存していた。名古屋モーニング、恐るべし。

「どうですか?」
 名古屋モーニングの味に浸っていた俺を、彼女の声が現実に引き戻した。
「とても美味しいです。コーヒーとおにぎりと茶碗蒸し……斬新だけど、全然アリですね」
 俺の言葉に彼女は満足そうに頷いた。
「お口合ったようで、良かったです」
「きしめんも食べてみたかったなぁ。そうだ!思い切ってラーメンとか出したらどうですか?同じ麺類でいけるかも!なーんてね」
 俺は冗談交じりで笑いながら言ってみた。次の瞬間、奥の厨房から白髪の店主が慌てて出てくる。そして、ギョッとした顔で俺の方を見つめた。
「その手があったか!!」
 そう叫んだ店主は凄まじい勢いでカウンターの奥からメモ帳と鉛筆を取り出すと、『朝ラー』と太字で書き込み「豚骨か醤油か味噌か……」と真剣な顔でブツブツ呟き始めた。
「いやいや、ご主人、冗談ですよ!?」
 俺の声は、すでに新しいモーニングの考案に燃える店主の耳には届いていなかった。俺は苦笑いして、新たな論争が生まれる予感を感じながら、またおにぎりを頬張るのだった。


おしまい


☕☕☕☕☕☕☕

こちらの企画に参加しております。

「は?モーニングに茶碗蒸し?きしめん?また馬鹿なこと言って(笑)」
と笑っている方は一度名古屋に来て、モーニングを召し上がってみてください。きっと驚くと思います。


#シロクマ文芸部
#コーヒーに
#名古屋モーニング
#創作記録
#私の朝ごはん

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集